◆17◇
「…………は?」
「……馬鹿じゃねーの?お前ら。ガキじゃねーんだからさ……」
現状を目にした途端、私と昂の口から同時に発せられた言葉。
怒鳴らなかっただけ誉めてほしい。
呆れて物が言えない、ってまさにこの事なんだと思う。いや、実際には喋っちゃってますけどね。
これで呆れないって人がいたら逆にお目にかかりたい。
ただ事じゃないな、とは思っていた。
だって理子は別としても、あの冷静沈着そうな暁君が滅多に見せない焦った表情で取り乱してたんだから。
現場に駆けつけたときだって(なんか刑事物語みたいになってきたけど)周りを取り囲んでいた後輩たちはおろおろと突っ立ってるし、騒ぎの中心からは激しく言い争う声が聞こえてくるし。しまいには海水浴に来ていた一般のお客さんまでわさわさと集まってきてしまい、まさに大混乱だった。
これで、ただ事じゃないと思わない方がどうかしてる。
しかも騒ぎの中心にいるのはうちの部員。周りにいる人が邪魔で何が起きてるかまでは分からないけど、これで何か問題を起こしたり事件に巻き込まれてたりしたらそれこそマズい。
合宿どころか下手したら部活動停止すらありえるわけで―――……
慌てて昂と2人で人込みを掻き分け始める。
後にも先にもないっていうぐらいの必死さ。
そりゃそうだ。練習の合間にやってきた海で起こした問題のせいでバスケが出来なくなったりしたら間違いなくストレスで死んでしまう。バスケがない高校生活なんて有り得ない……そう思ったのは私だけではなかったようだ。
何としてでも一刻も早く騒ぎをくい止めなきゃ………!!
だから。
繰り広げられていた光景を目にしたときは本気で我が目を疑った。
意気込みが強かっただけに……その衝撃の威力はハンパなかった。
………は?
「2人とも……なにしてんの?」
2人……いや、正確には4人、か?
争いの中心にいたのは同学年の女子バス2人と男バス2人の計4人。
女子バスの方は咲と千鶴子で、男バスの方は……染谷君と藤堂君?
一見すると2-2で対決するような形で向き合っているように見えるが、よくよく見れば咲と染谷君がメインでそれぞれ援護に千鶴子と藤堂君がついてるって感じ。
別に取っ組み合いの喧嘩になっているわけでも、どこかのチンピラと不祥事を起こしていたわけでもない。
だが4人の張り上げる声があまりにも大きすぎて人目が集まってしまったようだった。
はああああ〜〜〜〜〜……ホントに何やってるわけ?
私たちの存在に気が付いた途端、4人ともピタッと争うのを止める。
咲が真っ先に私に向かって「かおるぅ〜!!」と泣きながら胸に飛び込んできた。
「ひどいのぉ、ひどいのぉ!染谷ったらありえないっ!!」
「咲………、何があったの?」
目を真っ赤にして首を振りながら泣き叫ぶ咲。
一体何があったというのか……さっぱり原因が掴めない。
「薫っ!染谷を海に沈めてきてえっ!!」
おいおい、なんて物騒な……
咲はすっかり興奮しきってしまい、千鶴子を見ても同意するようにぶんぶんと頷くだけで事の発端を言おうとしない。
すると、
「こ、昂……」
と少し焦ったような染谷君の声が聞こえた。
それもそのはず。
昂はさっきからうっすら笑みを浮かべているだけで全く目が笑っていないのだ。
隣に立っている私でさえ、今の昂に纏わり付いている冷たいオーラに背筋が凍りそうになっている。
「染谷に藤堂?お前ら、こんな白昼堂々女の子泣かして何やってんの?しかも周り巻き込んでまで」
昂の咎めるような冷たい口調に、染谷君と藤堂君が顔をひきつらせる。
「ち、ちげえんだ!!誤解すんなよ、昂!そもそもコイツがすっげえ失礼な発言するから……」
「何よおっ!!もとはと言えば染谷がいけないんでしょっ!?」
あー……、こんな感じでずっと言葉の応酬が続いてたわけか。
これじゃあまるで子供のよくある喧嘩、だ。
ムキになって言い返すうちに、ここが公共の場であること、自分が「高校生」であるという自覚でさえも忘れて夢中になってしまったんだろう。
そりゃあ目立つよなあー。なんて妙に納得していると、突然、
「はいはーい!私が事のあらましを説明いたしましょう!」
と、どこからともなく理子が加わってきた。
「理子!?今までどこにいたの!?」
「んー?出るタイミング計って待機してたのよ」
「は?」
「だってみーんな聞く耳持たずで埒が明かないんだもん。いくら止めようとしても4人の争いに拍車をかけるだけだし、ここは我らの頼もしきキャプテンを呼んでこの場を収めて頂いてから、と思いまして」
不思議と女子バスも男バスもお互い自分たちのキャプテンの言う事には比較的従うのよねー、と理子は笑いながらそんな事を言う。
か、確信犯……?
