懐妊
皇上の後宮は皇后を筆頭に六人の女たちがいる。そして、新たに側室として魏承閒が入宮してきた。彼女の入宮は皇上の肝煎りだった。金蓉は皇上の移り気に耐えた。いや、耐えるしかなかった。権力を持たない彼女にはそれしかできなかったのである。
金蓉は食の進まない日が続いた。露花や瓊花はなんとか食べて力を付けてもらおうと趣向をこらしたが全く箸をつけなかった。困り果てた露花は太医院に頼んで脈診をしてもらうことにした。脈を診た太医は深く礼をした。
「ご懐妊でございます」
「何ですって…」
「しかし、お身体が弱っているようですね…安胎薬と身体に負担の少ない薬を処方しましょう」
そういって太医は再び礼をして帰って行った。金蓉は頭を抱えた。露花が顔をのぞき込む。彼女の顔は青ざめていた。
「どうかなされましたか…?」
「こんな状態で子を宿したなんて…露花、私は心配なの。懐妊したら、ますます疎まれる」
露花と瓊花は顔を見合わせた。このままでは身体や胎児に影響がある。そう考えた露花は思い切った考えを提案した。それは里下りであった。基本的に妃嬪は外には出れない。しかし、特別な事情があれば太后や皇上の許しを得て一時的に出宮できるのだ。
「露花、瓊花、太后様の元に行くわ」
「御意」
太后の宮は後宮の奥まった所にある。太后の宮は名前を慶和宮といって一番、華美な場所であった。庭には百花が咲き誇り、松の緑が映えている。亭まであり、人工池には船も浮かべられた。
正殿の入り口に立っていた若い宮女に取次を頼むと歯切れの良い返事が返ってきた。太后ともなれば何事も行き届いている。宮女にしても質が違う。別の宮女が現れてはっきりとした声で言う。
「お入りください」
「ありがとう」
瓊花と露花に支えられて正殿に向かうと上座で太后が待っていた。太后は懐妊の知らせを聞いていたのか金蓉に礼を免除した。用意された椅子に金蓉が腰を下ろす。
「懐妊したそうね」
「はい」
「久しく慶事がなかったから、こなたは嬉しく思っているわ」
「ありがとうございます…」
「こなたにお願いがあってきたのでしょう。言ってご覧なさい」
「実は…」
金蓉の言葉を小さく相槌を打ちながら太后は聞いた。身体が弱っていることも太后は黙って聞いていた。
「こなたも皇上を産んだとき、里に下がったわ。でも、あなたは実家に頼れるの?後宮で子を産むことは危険よ。何があるかわからないもの」
「浅はかな考えとは存じています。ですが、今の私には子が守れません」
「そなたには寵愛しかないもの。お越しがない以上、無力であるのは間違いない。でも、強くなりなさい。後宮は無欲では生きられないのよ」
「太后様…」
確かに後宮で生きるには欲を持たねばならなかった。ただ、寵愛だけを信じて生きるのは愚かなことであった。妃嬪はいつか枯れる花の如しだ。それならば少しでも長く咲いていたい。金蓉は強くそう思った。