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◆18◇

その日の晩、合宿最後の夜ということもあって女将さんが用意してくれたご飯はとても豪華なものだった。


「御代わりはたくさんありますから、遠慮せずにどんどん食べてくださいね」


地元の旬の魚やあわびなど主に海の幸で彩られた食卓。

特にぷりっぷりの大きくて新鮮な海老は舌が蕩け落ちてしまうんじゃないってぐらい美味しくて、ひとくちひとくち噛み締めながら幸せな気分に浸ってしまう。


「やっべー、マジうめぇ!…ってオイ!それ、俺の蟹だぞ!勝手にとるんじゃねぇ」

「ケチケチすんなよ!つーかお前、1人で食べすぎなんだよさっきから!」


男子達の席ではなぜか小さな喧嘩まで勃発している。

……なんだかまるで家庭の食卓でよく見られる兄弟喧嘩のようだ。

女子達もそんな様子を見て可笑しそうにくすくす笑っている。


女将さんの言葉に甘えて料理を堪能させてもらった後、各自部屋に戻ることになった。

部屋に入るやいなや、我慢できずに畳にごろんと横になる。


「あーだめ。お腹いっぱいで動けない…」

「何やってんのよ薫。部屋に入るなり」


理子が半ば呆れたように呟きつつ、スリッパを脱いで部屋に入ってくる。


前から思っていたけど、畳ってなんでこうも癒されるんだろう?

日本人の気質に合っているからなのかよく分からないけれど、家がフローリングだからか畳ってすごい新鮮で全然飽きることがない。

横になっているだけで眠気に襲われそうである。


もう何もかも忘れてこのまま眠っちゃいたいかも……


この昂への想いも。

今までの苦い思い出も。

すべて忘れて断ち切る事が出来たら、どれだけ楽なんだろう?


でもそれも今日で終わる。

今晩、体育館で―――――……


「薫ってば!なに寝てるの!?」

「んー」


いつのまにか本当に眠っていたらしい。

体をがくがくと揺さぶられて、しぶしぶ目を開く。

すっかり乾ききってしまった目が痛い。


「うわっ!!………ってなんだ、咲か。驚かさないでよ」


視界に飛び込んできたのは、顔のドアップ。何故か咲が私の上にマタガっていた。


「くすくす…びっくりした?」

「びっくりするも何も…なにか用?」

「あのね、報告をしようと思…」

『ああぁ――――――――――!!!!!』


突然の叫び声に咲の言葉がかき消された。

鼓膜が破れてしまいそうなほどの大声のもとに(咲に跨られていて体が動かせないため)目を向けると、同室である残りの4人がコンビニの袋を抱えて部屋に入ってきた。

どうやら寝ていた間に、コンビニに買い足しに行っていたようだ。


「な、な、な」


ひとり驚愕の表情を浮かべて口をぱくぱくしている理子に首を捻る。


…なにをそんなに驚いているんだろう?


「さ、さささ咲!アンタ、私の薫に何してんのよ!?」

「なにって―――……襲ってる?」

「はああぁぁあ!!?」


ええ?

何それ、初耳なんですが……


ふと今の自分の置かれている状況を思い出して、すぐに納得した。

見ようによっては咲に襲われているように見えなくもない。

……ありえないけどね。


喚き叫んでいる理子を尻目に、咲は笑いながらひょいと体を退けるとそのまま正座して座る。


「あの、ね。みんな揃ってから報告しようと思ってた事がありまして―――」


緊張したような咲の声に暴れていた理子の動きがぴたっと止んだ。

どこか咲の頬に赤みがさしているように見える。


……あ、もしかして―――。


「咲、まさか…」

「そのまさか、デス。えーっと、染谷と付き合う事になりました…。その節はみんなに迷惑かけちゃってごめんなさい」

「えぇ―――!?」


咲はそう言って恥ずかしそうに笑った。

だけど、すごく幸せいっぱいな表情で。

そんな顔を見ていたら説教する気なんてとても起きなかった。


今頃、染谷君もニヤけちゃってるんだろうなぁ……

よかった。無事に2人ともくっついて――――――


「……」


ま、待って。

何かとんでもなく重要なことを忘れてないか?


-----薫。今日の夜、体育館に来い。話があるから


「……り、理子?いま、何時か分かる?」

「今?えーっと…7時半ちょっと過ぎ、かな」

「……っ!ごめんっ、ちょっと出掛けてくる!」

「は!?薫っ!?」


理子の呼び止める声を背にして、慌てて部屋を飛び出た。


ありえない。

いくら眠ってしまったからといえ、昂との約束を一瞬でも忘れてしまうなんて…!

本気で自分の神経を疑いたくなる。

昂をここまで振り回しておいて、約束に遅刻するなんて本当に一体何様だというのか。


どうしよう。

昂はもう体育館にいるのだろうか?


自動販売機の前を通り過ぎ、廊下の角を曲がったときだった。


「……ぅわっ!」


いきなり人影が視界に飛び込んできて、反射的に足を止める。


「すみま――――っ」


目線を上げて相手の姿を捉えた瞬間、思わず言葉を失った。


「…波風さん。あなたに話があるの」


自分よりも一回り小さな彼女。

ストレートでさらさらとした彼女の綺麗な長い髪がふわりと揺れる。


「さ、くらざか、さん――――…」


男バスのマネージャーであり、昂の彼女でもある人。

そこに居たのは紛れもなく櫻坂サクラザカ亜美アミ、その人だった。




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