皇后
瓊花が香り袋を直ぐに捨てたおかげで大事には至らなかったが、話を聞きつけた皇上は慌てふためいた。金蓉はしばらく皆の前に現れなかった。
その頃、莫答應は皇后に呼び出された。莫答應は薄々、皇后の怒りを感じていた。
「莫答應、香り袋を譚婕妤にあげたそうね」
「あ、安眠できると皇后様が仰ったので…」
「この馬鹿者!」
皇后は卓上の茶碗を掴むと中身を莫答應にぶちまけた。莫答應は跪いて何度も許しを請うが皇后の怒りは尋常ではなかった。
「香り袋の中味が薫衣草と知ってやったの!」
「私は知りません!お許しを!」
「皇上の御子を害そうなんて許せるものではないわ!莫答應、いや、莫氏を冷宮に送る!」
「皇后!皇后!皇后!」
莫答應は位を剥奪され、罪を犯した妃嬪の幽閉所である冷宮へと送致された。それからは莫答應とは呼ばれず、単に莫氏と呼ばれることになった。金蓉にしてみれば良いことなのだろうが、皇后に借りができてしまった。彼女はこの香り袋騒動が皇后の仕組んだものだと気づいていたのである。莫氏は単純で宮女の話を鵜呑みにすることを皇后は知っていた。単純でなければ、恨みがある金蓉のもとになど行かない。
「皇后様、莫氏が首を括ったそうです」
「そう…罪人が死んだだけよ。綸子、そうでしょう?」
「作用ですね。いらぬ報告でした」
莫氏の死で香り袋騒動は終焉を迎えた。莫氏を駒として差し出した麗妃は痛手を負い、また金蓉には皇后へ借りができた。どちらにしろ皇后には損害がない騒動であった。
皇后は姓を杜、諱を曜という。勝ち気で周りの意見や自身がどう見えているか、それだけで動く性格だった。皇后に選出されたのは従姉妹が亡くなったからである。元々、皇后には従姉妹の辛氏が内定していた。ところが天然痘を患って亡くなった。すると、天意なのか彼女が急遽、皇后に選出されたのである。
「皇后様、莫氏の親族が現れたらいかがなさいますか?」
「適当にあしらいなさい」
皇后は母儀天下、天下の母というがそれは表面だけであり内面はどす黒く鋭利で残酷な刃を要する者であった。皇后も皇上の「妻」として愛が欲しいだけなのに自尊心や気品を保つためには他人を害するのであった。




