表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たまには昔の話をしようか  作者: 世界の子羊
9/11

休み時間の延長

 窓から吹き込む昼過ぎの風が睡魔を誘う。

 日陰に居ても汗を掻いた夏も終わり朝が少しずつ肌寒くなってきた。それでも、昼間は暑く吹き抜ける風は気持ちいい。今日のような雲ひとつない快晴の時は、日向ぼっこしながら昼寝をするのと疲れが取れる。

 けれど、学校では叶わない。

「うわーマジで萎える」

 教壇に座り教卓に凭れ日向は根をあげる。

 スマートフォンの液晶を滑る指は動きが悪く、たまにミスして望んでもないブラウザを開く。

「あんまり気にするなって」

 亮は見向きもせずに感情なく慰める。

「いやー、でも、あれじゃん」

 何か言いたそうだが、言葉になっていない。

「でも、あれは面白かったな」

「盛大に舞ったね。写メ欲しかったなー」

 鳥澤が悔しげに言う。

「気付かないってのも馬鹿だよな。変態っていうより露出狂だもんな」

「犯罪者でしょ。罪状は公然わいせつ罪?」

「強姦でもいいんじゃない」

 亮と弥市と如月が面白おかしく犯罪者扱いする。

 ケラケラと笑いお腹を抱える。

「お前ら他人事だと思って」

「現に他人事じゃん」

「でも、あれは傑作だよな。その辺の変質者よりも質が悪いよな」

「突然出すとかじゃなくて、出したまま宙に舞うという真似できないことだからね」

「才川じゃなかったら危なかったな」

「皆吉なら確実に連行だな」

「あいつ女子には優しいけど、男子には筋の通ってないことしか言わないもんな」

「優しいって言うより、エロいだけだろ。あいつの目、エロいし」

「何て言うか、女子更衣室にカメラとか仕掛けてそうよね」

「あはっははは、それはわかるけど、さすがにそこまではしないだろ」

「それは分からんぞ?」

 日頃から溜まった不満が、勝手な想像とし膨らんでいく。

 全く持って、彼らの言っていることは的外れな事ばかり。教師がそんなことを繰り返していたら犯罪なんてものでは済まない。無駄な時だけ結束力と活動力のある暇を弄んでいる大人たちの口から罵声と批判が制御の効かない印刷機のように吐き出すだろう。 目がエロいことは否定できるか分からないが。

「そう言えば、女子の乳首見えてたぞ」

 まだ、昼休みまで一時間はあるのだが弁当を食べている柊が口の中に具を詰め込み過ぎて吐き出しそうになっている。

 汚いから喋るなと周りから注意を受ける。

 突然、投げ込まれた曖昧な情報は火に油を注ぐかの如く一気に広がる。飢えた動物みたいな食いつく。男子高校生なら誰もが食い付きそうなネタだ。

「えっ! 嘘だろ、柊。マジで」

 手作りのおにぎりを食べていた絵士が一番に食い付きテンションが上がる。言葉を口にする度に米粒が乱射される。正面にいた志田の顔面に直撃する。飛んでくる唾液塗れの米粒を防ごうと両腕をクロスさせる。スマートフォンを持っていたけれど、咄嗟の事に机に置くのも忘れていた。スマートフォンの画面を米粒が唾液のおまけ付きでベタベタに濡らす。