「って言っても説明するほどの事でもないのよね。だって言ってる事が多少違うだけで後はほとんど内容一緒なんだもん。単なる子供の争いみたいなもんよ。最初っから見てたわけじゃないからどうしてこんな言い争いにまで発展したかは分からないけど」
さらりと言ってのける理子に、咲と染谷君がぐっと言葉を詰まらせる。
ち、ちょっと待って理子……
それって結局はつまり理子も原因が分からないって事?
心の中で冷静に突っ込んでいると、咲が掠れた声でぼそぼそと話し始めた。
「私は単に薫のスタイルの良さが羨ましかっただけで……あんなふうになれたらなあって……」
は、はい?
わたし?
「そう千鶴子と2人で話してただけなのに……なのにっ!いきなり染谷が話しに加わってきて『バカか?お前が波風みたいになれるわけねーだろ?よくもまあ、あるかないかの胸ぺちゃんこの癖にそんな事言えるよなあ。無謀すぎるにもほどがあんだろ』とか言ってくるから悔しくなっちゃって……!!どうせ体に凹凸ないし胸だってないしそんな事嫌でも自覚してたけど、わざわざ再認識させるようなことをいう染谷に腹が立ったのよぉっ!!」
ぽろぽろと涙をこぼしつつ声を荒らげる咲。
「うわあーありえないわね染谷君。そんな人だとは夢にも思わなかったわ」
理子が冷めた視線を染谷君に向ける。
「お前、そんな事言ってたのか?」
と何故か藤堂君まで驚いた表情を浮かべた。
……どうやら途中で援護に入ったためそこまでの事情を知らなかったらしい。
「……なにやってんだよ、染谷」
昂が深くため息をつく。
周囲の視線も染谷君にとって痛々しいものにすっかり変わってしまっていた。
「…っ、確かにそれは俺が悪かったよ!ほんの冗談のつもりだったんだって!だけどそしたらコイツが『なによっ!!アンタなんてたいして練習もしないからレギュラーにいっつも入れなくて、その癖無駄にカッコつけてんじゃない!!女の子達に愛想振りまいちゃってさ!!今日も海にナンパしにきたんでしょう?ばっかじゃないの!?もう一回鏡でもその顔見直してくれば!?』って言うから……」
「本当の事でしょ!?」
「あんだと!?大体なんで俺が海にナンパしに来たなんて決め付けるんだよ!」
「だってそうじゃない!!女の子達に顔をデレーっとさせちゃってさ」
「なっ!?あれはたまたま道を聞かれただけで―――」
「はいはい、ストーップ」
また再発してしまいそうな勢いに思わず私は中断の声をかけてしまった。
だってこんなに分かりやすいのに……
なんでこの2人は気付かないんだろう?
