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たまには昔の話をしようか  作者: 世界の子羊
6/11

夏休みの不満

 夏休みが始まり、蝉の声と共に気温も上がった。

 宿題さえ無ければ満喫できると最後の日までまともに終わらせる気もない学生が愚痴を廊下で吐く。部活に来ているのか、服装が制服とは違いスポーツウエアだった。その服装からでは部活を特定出来そうになかった。

「宿題なんて休み入る前に半分くらいは終わってるだろ。宿題無くても満喫できない奴は出来ないんだよ」

 廊下から聞こえて来た声に対抗するかのように喜一が独りでに言う。

 エアコンで涼しく快適な空間に中にいる彼はその状況を少なくとも満足はしていなかった。

「対抗するなら聞こえるように言えよ」

 背伸びした亮の背骨からボキボキと骨のなる音が聞こえた。

「なら言うぞ」

 何も迷わずに廊下に向かおうする喜一を鳥澤が腕を引いて止めた。

「また、面倒になるって」

「そうだな」

 近くの椅子を二つほど引いて足を伸ばし座る。

「それにしてもすることないな」

 マウスを意味もなく動かしながら亮は暇そうに画面を見る。

 四十台ほどのパーソナルコンピューターと画面が向かい合うようにして二列に並べられた部屋は教室を二つ組み合わせて出来ていた。どこの学校にもある普通のコンピューター室には五人の少年がバラバラに座っていた。ほとんどがパソコンかスマホを弄っていた。学校であることを気にしていないようだった。もちろん教師はいない。

「することならあるだろ」

 鳥澤は目線を向けることも手を止めることもなく返す。

「一週間もやってたら気が狂うよ」

「まだ一週間だろ」

「まだって、一日六時間ほどやってるんだぞ」

「確かにな。でも、あと一週間だろ」

「でも飽きたわ」

 二人だけの会話だけが流れる。他はキーボードをたまに打つ音とマウスのクリック音だけだった。

 隣の校舎(と言っても渡り廊下通った反対側)の一番東側の最上階にある音楽室から聞こえる音楽。ギターよりもボーカルよりもドラムが常に目立つコピーバンドは聴いてて作業のBGMにもならない。ただ叩いているようにしか聴こえない。ボーカルで言うなら音程が変わらずに叫んでいるようだ。

 正直、今は不愉快に思える。いつもなら、真面目にやれよと思うだけなのだが、退屈で行き詰ったこの状況では応援する気になれない。

 この不協和音は学校のどこに居ても聞こえるのだろう。

「如月、どこ行った?」

 天井を無意味に眺める。

「コンビニか工場でしょ。多分、工場だと思うよ」

 工場は、校舎とは別にある実習棟のことで旋盤から放電装置、MCまで揃っている。

「見てみれば」

 パソコンで時間を潰している大場義人を横目に工場側の窓へと近づく。ブラインドの隙間から下を眺める。

 清々しいくらいに青い空に、加減というものを知らない日光に眩しさを感じる。外を見るだけで外がどれだけ暑いのか感じ取れる。よくこの暑さの中をチャリで来たなと暑さに負けずに夏休みの学校に来た事を自画自賛する。暑さや寒さ関係なく雨が降っていなければみんな春夏秋冬通っているはずだ。

 ブラインドの隙間から工場を見渡す。二階ほどしかない高さしかない建物の中の様子を見ることは出来なかった。しかし、人が居るのは分かる。もっと正確に言うなら、通路をたった今走って行くオレンジのTシャツに作業着のズボンを穿いた生徒、その後ろを追いかける全身青のつなぎを着たぽっちゃりとした生徒が目に入った。追いかける生徒の手にはスリッパを握っていた。

 見知った顔だとすぐに分かり、にやけてしまった。

「あいつら楽しそうだな」

 夏休みに学校に来てるのは部活だろう。暑い中よく走れるもんだ。

 旋盤のある棟を三周ほど追いかけ回って疲れたのか、握手をして和解でもしたようだ。電子電気関係の実習を行う建物の真ん中に開けた場所に二人で移動する。部活の仲間の輪に混ざって白い大きな塊を削り始める。

