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◆11◇


はあ、はあ、はあ、


もう汗はだくだくだった。

息を切らしながら全力疾走で学校に向かって走る。

すれ違う人たちが驚いて振り返っていくのが分かったが、今はそんな事を気にしている暇などない!


現時刻は7時32分。

集合時間はとっくに過ぎてしまっている。


ありえないっ……!

部長が合宿の日に寝坊するとか最悪だ!!本来ならば、30分前に学校に着いて自分が点呼をとらなきゃならなかったのにっ………!!


あのあと寝ようにも寝付けず、結局就寝につくことが出来たのは今日の朝方過ぎだった。

お母さんに「薫っ!はやく起きないと遅刻するわよ!」と叩き起こされて、重い体をずるずると引きずりながら洗面所へ向かい鏡の前に立って自分の姿を目にした途端、思わず絶句してしまった。


泣きはらした目は赤く腫れ上がっていて、しかも睡眠不足のためか目の下にははっきりと隈が出来ている。

この世のものでないような顔に唖然としていると、お母さんは娘のそんな様子にも驚くこともなく落ち着いた様子で「とりあえずこれで冷やしときなさい」と氷が入った袋を手渡してきた。

お母さんは普段はふんわりとした雰囲気をもっているのに、時々驚くような鋭さを発揮する。今回も私に何かがあったという事は十分なくらい察しているんだろう。ううん、下手したらその原因まで分かっているのかも―――。


だけどお母さんは気遣ってか問いただしてくるような事はしなかったので、内心ほっとしていた。


そんなこんなで、そもそも起きたのがギリギリだったし目を冷やすのに時間をかけていしまい、気づけばこの始末…というわけだ。


走っている内に段々と学校の校舎が見えてくる。


校門の前に目を走らせると、すでに皆バスに乗り込み始めているようだ。

人の列がバスに向かってずらりと出来ている。


理子と暁君がバスの前で樫本先生となにか話し込んでいる様子が目に入った。


あれ?昂がいない………

もうバスに乗り込んだのかな?


ズキンと胸が痛んだ。


はぁ………

こんなときにまで昂のことを考えちゃう自分の図太さが本当に信じられないよ。


そこまで考えてはっと我に返る。

慌てて止まりかけていた足を動かしダッシュしてバスへと向かった。


「理子っ………遅れてごめんっ!!」


私の声に背を向けていた体を驚いたように反転させると、そのまま「薫ーっ!!」と理子が勢いに任せてばっと飛びついてきた。あまりの勢いにがくっとバランスが崩れる。


「もぉーっ!!時間過ぎても薫が来ないから何かあったんじゃないかって心配したじゃないっ!!メールしても返信来ないし!」

「ご、ごめん………」


やばっ…必死で、全然携帯が鳴ったのに気付かなかった…


「私、この合宿に薫がいなかったらどうしようって泣きそうだったんだから!薫がいない合宿なんて合宿じゃないっ!!」


理子が喚きながら抱きついてくる腕に力をこめる。


く、苦しい……。

っていうか私汗だくなのに気持ち悪くないのかな?


「おいおい、なーに2人でイチャついてんだよ。……時間が押してるんだけど?」


樫本先生が苦笑混じりにそう言ってから、はあっとため息を付く。


「す、すみません………」

「……ったく。お前らは部長だって自覚は少しはあるのか?揃いも揃って遅刻するとはなかなかいい度胸じゃねえか」


え…………?


「お前らって………」

「なぁ、昂?」


先生はそのまま私の背に向けてニヤリと笑った。


えっ……!?


いきなり後ろから荒い息遣いが聞こえてきた。


「はぁっ………悪い、遅れたっ……」


後ろをおそるおそる振り返ると、視界には息を切らして屈み込んでいる昂の姿。


な、なんで昂も遅刻してるの!?


驚きを隠せずにぱちぱちと瞬きを繰り返していると、顔をゆっくりと上げた昂とばっちり目があった。


一瞬見せた昂の真摯な眼差しにたじろぐ。


だけど昂はそれ以上何もいう事はなく、いつものような笑顔を浮かべた。


「悪いわるい、なんか緊張しすぎてイマイチ寝れなくってさー」

「アンタねえ、少しも悪いと思ってるようには見えないけど…?」

「しょうがねーじゃん。まぁ、それほど今日という日を楽しみにしてたってことで♪」


あ、れ…………?


普段と変わらない、女の子たちを一瞬で魅了してしまうような明るい笑顔を浮かべて昂はいつものように軽口をたたいている。


気に、されてない……?


そのまま昂は暁君と楽しそうに話しながらバスに乗り込んでいってしまった。


「ふぅ……昨日はどうなることかと思ったけど気にする必要はなかったみたいだね。すっかり機嫌もなおったみたいだし」


理子が隣で呆れ半分で呟く。

昨日、一悶着あったようにはとてもじゃないけど見えなかった。


私、昨日確かに昂に告白したよね…?

昂にとったら気にするまでもない、どうでもよかったってことなの……?

所詮、¨おさななじみ¨の告白だから?


突然、いたたまれない様なひどく悲しい気持ちになった。

つまり、数年越しの想いも昂からみれば何の価値もなかったということだ。

あれだけ昨日泣いたというのに、また俄かに泣きたくなった。


はは…

昨日「気にしないで」って言ったのは私の方なのに…


ふと矛盾に気付いて、思わず苦笑する。


バスは女子と男子で別々で、二台で行くことになっている。

バスに理子に続いて乗ると、


「薫ーっ!おはよーっ!!」

「きゃあっ、おはようございます、薫先輩っ!」

「今日はめちゃくちゃ合宿日和だね♪あー海が楽しみだわ〜」

「部長が遅刻なんて珍しいなぁ。ほらっ、はやくはやく!薫の席はここだよ!」


と友達やら後輩やら様々なところから元気よく声をかけられた。

皆初めての合宿で興奮しきっているようだ。

というか、むしろ海を楽しみにしている人が多数なんだろうけどさ。


ん…………?


皆に遅れたことを謝っているとふと強い視線をバスの後部座席のほうから感じて、そちらに目をやってみると……


「あ………」


吃驚して小さく声を漏らしてしまった。


櫻坂、さん……………


櫻坂さんは綺麗な顔でじっと私のことを睨みつけている。

その表情はあきらかに苛立っていた。


理子がこっそり耳打ちをしてくる。


「この合宿中、うちらずーっとウザザカと一緒なんだってさ!バスだけじゃなくて旅館の部屋も!そりゃあそうなんだろうけど、ああ〜〜〜っ!!耐えられそうにないよっ!!ストレスで禿げるかもしんないっ!」

「はは………」


ただでさえ憂鬱な気分で合宿にやってきたというのに、よりによって櫻坂さんと一緒………

これから前途多難な茨の道が待ち受けているだろうことが確定したようなものだ。


今日から二泊三日―――………

私、生きて帰れるのかな……?


初日から気分はとんでもなく重いものとなってしまった。




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