◆6◇
「3ヶ月前に波風さんに助けてもらった日から………ずっと好きでした」
――――放課後。
部活前に体育館の裏に行くと、先ほどの男の子が待っていて想像していた通り告白された。
私はすっかり頭から抜け落ちてたみたいだけど、どうやら3ヶ月前の一年生の入学式の日に彼が迷っていたところを体育館まで案内したらしい。言われてみればそんな事をしたような記憶があるようなないような………
正直に覚えてないと伝えると、相手の男の子はがっくりとうなだれていた。
「ごめんなさい……私はあなたとは付き合えない……」
何度も繰り返してきた言葉。
相手の男の子は覚悟していたのか「そうですよね…」と小さく呟くと弱々しく微笑んだ。
「あのっ……理由だけでも聞いていいですか?」
ああ、また同じだ。
「バスケ部の部長をやらせて貰ってるし色々忙しいから、かな。それに今は誰かと付き合うとか色恋沙汰に正直興味がないんだ」
何度も紡がれてきた嘘のコトバ。
本当の理由が言えないのは、この男の子を信じていないからではない。
言えるものなら今すぐにでも伝えている。
私には好きな人がいるから。
昂の事がずっと好きだから。
言えないのは私の臆病な心がそれを妨げるから。
どこかからもしこの事が漏れて昂に伝わってしまったら?昂に「友達」という関係でさえ切り捨てられてしまったら、私はそのまま地面に立っていられる?
ずるくて情けないのは百も承知だ。でもどうしても自分が傷つくことを恐れて予防線を張ってしまう。
嘘のコトバを重ねていくだけ罪悪感が心に重くのし掛かる。
どうしたらいいの?どうすればいいのか分からない。
どうしたら……
「…そうですよね。忙しいところをいきなり呼び出してしまってごめんなさい。話を聞いてもらえただけでも嬉しかったです。それじゃあ………」
男の子はそう言って少し小走りでこの場を去っていった。
本当に………
自分なんかを好きになってもらえたことは喜ばしいことなのかもしれないけど、「相手を振る」という行為は精神的にすごく疲れる。
私は重たい息をはあっと吐き出すと、体育館に向けて歩き始めようと足を踏み出した。
―――が、角を曲がろうとしたところで、
誰だろう?
人の話し声が聞こえてきた。
「…………っ………ら」
「…………、………………な」
会話は途切れ途切れにしか聞こえなくて何を話しているのかまで分からない。
どうしよう。
こんなところで話してるぐらいなのだから告白かな?
何にしろ聞かれたくない話であるに違いない。
困った……こちらからでしか体育館には行けない。
腕時計に目をやると針は3時50分をさしている。話終わるのを待っていては部活に間に合わなくなってしまう。
しょうがないよね。さっと通れば許してくれるだろう………たぶん。
私は意を決して角を曲がった。
よしっ、このまま走り去れば―――……
「………っ!?」
目の前に飛び込んできた光景に息を呑む。
二年前の蓋をしていた記憶が脳内で突如呼び起こされた。
目の前で唇を合わせているのは紛れもなく…………
「はは………」
渇いた笑いが口から漏れる。
ホントに私ってついてないな………
なんでよりにもよって、好きな人のキスシーンを2回も目にしなくちゃいけないわけ?
偶然もここまで重なると逆に笑えてくるよ…………
じりじりと心に焼き付けるような感覚が蝕んでいく。
なんでなの……?
想いが届かなくてもいい。
友達のままでいい。
そう分かっていても目の前の光景は私にとっては辛すぎた。
瞬きもせずにただ黙って見ている事しか出来ないでいると、ふと目を開けた昂と目があった。
昂の目が驚いたように見開かれる。
女の子の方はちょうど私に背を向ける形だったから気づいてないようだ。
「櫻坂」
昂が相手の女の子に呼びかける。
「もう部活始まるから先行ってて。俺、かっしーに用があるから。そう皆に伝えておいて」
「…イヤ。私も一緒に行くわ」
「いいから!早く行けって。お前マネージャーだろ?」
苛立ったように言う昂に諦めたのか私に気づかないまま櫻坂さんはしぶしぶ体育館へと戻っていった。
昂は姿が見えなくなるのを確認すると、私の方へ向きを変える。
「なんで………ここにいるんだよ」
「ちょっとヤボ用で……ごめん、見るつもりじゃなかったんだ」
笑って平気なふりを装う。
ちゃんと今声が震えずに笑えているだろうか?
「薫………」
「ほらっ、かっしーに用があるんでしょ?早く行きなよ。私ももう行かないとマジで部活に間に合わなくなるし、行くね」
おねがいっ………!
これ以上もう話しかけてこないで……!!
こみ上げてくる涙を必死にこらえる。
私は昂の返事を待たずに昂をその場に残して体育館に向けて駆けだした。
***** ***** ***** ***** *****
「ちょっと薫………今日どうしたの?ボロボロだったじゃん」
座り込んでいた私の頭に理子がタオルをかぶせて隣に座り込む。
「うん………なんか調子が急に悪くなったみたい。ごめん、迷惑かけて……」
本当に今日の部活は最悪な内容だった。
集中しようとも集中しきれず何度もぼぅっとしてミスをしたし、シュートだって一本も決まらなかった。
その癖皆にまで心配かけて………ホント最低だな、私。
こんなんじゃキャプテン失格だよ…
すると理子にいきなり両手で顔を掴まれ、理子の方へぐいっと顔を向けさせられた。
「確かに薫の哀愁が漂った顔もかっこいいかもしれないけど…私は薫からそんなことが聞きたかった訳じゃない!」
理子の顔を見上げると、明らかに理子は怒っていた。
「もう皆帰したから、ここには誰にもいないよ?薫………私じゃ頼りない?私には話せない?」
理子の顔が泣きそうになって歪んだ。
こんな顔を理子にさせたかったわけじゃない。
理子にここまで心配させて、気を遣わせて………
ごめんね、理子。本当に最低だね、わたし。
ぽつりぽつりとさっきあった事を話始めた。理子はじっと黙って聞いてくれている。ずっと我慢していたものがだんだんと堪えきれなくなり、とうとう溢れ出してしまった。
「ねぇ……りこ……?わたしこのままっ、こうのこと、好きでいていいの…?好きでいるのつらいのにっ……もう、どうしたらいいのか分からないよぉ………」
話終わってもずっと泣いている私を理子は何も言わずに時折頷いてはぎゅっと頭を抱きしめていてくれた。




