月満ちて
臨月が近づき、碧藍殿はお産の準備に大慌てだった。露花や瓊花をはじめとする宮女は太医院と碧藍殿との往復で忙しかった。そんな碧藍殿に温妃の宮女と麗妃の宮女が手伝いにきた。その中に容児の姿もあった。碧藍殿の誰も彼女に気を留めなかった。逆にそのような余裕はなかったのである。
「容児さん、安胎薬を婕妤様に」
「はい」
同年代の宮女に言われて容児は安胎薬を用意し始めた。そこに少量の毒を器に塗りつけて金蓉のもとへ運んでいった。金蓉が運ばれてきた安胎薬に口を付けたのを確認して厨房へと下がった。毒は少量だから即効性はない。じわりじわりと体を巡り苦しみ始める。それに金蓉は懐妊中でおまけに臨月だ。助かったとしても二人は助からないであろう。
「露花、瓊花、来て!」
金蓉が叫んだ。慌てて露花が現れた。
「どうなさいましたか?」
「この安胎薬、味が変よ」
「ん…!」
露花は自らの髪に挿していた銀の簪を抜き取り、その先を安胎薬に浸した。簪はみるみるうちに変色していった。
「婕妤様、毒です!直ぐに太医を呼びましょう」
「直ぐに吐き出したわ…露花、瓊花に言って厨房を探ってもらって」
「しかし、お身体はよいので?」
「これくら…い」
金蓉は卓に突っ伏すように意識を失った。吐き出していても器についていた毒が唇に付着して唾液と混ざり合って体内に入ったのである。騒ぎを聞きつけた手伝い宮女の一人が太医を連れてきた。寝台に運ばれた金蓉の脈をとると今すぐにお産の準備を命じた。宮女たちは産婆を呼び出したりお湯を沸かしたりと休む暇さヘなかった。その間に太医院では母子に負担がない弱い解毒薬を調合していた。
「露花…瓊花…」
金蓉が意識を取り戻した。露花と瓊花は顔を見合わせ一時の喜びに浸った。
「子どもは?子どもは?ものすごくお腹が痛いわ…」
「陣痛ですわ…」
露花がそう答えると金蓉は小さく頷いた。金蓉は初産でおまけに難産だった。瓊花は太医から運ばれてきた弱い解毒薬を彼女の唇へと運んだ。あとは痛みで叫び声を上げて産婆や宮女たちに八つ当たりした。そこまでは覚えている。あとは痛みで覚えていなかった。