「うわっ。マジで止めろ。汚い汚い。ていうか臭い」

 冗談抜きの本音が零れる。

 目にはまだ入っていないけど、口の中にはいくつか飛び込んでいる。吐き出すように唾と共に吐き出す。

「マジで止めろって」

 ひとつ後ろの席の机にあった教科書で頭を叩く。

 それに声を上げて周りが笑う。

 そんなに続くかと思うほど長かった無差別攻撃がやっと終わった。

「ホント汚い。ヤバい……臭い。あー臭い」

 そう言いながら後ろの席の横に掛けられたスクールバッグからタオルを引っ張りだして、汚れた顔を拭く。

 べっとりと付いた唾液は拭けば拭くほど不愉快になる。肌をナメクジのように滑る米粒が今にも殴りたいと思う。この先、二度とこの感触を味わいたいとは思わない。

「これ臭って」

 翔と駄弁っている英秀に押し付ける形で嗅がせる。

 突然、顔に押し付けられたタオルから距離を取るために顔を遠ざける。それでも、嗅がせようとする志田から無理やり奪い取る。

「臭い」

 普段からはっきりと言い切る英秀が、これでもかと大きな声で言う。

「牛乳を吸った雑巾の匂いみたいな臭いがする」

 臭いの例えを聞いたクラスメイトたちが笑い転げる。

 余程臭かったのか、顔を引き攣らせている。

 異物を持つように親指と人差し指の先で持つ。顔から遠ざけたタオルに窓から流れ込んだ風が臭いを乗せて教室を巡回する。

「くっっさっ」

「は! マジで、何」

「これ、臭い」

「うえ」

 風に乗った臭いが鼻を刺激する。風の通り道にいた生徒は立ち上がったり服で鼻を塞いだりしている。近くにいた翔が嗚咽する。

 それを見かねた英秀は立ち上がり黒板近くのドアの前に置かれたゴミ箱に近づく。途中でワザと弥市の目の前を通す。文句を言おうといた弥市は咳き込み変な声を上げる。

「ちょっと待って」

 琳太郎の声が笑い声の中に揉み消される。

 腕を伸ばし閉じていた指を開いて、タオルは落下する。分別が基本のはずのゴミ箱に一寸の狂いもなく静かに落ちる。

 何食わぬ顔で自分の席に戻る。

「秀夫、何やってんの?」

 琳太郎が慌ててゴミ箱に近づき、少し躊躇してゴミ箱に手を入れる。それを掴んで持ち上げ、付いたゴミを掃う。色んな物が詰まった本当に未知の場所に落下したタオルは奇跡的にも汚れてはいなかった。

 最低限の分別するために三つのゴミ箱が設置されているが、ペットボトルと缶と燃えるゴミしかないため大抵は燃えるゴミに捨てている。不燃物がないことから燃えるごみは食べカスだろうが捨てる生徒もいる。

 もしも、タオルが濡れていたりして重かったら拾うのも躊躇うくらいに汚れていただろう。拾おうという気持ちも消え失せたかもしれない。

「汚い。秀夫、マジで……」

 途中から何を言っているのか分からない。

 英秀は笑って捨てたことを流す。

 もう一度だけ払う。

 琳太郎は気づいていないが、ゴミ箱に落ちていなくても汚いし臭い。未知の未知のゴミ箱よりも身近の友達の臭い唾液と米粒が付いている。ゴミを掃うよりも一度水道で洗った方が賢明である。手で払えば、手に臭いが付くことに気付いたほうが良い。

 その事を笑っている誰もが教えない。

「志田、まだ顔に付いてるよ」

 もう取れたと思って笑っていた志田に雄一が教える。

「えっ、マジで? うわっ、汚ねー」

 自分の顔を触った手に嫌な液体が付く。

 汚い汚い、と言っているが自分の顔に付いているから自虐にしか聴こえない。

「拭くやつないかなー」

 そんな暢気な声を出しながら後ろの席の横に掛かったカバンを漁る。

 後ろの席――それは、琳太郎の席でつい先ほどタオルを勝手に拝借して拭いたところだ。ついでに英秀によってゴミ箱に捨てられた。

「無いな。……これでいいか」

 汚れが見当たらない真っ白なシャツを取り出す。明らかに一度も使っていないであろう臭いがする。封を開けたばかりにしか見えない。

 真っ白な体育服の背中の部分で顔を拭く。二度、三度と拭き、汚れが残っていないことを確認する。白かった体育服に付いた汚れはシミのようになっていた。

「取れた?」

 目の前にいる、吹き出した本人に確認する。

「取れたよ。臭いは取れたか分からんけど」

「それは仕方ない」

 そう言っているが、結構気にはしているだろう。

 無駄にプライドが高いから、表面的な汚れが取れても吐き気を催すほどの臭いが顔に付いていることは認めたくないはず。笑っているが、あとでこっそりと顔を洗ったりするだろう。

