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◆21◇

まるで時が止まったような感覚だった。

触れられた部分から麻痺していくかのように、体が動かない。

ヤケに熱いのは昂の指ではなく―――私の顔?


「なあ……それ誰にやられたかって聞いてんだけど」


聞いた事のないような低い声に、思わずぶるっと戦慄が全身を走った。

何を考えているのか全く分からない表情が消された顔…


―――怖い。

昂の真っ直ぐな瞳に囚われてしまったかのように、昂から目が離せなかった。

昂の瞳に映っているのは、分かりやすすぎるぐらい動揺している情けない自分…


「―――ぁ、ああ、ううん。ぶつけたんだ…えっと、そう。壁に」


自嘲的な笑いを浮かべようとしたが、顔がひきつる。


ああ、もう……!

この時ばかりは演技力のない自分が本気で憎らしい。


それでも何とかして笑顔をキープする。


「あはは……バカだよね。考え事してたらさーまさか真正面に壁があるなんて思ってもみなくて、気付いた時にはドカーン!みたいな、さ」


腕を後ろに持っていって頭をかきながら、あははと笑ってみせる。

だけど私の作り笑顔の限界もそこまでだった。


(………っ!)


―――明らかに怒っている目の前の顔。


「……ふざけんな」


昂の指の微かな震えが頬に伝わってきた。

胸を貫くような緊張が一気に押し寄せてくる。


すると、いきなり両肩を痛いぐらいにぐいっと掴まれた。


「……っ!?」


「嘘ついてんのバレバレだって…何度俺に言わせたら分かるんだよ。何でそこまで隠そうとする!?いい加減にしろよ!!それで相手の奴をカバってるつもりなのか!?」


昂が声を荒らげて怒鳴ってきた。

その声に驚きながらも、理不尽な思いが胸に募っていく。


だって―――……

だって、言えるワケがないじゃん!!

相手は櫻坂さんなんだよ!?

しかも自分が招いた結果であって、決して櫻坂さんのせいじゃないのに…!

それが自分の好きな人の好きな人だったら、尚更言えるはずがないのにっ……!!!


「……なんで…っ…」


声が口から僅かに漏れる。


なんで……なんで昂はここまで私のことを気にするの?優しくするの?

振った相手だから?

幼馴染だから?


―――わたしのこと……私のこと迷惑だと思ってるくせに!!!


心の中で何かが弾けた。


「なんで優しくするの!?なんで私に構う!?迷惑だったならハッキリ迷惑だって言ってくれれば良かったのに!!!」


違う。

本当はこんな事言いたいんじゃなかった。

昂が優しすぎるから気を遣っていてくれた事だって痛いほど分かっていたはずなのに……

昂の優しさを憎むなんて筋違いだって自分でも分かっているのにっ……

なのに口が止まらなかった。

一度溢れてしまったものを止めることができない。


「こんなんだったら冷たくされた方が全然マシだった…!!!昂が迷惑だと思ってることを知らない振りしてた私も最低だけど……こんな私に同情して優しくする昂も相当バカだよ!!!」


なんで「オサナナジミ」なんかになっちゃったんだろう。

なんで昂のことこんなに好きになっちゃったんだろう。

他の人を好きになってたら、どんなに楽だった?


こんなに苦しい想いをすることも

こんなに昂を傷つけるような言葉も言わずに済んだのに……!!


「お、おい?一体何の事言って―――」


「昂こそもう隠さなくていいっ!!ごめん…ずっと気付かない振りしてて…もう二度と邪魔しないようにするからっ……」


もう、頭がぐちゃぐちゃだった。

自分でも何を言っているのか分からなくなってくる。


「今まで…今まで本当にごめん。私のこと昂ももう気にしてくれる必要はないよ…色々…気を遣わせちゃってごめん…」


声が震えそうになる。

また目から零れそうになるものをぐっと堪える。


ダメだ!

今泣いたりしたら、また昂に気を遣わせる事になる。

もう少しだけ堪えろ…堪えるんだ!!


