七竈
「長公主様、長公主様」
澄んだ声が中庭に響く。高くもなく低くもない声が皇上には心地よく聞こえた。金木犀の間から現れた宮女に仙金長公主が飛びついた。
「金蓉!」
「長公主様、少しお元気過ぎますよ」
「だって皇兄がいらっしゃったの!」
「あ…!」
金蓉は辺りを見回して、皇上の姿を見つけると跪いて深く頭を下げた。宮女の礼としては一番、丁寧なものである。皇上付きの宮女はこの深く頭を下げる礼は免除されていた。何故なら、皇上の用を迅速に対応するためである。それ以外はこのようにしなくてはならなかった。
「皇上、ご機嫌よう。皇上の万年のご健勝をお祈り申し上げます」
「立て」
「感謝致します」
金蓉は立ち上がるが、皇上の顔を見ようとはしなかった。御前に仕える妃嬪や宮女、太監(宦官)以外は顔をまじまじとは見てはいけない。いくら先代の側室付きの宮女と言えども身分はそう高くはないのである。宮女は卑しい身分なのだ。
「そなたは?」
「安太嬪様付きの宮女でございます」
「朕は名前を聞いている」
「姓は譚、名前は金蓉と申します」
一礼をする金蓉は妃嬪のように上品であった。一介の宮女にしておくのはもったいなかった。美しい雰囲気に心がときめいた。
「皇兄の顔が紅いわ」
「仙金!」
「金蓉はお母様の宮女の中で一番、美しいのよ!おまけに刺繍が得意でわたくしにも優しいの」
「面をあげよ」
「…はい」
金蓉が顔を上げる。穏やかな光を宿した丸い瞳に色白の肌、桜色の頬と類い希な美貌であった。しかし、彼女はそれにおごる様子は微塵もなくただ物静かだった。
「皇兄、金蓉が気に入ったなら御前に仕えさせたら良いのに」
「長公主様…」
「いつの間にか大人びた口を聞くようになって…金蓉、お前は朕に仕えたいと思うか?」
「申し上げます。もし、お仕えすることになれば天意と思います。しかし、わたくしめは安太嬪様に仕えていたいのです」
「ほう…宮女は妃になりたがるものだ。何故、この日陰のような宮にいたいのだ?」
「わたくしめにはその資格がございません…さぁ、長公主様、学士がお見えですよ」
「あ!忘れていたわ!じゃあね、皇兄!」
金蓉と仙金長公主が去ると直ぐに太監の馬秦が姿を見せた。彼は気を利かせたつもりなのか、隅の方で控えていたのである。
「皇上、あの宮女は如何でしたか?」
「欲がなく、謙虚だ。しかし、謙遜しすぎている。七竈のようだ」
「七竈…確かに花言葉を当てはめたような宮女ですね」
七竈は賢明や謙遜という花言葉がある。この七竈は白い花が咲き、そして赤い実を結ぶ。幹は上等な炭となった。金蓉は妃にすれば賢明さで皆を助け、宮女にすれば役に立つという喩えの意味を込めて皇上は安太嬪の中庭へ七竈を下賜した。