「それにしても臭いよ、これ」

 体育服を前に差し出す。

「いや、臭いから目の前に出すな」

「臭いって、お前の臭いぞ」

「志田、臭いって」

「ふざけんな。喰らえ」

 差し出した手を一度引いて肘だけの力で投げつける。スピードのない服はふわりと舞って、絵士の顔面に着地する。

「臭っ」

 顔をから剥ぎ取り、地面に叩きつける。

「おい、待てよ」

 タオルを握った琳太郎が駆け寄る。

 床にくしゃくしゃになった服を拾い上げて、誇りを叩き落とす。払い落としながらしわを伸ばす。

「馬鹿でしょ。誰のか考えろよ」

 少しキレているようで声が普段よりも荒げている。

「はっきり喋って」

 二度に渡って自分で拭いた志田と投げ捨てた二人に怒って声を荒げているけれど、滑舌はいつもと変わらずに通常運行している。荒げた声の分だけ口の中で籠って、普段よりも聞き取れなくなっている。

「考えろ」

 同じことを繰り返し言うが、またも聞き取れない。

 周りで見ているクラスメイトたちも聞き取ることが出来なかったようで、「えっ」という声が聞こえる。この教室の中で今の言葉が分かった生徒はいないだろう。独り言よりも質が悪い。

 滑舌が悪いのに加えて声が籠るから余計に聞こえなくなっている。

 嫌がりながらももう一度言うと如月から、「ツイッターじゃないんだから呟くな」と関係ないのに言われる。それを聞いたみんなが笑い、渡が「今の上手い」と褒める。

 いつもいじりだが慣れることはない。

「考えろって言った」

 口を大きく開けて自分なりにはっきりと言った。

「さっき言ったこと聞こえた? はっきり話せって」

 今度は聞こえているはずの柊が声を上げて言う。

 志田に言ったのに、関係のない柊から何故か怒られなければならないのか不満を感じながら、諦めて自分の席に座る。

 もう一度言えよという周りの声を無視して自分の机に散らかった米粒や唾をポケットティッシュで拭き取り始める。

「ちょっと顔洗って来る」

 やはり気になったのか、残り少ない時間を利用して志田が顔を洗いに行くために教室を出ていく。

「それで、柊」

 何かを思い出したのか、弁当箱を片付けている柊の名前を紀杜が呼ぶ。

「ん?」

 何かあったっけ? とでも言いたそうな目をする。

 お腹が膨れたのか、目が虚ろになっている。

「女子の乳首が見えてたって本当?」

 臭さでうやむやになっていて、このままチャイムが鳴れば誰もが忘れていた。絵士の噴き出しも柊のこの発言から来ている。

「見えたの?」 

 今度は噴き出すことなく、その代わりくちゃくちゃと音を立てる絵士が食い付く。

「見えたよ」

 溜めることなく、簡単に即答する。

 マジで! と今までいくつかのグループに分かれてそれぞれ好き勝手に話したり、臭いの件を見ていたクラスメイト達がその言葉で一気に興味を示す。どんなに興味がない素振りをしても結局は思春期の高校生なのだ。

 ある意味では、これが健全な男子高校生とも言える。

「とりあえず、スク水の越しに乳首の部分が見えた」

 歓声にも似た声が上がり、マジで、誰の? と興味津々に口々に言う。見えたことそのものよりも、誰のが見えたかが大事らしい。

 三人ほどの名前を挙げる。歓声とブーイングの両方が飛び交う。

 プールから上がる時に谷間から生も見えたよ、と火に油を注ぐ。

 知宏も一緒に見たようで、どんな感じで見たのかは再現し始めた。廊下を通り過ぎる同学年の男子から笑われる。男子しかいない工業棟だから出来る行動で、女子が居たら引かれるか、バカにされて鼻で笑われる。