最後に…最後だけ……


私は瞼を閉じて一呼吸置いてから、ゆっくりと目を開けた。

そして精一杯、微笑んでみせる。

昂がはっと息を呑んだのが分かった。


――――「オサナナジミ」として最高の笑顔で



「……今までありがと」



昂にそう告げると、私は昂の腕を振り切って形振り構わずその場から走り出した。

昂の声が聞こえたような気がしたが、風の音に遮られて耳にまで届いてくることはなかった。



***** ***** ***** ***** *****



いざ冷静になってみるとこんな顔で旅館に帰るのがマズイことに気が付いて、立ち止まる。

理子やみんなにまた心配をかけてしまうことは容易く想像できる……

どうしたものかと悩んでいると、波の音がどこからともなく聞こえてきた。


海……か。

気持ちを落ち着けるのにはちょうど良いのかもしれない……


私はそう思い立つと、波の音に引き寄せられるようにして歩き始めた。


―――夜の海はひっそりと静まり返っていた。

揺らめいている海のうえに、ぽっかりとと上弦の月が淡い光をはなって浮かんでいる。

その景色はどこか幻想的だった。


ひとっこひとりいない、真昼の賑やかな海とは真逆な姿に不思議な思いを抱えつつ、私は波打ち際までゆっくりと近づいた。

薄汚れた靴と靴下を脱いで、裸足になる。

そっと足を下ろすと、触れた水は冷たくて心地よかった。

潮の匂いがふわりと漂ってくる。


しばらく水と戯れたあと、私は海から少し離れて砂浜に腰を下ろそうとした。


「……あ」


服に砂がつく……

一瞬ためらって動きを止めたが、まぁいっかと思い直す。


ぼーっと海を眺めていると、ついさっきの出来事が頭に蘇えってきた。


ホントに最低だ……

あんなの単なる八つ当たり、じゃない。

昂は心配してくれただけなのに、また勝手な酷いことを言ってしまった。

けっきょく自分は―――昂のことを傷つけるばっかりなのだ…


急に自分に苛立ちが湧いてきて、隣の砂に埋もれていた貝の欠片を掴んでぽいっと海に向かって投げる。

―――が思うように飛ばず、ぽてっと音を立ててすぐ近くに虚しくも落ちた。


「バスケ部なのに……なんで」


―――なんでそこに落ちる。

バスケ部として自信がなくなるじゃないか。


むっとして貝に向けて文句を呟く。


「なにが?」


その声にハッとして振り返ると、暁君がいつのまにか隣に立っていた。


「うわっ!?暁くん、いつからそこに…!?」

「いつって今だけど…」

「あ、ああ、そう……」


貝を投げるまでの一連の動作は見られずに済んだらしい。

ほっとして息を吐き出してから、我に返って慌てて立ち上がる。


「暁くん、なんでここにいるの?」


私が暁君の顔を見上げてそう尋ねると、暁君は困ったような顔をした。


「なんでって……気になったからだけど」


何が?

…と聞き返そうとして、言うのを止めた。


そうだ。

そういえばさっき櫻坂さんに叩かれそうになったのを止めてくれて、昂のところに行けって言ってくれたんだよね。

………って。


「……暁君」

「なに?」

「さっきの……全部聞こえてたよね」

「ああ……悪い」

「はは、そっか……。みっともないなぁ、私」


思わず苦笑する。


やっぱり聞かれてたのか……

ってことは必然的に私の昂への思いも……


急に沈黙があたりを包み込んだ。

暁君はおそらくこちらが何か言うまで何も言ってはこないだろう。

そんな彼の気遣いが胸にじんわりと沁みた。


「……あのね、もう聞かれちゃったから気付いてるとは思うけど……。私さ、昂のことが好きだったんだ……もういい加減諦めなきゃならないんだろうけどさ……」


言ったあとで、意外にもすんなり言えた自分に驚く。

もしかしたら誰かに今聞いてもらいたかったのかもしれない……

暁君はしばらく黙り込んでいたが、少ししてから話し始めた。


「ああ。知ってたよ、波風が昂のことを好きなことは……。だけどそれは、あそこで偶然鉢合わせたから知ったんじゃない」

「え?」


意味が分からず、眉間にしわを寄せる。


「ずっと前から知ってたよ。だって俺、ずっと波風のこと見てきたからさ」


えっ、と驚きのあまり叫んだ声が見事裏返ってしまった。


な、なななにっ!?

