◆16◇
本人は自覚しているんだろうか?
老若男女問わず、みんな自分を見ているという事実を。
さっきから何度もすれ違い様に女の子達が騒いでいることを。
確かに昂の容姿は目立つ。
まあ、そりゃそうだろう。なんたって学園のアイドルなわけだし……
切れ長の大きな目に筋がすっと通った高い鼻とバランスの良い甘めの端正な顔立ち。
バスケで鍛え抜かれた無駄のない筋肉と高い身長。
柔らかそうな栗色の髪は、海にでも入ったのだろうか?
少し濡れていてはっきり言って男の癖に妙に色っぽい。
文句の付け所のない完璧な容姿。
人目を惹きつけるのは当たり前だろう。
騒がれてもまったく動じる様子を見せない昂は、こんな状況にはとっくに慣れてしまったのかもしれない。
モテ慣れ…とでも言うんだろうか?
事実学校でも下駄箱には毎日5、6通のラブレター、とお約束なことが昂の身に起きているわけだし……しかも学校だと昂の明るく優しい性格までもが筒抜けなワケだから、噂によると振られてもその優しさのせいで諦めきれない子が多いらしい。
ホントに罪作りな奴だ。
……なんて考えてる場合じゃなかった。
何度も言うようだが、目立つことは極力避けたい。
もともと目立つのは苦手だし、道端にひっそりと生えている雑草のような感じでいられれば十分満足なのだ。
なのにこの男…昂と手を繋いでるせいで必然的に自分にも視線が集まってくるという、ありえない状況の中に今現在立たされていたする。
今すぐこの手を振り払って脱走するという手も考えたが、そんな事をすればかなり高めの確率で迷子になるだろう。いや、むしろ間違いなく。
そういえば……子供の頃からよく迷子になってたからか、いつしからか昂はこうやってよく手を繋いで前を歩いていてくれた気がする。
なんかちょっと懐かしいかも…
と、回想しかけて慌てて首をぶんぶんと振った。
ま、まずい。
なんかもう、現実逃避?しかけてる……
だけど何か考えていないと緊張でまた頭の中がぐちゃぐちゃになってしまいそうで怖い。
ただでさえ今だって心臓が異常なほどドキドキしているのに……
昂に気付かれないように小さく溜息をこぼしてから、ふと異変に気が付いた。
あれ…?
「こ、昂?こっちって…」
お、おかしい、明らかに……
普通皆のもとに戻るなら海沿いに歩いていくべきなのに、なぜか海とは真逆に進んでいるのだ。
このまま行けば確実に旅館に行き当たる方向。
いくら自分が方向音痴でもこれぐらいは分かる。
「いいんだ、こっちで」
足を止めずに昂はあっさりと言い切る。
「え?だってこっちじゃ全く逆だよ?海から離れてってるし―――」
「薫」
呼ばれて目線を上げると、昂はいきなり立ち止まってこちらを見た。
どくん……
心臓がビクッと一瞬止まる。
昂は見た事がないほどの真剣な表情を浮かべていた。
…なぜか予感がした。
昂がこれから言おうとしている事も、何が起きるかも……間違いない、どこか確信に近いものが。
・・・マダ、キキタクナイ。
「話があるんだ。だけどここじゃ話せな―――」
「薫―――っっ!!!」
昂の言葉に覆いかぶさるようにして、人込みから突然大声が響いた。
姿を現したのは、ぜえぜえと息を切らした理子と暁君。
「理子!」
「もうっ、どこ行ってたの!?帰ってくるのが遅いからトイレに行ってみれば薫はいないし、楠原もいつのまにか姿を消してるはでめちゃめちゃ慌てたんだからねっっ!!」
「ご、ごめん。」
「とりあえず説教はあとっ!いまちょっと大変なことになってるの!2人とも早く来てっ!!」
理子がまた人込みの中へと走り出していく。
「え?ちょっと理子っ!?」
「いいから、早くーっ!」
どういう事?
「ああ、ちょっと収拾の付かない事態になって困ってるんだ。俺らじゃちょっと…」
暁君もすっかり困り果てた顔で理子に同意するように頷くと走って行ってしまう。
あっという間の事でその場に2人でぽつんと残された。
い、一体何が……?
昂は頭をがしがしと掻いてから「ったく、しょうがねえな」と隣で諦めたように溜め息をつくと、こちらに向き直った。
「薫。今日の夜、体育館に来い。話があるから」
それだけ言い残すと、昂も2人を追いかけるようにして走って行ってしまった。
その背中をぼんやりと見つめながら溜まっていた息を吐き出す。
……予想はついていた。
さっきだって、いつかはこうなる事が分かっていたはずなのに…
なのに今すぐその場から逃げ出したい衝動に駆られてしまった。
時間を先延ばしにしたところで無駄な事は分かっている。
でもどうしてもまだ聞きたくなかったのだ……昂からのはっきりとした言葉を。
だけど、今夜昂に振られる。もう逃げ道はない。
その覚悟を決めなくては。




