◆13◇
女子の部屋は全部で4部屋あった。
なんとか櫻坂さんと一緒の部屋になることを免れることができ、ほっとして一息つく。
まぁ、これは理子が裏で計らったらしいんだけど…
昼食を食べ終え、午後は新設の体育館で4時間ほど練習をすることとなった。
予想以上に体育館の設備が整っていたことに喜びを隠せずにいながらも、やはり練習はめちゃくちゃハードだった。あちこちで樫本先生の罵声が飛び、思う存分にしごかれ、6時頃に練習が終わったときには皆へとへとになっていた。
「うわぁーっ、ホントに疲れたよお」
「ありえないよ、かっしーったら!あんなメニューこなせる筈ないじゃんっ」
「あー、ダメだ死にそう……みんな…私のことは気にせず先に行って………」
「ひろみぃ――っ!!死ぬな!!あんな鬼畜なやつに負けちゃダメよ!!」
先生への文句が飛び交う中、さすがにそれに参戦する気にはなれなかった。
勿論ぐったりしてて言葉を発するのでさえ億劫だったのもある。
だけどあのキツい練習のおかげで思った以上に体を動かすことができて、一種の解放感のようなものに包まれたのも確かだったのだ。
「あーあ。薫ってば1人でそんな嬉しそうな顔しちゃって」
理子が旅館に向かう途中、どこか面白そうに声をかけてきた。
「え!?」
うそ…もしかして顔に出てた?
慌てて自分の顔を両手でおさえる。
「表情に出てるよん♪バスケが大好きだーってね。薫って体力も他の皆と違ってケタ外れにあるしシュートも入るし統率力もあるし、あ〜っ、やっぱり薫ってホント素敵だわ!」
「…………違うよ」
断じてそんなことはない。
むしろすごいのは理子のほうだ。
今日の練習だってそうだった。
私は自分のことだけで手一杯で余裕すらなかったというのに、理子は自分だってキツいにもかかわらずチームメイトに励ましの声を何度もかけていてあげた事を知ってる。
特に一年生なんてまだ入りたてで、今日の慣れないハードな練習についていくのに音を上げそうになっていた。そんな後輩たちを立ち直らせたのはほかでもない理子のおかげなのだ。
「……理子にはホントに感謝してもしきれないぐらい感謝してる。いつも頼りない私を支えてくれてありがとう。―――私、理子のこと大好きだよ」
嘘のない正直な言葉だった。
昂のことでもそうだ。いち早く私の変化に気付き、さりげなく何度も理子は落ち込んでる私を励ましてくれた。
理子に伝えてしまった後で、急に恥ずかしさが押し寄せてくる。
えっと………
もしやとんでもなく恥ずかしい台詞を言ってしまった?
理子から何の反応も返ってこないことに気付き、焦っておそるおそる彼女を見ると………なぜか理子は茹でだこのように顔を真っ赤にしていた。
ぎょっとして目を見張る。
「り、りこ!?だ、大丈夫!?」
そんな声も彼女にはまったく届いていないようだ。
理子は顔を俯けて、ぶつぶつと何かを呟いているようだがよく聞こえなかった。
「相手は女、相手は女だ……落ち着け私。鼓動よおさまれぇ……」
「え?」
「かおるーっ!理子ーっ!汗かいたし早速温泉にいかないー!?」
いつのまにか旅館の前にたどり着いていたらしい。
聞き返す前に理子との会話が中断されてしまったが、結局、満場一致で温泉へいくことになったのだった。
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「うーん、極楽極楽♪」
「はーっ気持ちいいねぇー……なんか眠くなってきそうだよぉ……」
「しかも露天風呂まであるなんてねぇーあぁ癒されるわぁ〜」
体を流し終え、タオルを体に巻き付けて湯にゆっくりと浸かった。
今、みんなで入ってるのは広い海が一望できる露天風呂。
絶景に目を奪われながらも、みんな気持ちが良さそうに目をとろんとさせている。
「いやぁ〜にしても男子ってば可哀想だね〜〜」
「ホントホント!何時までやる気なんだろう……薫はいつまでか知ってる?」
私は小さく首を振った。
私たち女子バスのほうは、あんまり無理させることもどうかと思ったのか早めに切り上げさせてくれたのだ。
「分かんないけど……先生が満足のいくまでじゃないかな」
男バスの方は今でも先生による猛特訓が行われているはずだ。
体育館を出る間際にちらりと男バスの様子を見たら、あの昂でさえすごい辛そうだった。まぁ、櫻坂さんにまたぎろりと牽制するように睨みつけられたから見れたのはほんの一瞬でしかなかったけど……
「そっかあー……でもあの楠原君と一緒に合宿とかちょっとドキドキしちゃわない?」
「あっ、それ分かる!彼の知られざる一面を見ちゃったりとか?きゃっ」
突然、昂の話題になって思わずびくりとする。
何気ない振りを装ってはいるけど、やっぱり他の人が昂のことを話すのを聞くのは胸が痛んだ。
「あっ、ねぇ。その事なんだけどさ……私今日見ちゃったんだよね」
「えっ!?見ちゃったって、なにを!?」
さっきまでのとろんとさせた目はどこに行ってしまったのか。
寄りかかっていた体をばっと起こし目をぎらぎらとさせて、皆聞き耳をたてる。
「お昼ご飯のあとにねトイレに行こうと思ったら、なんと廊下で楠原君とウザザカが抱き合ってたの!!わたしびっくりしてそこから逃げ出しちゃった」
『ええ〜〜〜っ!!?』
仰天したような皆の叫び声が響きわたった。
「それって密会!?」
「ウザザカのやつ本当に嫌いだぁ〜〜!!アイツちょっと美人だからってそれを鼻に掛けてるしさ!」
ぼんやりと交わされる言葉を聞きながら、心のどこかでは
ああ、やっぱりそうか………と悲しいぐらいに腑に落ちてしまった。
現実をいっきに目の前に突きつけられた気がする。
昂と櫻坂さんはラブラブで、私はそれを妨げようとした単なる邪魔者でしかないのだということを。
櫻坂さんはおそらく私が告白したことを昂から聞かされていたに違いない。
だから今朝から櫻坂さんは私を睨んでいたんだろう。
櫻坂さんに余計な心配をかけさせちゃったな…………
急に体に巻いていたタオルをつんつんと小さく引っ張られて視線を右に動かすと、
「薫、のぼせそうだからもう一緒に出ない?」
と理子が目に心配そうな色を浮かべて言った。
ああ、また気を遣わせちゃったか……
理子にこんなに心配をかけてるのに言わないわけにはいかない……
浴室を出て脱衣所で簡単なTシャツとハーフパンツに着替え終えてから、理子に昨日のことを全て話すことにした。
理子は私が努めて昂にバレないようにしていたのを知っていたからか、驚きが隠せないようだった。
「薫、あんまり気にしちゃダメだよ。明日海にも行けるし全部忘れてパーッと遊ぼ!パーッとさ!!」
「うん………ありがと」
ぎこちない笑みを浮かべて答える。
理子のこれ以上ない優しさがじんわりと身に沁みて、涙が零れ落ちそうになるのをぐっと堪えた。