「如月居た?」

 眼鏡を外し目薬を打つと立ち上がり、亮の横に移動する鳥澤。同じようにブラインドの隙間から外を見る。

「眩しい」

 部屋の中は照明と数台のパソコンが点いていても外は眩しいようだ。

 工場を見下ろしながら同じようににやけて、「楽しそうだな」と呟く。

「平和だな」

 蝉の鳴き声に混ざりグラウンドからホイッスルが聞こえる。

 田舎なのに無断から交通量の多い県道が、夏休みに入ったこの時期は無駄に混んでいる。

 でも、建物は少なく遠くに大型スーパーが遠くに見える。そんなに高くもない山が前方で緑に染まっている。

 夏の田舎の風景は長閑で平和だ。朝から毎日のようにやっている事件や捩れた日本政情が嘘みたいだ。

「如月居ないな」

 どこを見てもその姿は見当たらない。

 いつもなら、工場で部活の連中と真面目に活動せずに遊ぶか駄弁っているから見つかるはずだった。

 今日って何曜日だっけ? と誰に向けたわけではないが亮は訊いた。

「月曜日でしょ」

 隣に居た鳥澤が当然のように答える。

「月曜か。そうか、うん。……コンビニか」

 月曜日と言えば、学生の多くが一度は読んだであろう漫画雑誌の発売日。如月は毎週欠かさず読んでいる。

 ただし――

「立ち読みだな」

 買うことはしない。いつも帰り道のコンビニか書店で読んでいる。本人もそう言っていたし、クラスメイトにも幾度となく目撃されている。

 スマートフォンを取り出し亮は連絡先から如月を見つけ電話を掛ける。

 何度かコールした後に電話に出たが、無言だった。

「なんか言えよ」

 あっワリー、と間抜けな声が聞こえる。反省などしていないだろう。

「飲み物買ってきて。出来れば炭酸が良い。それとお菓子もお願い。アイスもね」

 作業がまともに進んでいないのに遅刻ているうえに立ち読みまでしているのだから、それくらい当然だと思う。

 そんなことを思っている亮たちも学校に来てから何もやっていない。パソコンやスマートフォンをいじるだけで手を付けていない。一人はすでに寝ている。唯一、鳥澤が一人でやっているだけだ。

「ジャンプも買って来いよ」

 もっとも亮は雑誌が一番欲しいのだ。

「はぁ、何で? おいおいマジで言っての? ……分かった。早く来いよ」

 はぁとため息を吐きながらスマートフォンをポケットに入れる。

「どうした? やっぱりコンビニだった?」

「いやコンビニじゃなかった」

「なら、どこ?」

「書店だって」

「学校に来てすらいないのか」

 学校に来ていないのだから工場を見渡しても見つかるはずがない。

 そもそも、学校には一度来ていると思っていた。それから、工場かコンビニで暇でも潰して昼前にのこのこと来ると予想していた。工場に居なかったからコンビニだと思って、ジュースやお菓子を注文したのだ。

 それがまさかの書店と予想外だった。これは寝坊なんて言い訳は通じない。明らかに悪意を感じる。

 如月が利用する書店は学校からも距離があったはずだ。

「あいつ昼くらいに来そうだな」

 時計を見ながら呆れた声で言った。

 もう慣れたけどね、と鳥澤が返す。

 


 如月が来たのは時計の針が一時半を回った時だった。学期中なら昼休みの終わりを告げる予鈴が生徒のいない廊下に響いていた。

 急いで来たのか、汗をかいていた。汗を拭いながらペットボトルを傾けて喉を鳴らした。着崩した制服を生徒部の長ったらしい説教が入りそうだ。

 真ん中辺りの椅子に座り背凭れに上半身の体重を預ける。

「あつっっい

 溶けてしまいそうな声を出す。

「来るのおせーよ。何やってたんだよ?」

 パソコンで無料の漫画を読んでいた亮が椅子を半回転させる。

「親に頼まれて親戚の家に行ってて、そのついでに書店に寄っただけ」

「寄らずに来いよ」

 本当の所は時間ギリギリに起きて、面倒だなと思いながら着替えて少し朝ごはんを食べていつものように家を出た。長く急な坂を建ち漕ぎで昇っていると、ふと思った。先週一週間で何も進まなかったのに早く行って意味ないな、と。どうせ、ほとんどメンバーが何もしないで遊んでるんだ。そんなことを考えていると暑い夏休みに朝から学校に行くのが馬鹿馬鹿しくなり、通学路から外れた道に進み書店で時間を潰していた。というのが遅れてきた理由だった。