いま、暁くん、なんて言った……!!?

波風のことを……ってええ!?

一体どういう意味!!!?


私のあまりの慌てっぷりが可笑しかったのか、くくっと暁君が篭った声で笑い始めた。

その途端、顔が真っ赤になる。


じょ、冗談!?

そんな冗談ってアリなのか…!?


「ちょっと!!暁く―――んンっ!!!?」


咎めようと思った瞬間、顔を抱え込むようにしていきなり抱きしめられた。

頭上から声が降って来る。


「冗談なんかじゃない…。―――好きだ、波風。アイツじゃなくて俺にしとけよ……アイツみたいに泣かせたりしないから」


ドッドッドッドッ……

不規則に鼓動が勢いよく波打ち始める。

予想外の出来事に意識が飛びそうだった。


暁君が私のことを好き……!?


体が強張って動けないでいると、ふいに腕の力が緩められた。

疑問に思う間もなく、暁くんの顔が近づいてくる。

体がピキーンと凍りついた。


ま、ままままままさか…!!暁君、き、キスしようとしてる……!!?

い、いやいや、そんなまさか……

って、顔どんどん近づいてきてるしっ……!!


確かに暁君はカッコいいし、寡黙だけど優しいし、イイ人だとは思うけど………けど!

それはあくまで友達としてであって、そういう対象としてではない。


私が望んでいるのは、頭に浮かぶのは――――――――たったひとりだけだ。


「やだっ!!!!!」


唇があと1センチで触れそうになる前に、私は思いっきり暁君の体を押し戻していた。


涙で視界が霞んでいく。

こんなに――――こんなに私は昂のことが好きだったのか。


その事実に愕然とした。


「……ふう。やっと答え出たみたいだな」


その言葉にバッと顔を上げる。

暁君、ま、まさかワザと……!?


暁君は少し苦笑いを浮かべて言った。


「悪い、こんな方法しか思いつかなかった…けど、気付いただろ?無理に諦める必要はないんじゃないか?それに……波風はちゃんと昂から返事を聞いてないんだろ?」


なんで知ってるんだろうと疑問に思いつつ、言われて初めて気が付く。


そうだ……きっぱり振られようと決心していたはずなのに。

なんだかんだで、私はまた昂の言葉から逃げ出してしまっていたのだ。


「もう一回伝えて、返事聞いて……それからどうするか考えろよ。そんなんじゃ前にも後にも進めないままだ」


暁君の言葉がすとんと胸の中におさまった。


無理にいま、諦める必要はない……

今まで育んできた好きな気持ちを今すぐに消せるはずがないのだ。

そんな軽い気持ちじゃなかった。

ちゃんと振られて、いっぱい泣いて、そしたらいつかこの想いも大切な想い出になる日がやってくるかもしれない……


何をやってるんだろう、私は。

暁君と言うとおりだ。

もう一度きちんと伝えて返事を聞かなきゃ、何も始まるわけがないのに。


「決まったみたいだな……じゃあ、体冷えるし戻るか」

「うん……あの、ごめん暁君……さっき思いっきり突き飛ばしちゃって……」

「いや、いいって。こっちこそ悪かったな……まあギリギリまで抵抗しないからちょっと焦ったけど」

「暁くんっ!!!!」

「ははっ、うそうそ。ほら戻ろうぜ」


暁君はそう言って、旅館に向かって歩き始める。


感謝の気持ちでいっぱいだった。

久しぶりにすがすがしい、心が晴れたような気分だ。


ありがとう―――暁くん。


私は声に出さずに心の中でそう呟くと、暁君の背中を追うようにして旅館へと歩き始めた。




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