 勝手な想像で一発芸にも近いモノマネをし始める。

 授業の開始を知らせるチャイムが聞こえないほどに教室が笑い声で満ちる。

「何やってる? お前ら」

 ドアから入って来たのは、数学担当の松井だった。

 変な行動をしている知宏と柊を見るけれど、笑みを浮かべるだけで軽蔑の目を向けることはない。これにも慣れてきたのだろう。

 何の話をしていたのか、紀杜が説明する。

 プールで起きたこと、柊が女子の乳首を見たことを曖昧な表現で教える。時折、周りが補足を入れる。説明している紀杜が話しながら笑う。

「それは誘ってる」

 大体、聞き終えると教師とは思えない発言をした。

 女子がいないから出来ることだろう。セクハラと言われても仕方無い。

「気づいてない訳がない。本当に気づいてなかったら根っこからの痴女だな、それは」

 男しかいないと教師も生徒も、大人も子供も関係なく、場を気にせずに思ったことを発言するようだ。

 口うるさい保護者にでも聞かれたら面倒なことになりそうだ。

 気づいていて何もしてないことの方がよっぽど痴女だと思うが。

「周りも気づいてるよな?」

 亮が柊に尋ねる。

「気づいてるでしょ。あんなマジかで見てて分からないって」

「じゃ気づいてて教えてないだけ?」

 口元を拭う絵士が弁当箱を片付けて話の中に入る。

「それはそれで性格悪いぞ。ちなみに聞くけど」

 一度区切り、誰だったと尋ねる。

 それはさすがに訊くなよ、と二、三人が口には出さずに心の中だけでツッコミを入れる。

 教師が生徒の名前を尋ねることは可笑しいことではないが、こういう場合は知らない方が得だと思う。その生徒に会った時に、もしかしたら意識してしまうかもしれないからだ。

 まあ、松井はそんな事ないだろう。既婚者でもあるし、女子高生に興味ないと言っていたし。

「それはさすがに……ね?」

「まあね」

 クラス中に簡単に言いふらしたくせに、教師には躊躇う。

 きっと関係が気まずくなるとは考えてない。見ていたことが、女子に言われるかもしれない事を危惧しているのだろう。

「言わないなら言わなくて良いけど」

 簡単に言うと思っていたらしく、面白くなさそうな顔をしている。

「見過ぎると勘付かれるぞ。ほどほどにしろよ」

 彼らのためにも注意を促す。一応は教師としても役目を少しだけ果たす。

 露骨に見ていると変態と引かれる恐れもある。というか、乳首が浮かんで見えていることが気付かれたら、恥じらいの後に心に傷を負うだろう。そして、その原因を作ったのは男子だと矛先を向けられ、周りの女子はここぞとばかりに団結する。事実が有りもしない尾びれを付けて一人歩きする。

 生徒たちよりも長く生きた教師だからそれを知っている。

 女子によく相談されているから知っていたのだろう。

 だから、注意した。

 教師の少しばかりの優しさ。

 まあ、二人しか見てないから気づかれることはなかったのだろう。

「先生ならどうしかすか? 女子更衣室の扉が開いていたから」

 いつの間にか戻っていていた志田が顔を拭きながら尋ねる。

 鍵が掛かっていなかったのではない。扉そのものが開いていた場合にどうすか。鍵程度なら中を見ることが出来ることに気付かないだろう。仮に取手を回して確認したとしても、開けることには抵抗があるし周りを気にしてしまうだろう。

「そんなことあるか?」

「あるんですよ。扉に目を向けただけで部屋の中が見えるんですよ」

「あー、それなら見るな」

 教師には有るまじき発言である。そこは嘘でも見ないというべきではないだろうか。

「開いていたってことは、見てくださいと言ってるようなもの。文句は言えないな。男なら仕方ない」

 それは罪ではないと言い切る。

 男子が使うと分かっているのだからしっかりと閉めなかった女子が悪いと受け取ることが出来る。

 どっちが悪いとは一概に言えないのは確かである。

 法に触れると分かっていて見る方も、不用心に鍵もドアも閉めない見られる方もどちらも悪い。

 世間からしたら、見た方が悪いと一方的に言われる。

 それが現実で、どうしようもない壁だったりする。

 ご苦労に、部屋の中の状態や脱いだTシャツの柄を丁寧に記憶を探りながら説明している。どんな下着が脱ぎ捨てあったかも楽しそうに話している。それに対して注意する訳でもなく一緒に笑って、「趣味悪いなー」とか「幼いなー」とか一緒になって松井も話を聞いている。

