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男子のバスケの練習の雰囲気は相変わらずで(女子生徒たちの応援のおかげもあるかもしれないが)めちゃくちゃ盛り上がっていた。キュッキュとシューズと床がこすれる音やボールを奪い合う激しい音、男子の低い掛け声や女の子たちの声援が体育館内に響き渡っている。
「楠原くーん!!きゃあっ、今こっち見たよ!!」
「がんばれぇ!楠原くんっ」
プレー中にやはり一際目立つのはアイツだった。
華麗なステップでダンクを1本、2本とどんどん決めていく。
シュートを決めた後も、女の子たちにモデル顔負けの笑顔をふりまいて余裕を見せている。皮肉な事に、汗一つかいていないように見えるのは気のせいでも何でもないだろう。アイツの爽やかな笑顔に声援が飛び交い、女の子たちのテンションはもはやピークに達していた。
「うーん、さすが楠原。毎日すごい人気だねぇ」
理子がそんな様子を見て感心したように呟いた。
はあ……ほんとに。
なんでこんな奴なんか……
思わず小さく溜め息が漏れる。
ホントに私は何で今だにこんな奴を好きでいるんだろう。
絶対に叶うはずないのに……私も大概諦めが悪いな。
180センチ以上ある高い身長に、無造作にはねている柔らかそうな栗色の髪。
男バスでキャプテンをしていて更にそこに見た目麗しい男っぽい顔立ちがおまけとしてついてきたなら、女の子たちが放っとくはずもない。
誰に対しても社交的で明るく男子からも支持を得ていて、まるで太陽のような存在である楠原昂は言わずとも学校内では有名人で学校の1、2位を争う「超」がつくほどのモテ男だ。
本当にこの男と昔(←子供のころ)一緒に遊んでいたのかとそれさえ疑わしくなってくる。
練習を終えると待機していた女の子たちが、待ってましたと言わんばかりにわっと男子たちに詰め寄った。お菓子やらタオルやらボトルやら…中には(何故か)感極まって涙している子もいる。ちゃっかり女子バスの子達もまざってるし。
周りにわんさか女の子達を引き連れている昂とふと眼が合った。
〈ドキンッ〉
ああっ、もう!
中学生じゃないんだから、典型的少女マンガみたいに素直に反応しないでよこの心臓!!
必死にポーカーフェイスを保とうとしていると、昂が近寄ってきた。
「よぉー薫。もう女子バスは終わったのか?」
「あ、ああ、うん。相変わらずだね、昂は。やっぱり汗かいてない」
「ん?そんな動き回ってないしなー」
嘘つけっ!!
一般人がアンタと同じ量運動したら絶対へばって吐いて死ぬからっ!!!
はっきり言って昂の運動量は尋常じゃない。
他の部員と比べてもそれは歴然の差で。試合中でも、昂のあの動きがあるからこそスムーズに試合が運ぶのだろう。
それなのにあの量で「そんなに動き回ってない」になってしまうとは…ホントに化け物なんじゃないかと思わず思ってしまう。
高2になって私が女子バスの部長、昂が男バスの部長に選ばれてから一緒に仕事をする機会が増えたせいか、徐々にお互いにまた話すようになり今では昔のようにまでとはいかないが「友達」程度の関係には修復した……と言えるぐらいにはなっていた。
それが嬉しいと私が感じてるなんて、向こうは微塵も気付いてないだろう。
ん……?
何か見られてる?
視線を感じ周りに目を向けて思わずぎょっとする。
先程まで昂にはりついていた女の子達が、なぜか3メートルほど私達から離れて黙って見ていた。
ああ、そっか……
ファンの子達にとったら私なんかが昂と一緒にいて面白くもなんともないよね、そりゃあ。
ちょうど樫本先生に部活が終わってから呼ばれてたんだった。これを口実に……
「こ、昂!ごめん、そういえば私樫本先生に呼ばれてたからもう行くね」
「えっ、マジ!?俺もかっしーに呼ばれてんだった。すぐ着替えるから一緒に行こうぜ。着替え終わるまで待ってろよ」
だあぁあぁぁ〜〜〜〜〜〜っっ!!!!!むしろ逆効果!?
私が返事をする前に昂は走って更衣室へ向かっていってしまった。
あー……女の子達の視線がイタイ。
今回は不可抗力ですってばー…
隣で何故か理子がクスクスと笑を堪えきれずに笑い始めた。
「あー、ホントに薫って鈍感だよねえ」
必死に冷静な素振りをしようと脳内がパニクっている私には理子呟きも耳に入らない。
当然のことながら、遠目にそんな様子を見ていた女の子達がこんな事を言っていたなど露知らず。
「…なんかあの2人が並ぶと中世の貴族様みたいよね。私、いま平民の気分だわ」
「私も私も…思わず見惚れちゃったよ〜。イケナイ美少年2人組の図みたいでドキドキしちゃったぁ〜!」
「うん、なんていうかぁ目の保養よね、ホヨウ。波風さんなんて女の筈なのに…」
『ねぇ〜〜!!』
女の子達は口々にそう同意しながらそれぞれ脳裏に2人の神々しい姿を思い浮かべ、ほぅっ……とうっとり気分で溜め息をついたのだった。