 都合が出来たとか、そんなの全くの嘘で面倒なだけだった。

「まあ気にするなよ」

「みんな朝から来てたんだぞ」

 何もやっていなかったが。

「どうせ、パソコンかスマホやってたんだろ。作業なんて進んでないだろ、エコ電カーと同じで」

 見透かされていた。

 それも部活と同じと言われて。

「部活はお前らが遊んでるからだろ、時間はあるのに」

「大してここと変わんねーよ。時間はあっても知識と技術が足りないだけだよ」

「嘘付け。やる気ないだろ」

「やる気はあるよ、きっと」

 何を根拠に自信満々に言えるのだろう。

 ドヤ顔で言われても困る。

「さっき、楽しそうに走り回ってたぞ」

 窓のブラインドの隙間から見えた光景を伝える。

「それはあれだな。ストレスが溜まってるんだ、きっと。こんな作業やるより部活やってる方が鬱になりそうだからな」

 一人で手を動かしている鳥沢を指差しながら返す。

 部活で今やっている作業はやった者にしか分からない辛さがある。周りから見れば単調で楽な作業にしか見えない。これに文句を言う彼は軟弱だと見下すかもしれない。だが、ただ単調なだけではない。

 変化がない。

 楽で単調な変化の少ない作業ほど辛いものはない。そのことは部活でも先日行ったインターシップでも思い知らされた。

 確かに、時間もなく初めて間もない今の作業を辛いと言ったらそうだが、部活ほどではないと如月は考えていた。むしろ、こっちは楽しいとも思っている。

「教える顧問があれだぞ。分かるだろ?」

「確かに分かるよ。でも、こっちもあれだからな」

 二人でため息を吐く。それに続いて、鳥沢と喜一からもため息が聞こえた。同じ事を思っていたのだろう。

 何でこの学科には教え方の下手な教師ばかりいるのだろうか。今に始まったことではないが、去年の秋くらいからはクラスメイトが思っていることだった。

 そもそも、今行っている作業だって三週間前に言われたばかりだ。

 WRO。

 World Robot Olympiad の略で自律型ロボットによる国際的なロボットコンテスト。世界中の子どもたちが各々ロボットを製作し、プログラムにより自動制御する技術を競う。市販に販売されている一般的なキッドを使用することで誰でも簡単に参加すること出来るようになっている。

 それの地区予選に出場しろと言われたのが、約三週間前だ。その時はメンバーに、如月と鳥沢と良は選ばれていなかった。だが、初期のメンバーが一週間前に参加できなくなり、急遽三人が選ばれたのが一週間前。終業式の日だった。

 そして、地区大会が今週の土曜日と知らされたのが、先週の木曜日だった。

 時間が足りない。誰もが分かっている事だが、みんな作業しようとはしない。

 追加メンバーの三人が終業式の後にコンピューター室で現状を知ったときは唖然とした。

 二週間はあったはずなのに、何も進んでいなかった。

 プログラムどころか、ロボット本体さえも出来ていなかった。

 如月は、部活の連中方がもっとマシだと本気で思った。手を動かすよりも口を動かすことが多い部活は、何もせずに駄弁っているだけと言われることが多いがやる時はやるし、しっかりとした考えは持っている。部活でこの作業をやったら、プログラムは兎も角、本体は二つや三つは出来る。

 リモコンを使わない自立型ロボットのため、本体の他にプログラムも組まなければならない。

 夏休みに入ってから朝から夕方まで時間があった。最初はみんなやっていたが、だんだんパソコンやスマホばかり見るようになった。別にプログラムを組んでいるわけでもない。それが夏休み三日目のことだ。今では、主に鳥沢と如月だけが作業をやっていて、たまに亮が手伝っている。

 これが今の現状。

 時間がないことはみんな分かっている。しようというやる気や焦りさえ見えない。

 三人居れば作業は出来る。一人でも出来るが、一応チームということになっているから仕方ない。

 正直、一人でやったほうが早い。自分が思うままの機体を作って、それに沿ったプログラムを組む。誰かに伝えるよりも、確実で現実にし易い。他の連中は要らない。そのことは、鳥沢も同じ事を思っている。

 何もしない亮以外の三人には、片づけくらいはやって欲しい。最低でもそのくらいやってもらわないと困る。もっと望むなら、機体の事は考えていなくてもいいから、授業で作ったお手本のロボットを使って少しでもプログラムの模索でもして欲しい。誰もが初めてなのだから、それくらいはやってもしかった。

 やれよという視線を向けるも、画面と睨めっこを続けている。

 あいつらに手伝ってももらかな、と誰にも聞こえないくらいの声で呟き、鳥沢の作業に加わる。亮も連れるように二人の作業を手伝う。

 外から元気な運動部の声が聞こえる。それに混じって工場から楽しそうな笑い声が聞こえた。

 忙しく鳴く蝉はまだまだ止まない。



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