仙金長公主
ある日、皇上が歩いていると乳母や宮女たちと遊んでいる異母妹の仙金長公主の姿が目に飛び込んできた。彼女は末妹で10歳も年齢が離れていた。
「仙金」
「皇兄、ごきげんよう」
「仙金、外で遊ぶの良いが刺繍や読書も悪くないと思うぞ」
「わたくし、刺繍が苦手なの。でも、お母様のところに物凄く刺繍が得意な宮女がいるの」
「安太嬪さまは刺繍がお好きだからな。その宮女のおかげで退屈しないだろう…安太嬪さまに久しくお会いしていないな。仙金、一緒に挨拶へ行こう」
「わかったわ」
二人が挨拶に向かうと安太嬪は刺繍の真っ最中であった。刺繍は女たちの楽しみであった。特に先代の側室ともなればやることが亡き皇上の弔いが主となる。子どもがいれば状況は違う。子どものいない女は一人寂しく老いを迎え、孤独のまま死んでいくのだ。幸いにも安太嬪には娘がいた。それが仙金長公主なのである。まだ嫁ぐ年齢ではない彼女は安太嬪の心のより所だった。
安太嬪に挨拶を簡単に済ませて、中庭へと向かう。すると柔らかで甘い香りがした。金木犀である。秋の澄み切った空気に漂う香りは夜になると一層、強く香った。金木犀を酒に入れて口を濯ぐと香りが口に移るらしく妃嬪はこぞって金木犀を酒に浮かべて口を濯いだ。
「皇兄、わたくし金木犀が好きだわ。だってお母様の匂いですもの」
「そうか。仙金は秋は好きか?」
「大好き!紅葉が綺麗だもの!」
仙金長公主は無邪気に明るい声で答えた。そんな皇妹、仙金長公主を兄である皇上は一番、可愛がっていた。権謀術数の皇宮で一番、清らかで純粋だからだ。仙金長公主は皇宮の蓮である。複雑で醜い争いの中で咲いた蓮に皇上は一時の安らぎを得ているのだった。