「まずは染谷君。女の子にそんなデリカシーのない言葉は言うべきじゃないよ、冗談だとしても」
「………」
気まずそうに染谷君が黙り込む。
「それにそんな態度じゃいつまでたっても気付いてもらえないよ?素直に自分の気持ちを話したら?」
「…えっ!?」
染谷君が驚いたように顔を上げた。
「バレバレだよ染谷。お前隠してるつもりだったかもしれないけど」
昂がニヤリと染谷君に笑いかける。
あ……昂もどうやら気付いていたようだ。
他の皆といえばさっぱり言ってる意味が分からないらしく、首を傾げているし理子は隣で「ちょっとーなにそこだけで会話してんの?仲間に入れなさいよー」と不満そうに文句を呟いている。
染谷君はたぶん咲のことが好きなんだと思う。
たぶん、じゃなくて間違いなく、かな?
染谷君が咲に対してとった態度はいわゆる「好きな子だからいじめてしまう」と全く同じ現象なわけで。
こんなに一目瞭然なのに、咲もみんなもなんで気付かないんだろう?
染谷君はパクパクと金魚のように口を開いたまま、顔を真っ赤にしている。
……よほど私たちの言葉が意外だったらしい。
昂がその顔を見て小さく噴出していたのに気付いたのは…おそらく私だけだった筈だ。
「それからさ、長谷川」
「は、はいっ!?」
まさか昂に名前を呼ばれると思わなかったのか、咲が咄嗟にした返事の声が見事裏返った。
あ、ついでに「長谷川」って咲の名字のこと。
「染谷はちゃんと練習頑張ってるよ。シュート練だって人一倍やってるし。染谷がレギュラーに入ってねえのは前に怪我したときの足がずっと不調だから。病院に通ってること長谷川なら知ってるだろ?」
「あ……」
どうやら心当たりがあるらしい。
咲がしゅんとうな垂れる。
私は咲の頭にぽんと手を置いて覗き込むように尋ねた。
「咲はさ…、染谷君が女の子と話したりするのを見てイライラしたりしなかった?」
「え?………ぁ」
ようやく自分の気持ちに気付いたようだ。
咲の頬が赤く染まる。
咲が染谷君に感じていたのは「嫉妬」という感情。
染谷君が好きだったからこそ他の女の子と話す染谷君の姿を見るのが嫌だったのだろうし、ムキになって言い返してしまったのだろう。
どこか自分に似通った気持ち。
……形は違うけど、私も昂に対して何度も感じたから。
だから、咲の気持ちが今は手に取るように分かったのかもしれない。
「わ、悪かったよ長谷川。無神経にあんなこと言ったりして…」
「ううん、私こそごめん。怪我のことだって知ってたはずなのに…」
「イヤ、いいんだ。あ、あのさ話したいことがあんだけど―――ちょっと今いいか?」
「う、うん。私も染谷に話したいことがあるの」
どこからともなく拍手が沸き起こる。
海水浴に来ていた客ですら涙ぐんでいる始末。
「そういうことね…」と理子が後ろで納得したようにぼやいていた。
お互い顔を真っ赤にして海岸の端に向かって歩いていく咲と染谷君の2人の後ろ姿を見つめながら、私と昂は顔を見合わせて笑った。
「ホント世話が焼けるっつーか……傍迷惑な奴らだったな。あとで思いっきり説教してやんなきゃ」
「うん…まあ何はともあれ無事うまく収まったから良かったよね」
「ああ。にしても、あいつらホント分かりやすかったよなー」
「くすくす…顔2人とも真っ赤だったしね」
ホントあの2人、上手くいってくれたらいいな。
私と昂とは違って……想いは一方通行なんかじゃないんだから。
私の代わりにも、両想いになってほしい………だんだんと夕陽に染まりかけている空を見上げながらそう心から願った。
「薫………、アンタって他人のことには鋭いくせに何で自分の事になると途端に鈍くなるわけぇ?」
「え?理子、今なんか言った?」
「なんでもありませーんっ!!ほらっ、薫!!遊べる時間あとちょっとしかないし早く泳ぎにいこっ!!」
「うん!」
その時わたしは。
昂が切なそうに私を見つめていた事に
これっぽっちも気付いてなんていなかった。
数箇所訂正させて頂きました。
すでに読んでくださった方々、ごめんなさい。
夕氷嘩