「誰のか気になるー」

 教室の外にも聞こえそうな声を上げる。少し大きくて大人ぽかったブラジャーを誰が着けていたのか気になっている。「あの子は違う」、「あいつはそんなイメージない」、「奴は見た目的に胸無いぞ」と好き放題に言う。”誰が“というより”どんな女子が“という方が彼らには大事ようだ。

 妄想が次第に現実から離れていく。

 女優や理想の女子を浮かべて、こういう人が着けていて欲しいと口論のように言い合っている。

 すでに授業の始まりを知らせるチャイムは鳴り時間も刻々過ぎている。

 自分の席にも座らず、教壇や適当な机の上に腰を下ろし思うままの体勢で過ごしている。話を聞くことに飽きた生徒は机の下でスマホや漫画を読んだり、顔を伏せて寝ている。それでも、三分の二以上がプールの話で盛り上がっている。

 時々、思う事がある。

 こんな授業で風景で大丈夫なのだろうか。来年は就職・進学試験が待っている。本人たちはあまり気にしていないようだが。そもそも進級するまでに範囲が終わるかが、疑問でしかない。

 松井が言うには、他のクラスより進んでいるから少しくらいなら大丈夫らしい。一週間に一回以上はこんな授業が少しくらいで済むのだろうか。

授業内容から少しくらい脱線することはよくあることで、堅苦しい授業よりは少しくらい息を抜く方が効率が良かったりするが、初めから脱線していることはそう多くもない。そもそも、線路にすら乗っていない。

 息抜きどころの話ではない。脳をまともに使っていない。今も休み時間も延長のようなものでしかない。

 会話の内容もいつの間にかプールから恋愛相談のようなものに変わっている。

 数学の授業に恋愛相談という公式や問題があるのだろうか。もしかしたら存在するかも知れないが、工業科の生徒が解ける問題ではないと思う。

 恋愛相談が始まると今まで寝ていた生徒が体を起こし、生き生きと会話に混ざる。

「あまり詳しくは言えないけど」

 前ふりどこに行ってしまったのかと言いたくなる松井の話は、このクラスに居たらあまり知ることないものだった。誰が誰をどう思っているのか、意外にこういう性格だったりするとか、こんなことを言っていたとか。相談を受けているから話すことが出来る生々しく新鮮だった。

「お前から言って聞かせたほうが良いぞ」

「言っても聞くか分かりませんよ?」

「聞いてくれる」

 渡の付き合う彼女が松井の担当するクラスだと分かったことから話が始まった。授業中ずっと寝たり保健室でサボったりしていることから言い聞かせてほしいらしい。

「彼氏の言うことなら聞くぞ。あいつ、針原の話ばかりしてるからな」

 教師として松井も幾度は注意を促したらしいが、生半可な返事をするだけで聞いている様子はなかったという。相談には乗ってもらうが、注意は聞かない。虫のいい話だが、それが思春期の学生かもしれな。

 都合が悪いことからは目を背ける。大人でも子供でも同じこと。

「言ってみますが、聞くか分からないですよ」

「まあ聞いてくれなかったら、留年になるけどな」

 他人事のような口調だった。

 そこで、授業の終わりを知らせるチャイムの音が廊下を駆けて学校中に響き渡る。他の教室からあいさつの声が聞こえる。

 教科書に少し触れることなく黒板も使用せずにチョークの粉が舞わずに授業は終わった。

「今日のプリントは明日まとめてやるか忘れるなー」

 そう言い残して松井は教室を出ていく。

 休む時間の延長は再び休み時間へと戻る。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