夏侯太后
慶事の少なかった後宮がこの日は華やいだ。今日は太后の誕生日だ。慶和宮は花で飾られ、妃嬪たちや臣下たちからの贈り物で埋め尽くされた。いつも質素な太后もこの日だけは金の髪飾りをつけて大陸由来の紅を唇に塗っていた。
太后の誕生日には皇后をはじめ妃嬪たちが料理を作ることになっている。彼女の御膳は直ぐに妃嬪たちの料理で埋め尽くされた。太后付きの宮女、千竿が盆に料理をのせて現れた。
「太后様、こちらの粥は譚婕妤からですよ」
「まあ…身重なのにありがたいわ」
千竿が粥を御膳に置いた。粥は玉子粥で、溶き卵が綺麗な黄明色になっている。その色鮮やかな粥に太后は食欲をそそられた。そこに柳色の着物を纏った金蓉が現れた。太后は彼女を手招きして対に座らせた。
「こんな色鮮やかな粥は初めてよ」
「故郷の粥です。故郷ではこの粥を誕生日に作って振る舞うのです」
「そうなの。一緒に食べましょう」
「よろしいので?」
「ええ」
太后は千竿に粥を小皿に取り分けさせた。粥は湯気を立てている。二人は冷める前に口へ運んだが作り立てで上手く食せなかった。そこで少し冷めるまで話でもすることにした。
「こんなに豪華な誕生日、こなたが貴妃に冊立されて以来だわ」
「まあ…」
「こなたはね、あまり先帝に寵愛されなかった…懐妊して皇上を産んでから寵愛されて尊ばれた。良いこと?後宮の女は子どもがいなければ寂しく惨めなものよ。こなたはそれを身をもって知った」
「太后様のお言葉を肝に銘じます」
「さあ、粥を食べましょう」
「はい」
女は子どもがいなければ寂しい。この広く狭い後宮は孤独と栄華、寵愛と嫉妬が入り組むように存在している。その中で実子というのは唯一の肉親であり寄りどころなのである。




