旧友2
「悪い、遅れた」
襖を開けて入って来たパーマをかけて茶髪に染めた紀杜だった。
柄にもなくスーツを着ていた。
「何ていうか似合ってないな」
「違うな」
「うるせーよ。仕事だから仕方ないだろ」
ジャケットをハンゲーに掛け一番手前の席に座る。
「俺だってスーツなんか着たくなよ。謝りになんか二度と行かねー」
「内容も合ってないな」
「紀杜が謝りに行くって、おもしろいな」
「一度見てみたいな。申し訳ございませんって言ってる紀杜」
「想像すると笑う」
想像があまりにも可笑しかったのか、自然とにやけている。アルコールが入っていることもあり、無理やり作っている様子はなかった。
「似合わねー」
横でにやけた顔を向ける海斗の顔を平手でビンタする。
「痛っ。何でヤバいよ」
「懐かしい」
「海斗に笑われるとウザい」
「ウザいはないよ。それより何飲む?」
笑顔で返すが、それ以上の反応は見せずそのままメニューを渡す。ドリンクの表示されたページを一通り見ると、別のページに移った。
「何も飲まない?」
「何でもいいよ。海斗のセンスに任せる」
「ならビール二つとから揚げをください」
最初に案内してくれたこの店の可愛い看板娘が「はい」と笑顔を見せる。
すでに注文した料理もなくなり、タレだけが残った皿や出汁だけを残して具の無くなった鍋がテーブッルの上に無造作に置かれていた。グラスを置くスペースさえ残っていない。
それでも、まだ足りない海斗が紀杜が捲るページを横目で見ながら勝手に追加していく。
看板娘が空になった皿を起用に手に乗せ襖を閉める。
追加で注文したメニューの半数以上を海斗が選んでいた。
「あんなに頼んで食べれる?」
氷が融けてぬるくなった水を飲みながら尋ねる。
メニューの半分くらいを頼んだんではないかと疑ってしまう。
「大丈夫んでしょ。食える時に食わないと」
これから冬眠でもするかのような口調だった。
「お前いつでも大量に食べるよな」
「確かに。この前もひとりで結構な量食べてたな」
「そうそう。会計の半分を海斗が食べた」
先日の事を言っているのだろう。
一週間前まで出張だったために行けなかった。地元から来ていた数人の友達
と一緒に飲んだらしい。
「相変わらず頭ワリーな」
「大して変わらないだろ」
皿に残った枝豆をつまみ口に入れる。
「はあ? 何てや」
顔を殴ると思わせ、フェイントで空いた横腹を殴る。枝豆を手に取ると弾き飛ばして海斗の顔に当てる。残った皮を無理やり海斗の口へと押し込む。
もがきながら何とか手を退かして、皮を取り出す。
「止めよう」
冷静に口の中に入った枝豆の皮を取り出しさらに置く。
グラスに残った最後を一口を飲み干す。
小さくなった氷を舌で転がしながら言う。
「そろそろ止めよう? このノリする高校が最初で最後だよ」
クラスメイトが聞いたら誰もが驚愕して、開いた口が塞がらない。
今もまさにその状態になっている。
そこだけ時が止まったように音が無くなる。
氷がグラス当たる透き通った音が広がり、それを消すように襖の外から聞こえてくる陽気な声が個室を満たして消える。
柊が居たらきっと発狂して叫びながら、眠らない街を一晩中駆け回り真面目な人間になって帰ってきそうだ。
「変わったな。海斗変わったな」
「変わったね」
「いつのまに」
残念そうな表情を浮かべながら口々に言う。
「変わってないじゃん」
「いや変わったね。前ならもっと面白い反応してくれたのに」
「前にあったときは変わってなかったよね? 本当は前からウザいと思ってたのか」
「こんな真面目な事は言わない」
「今度からは海斗に遠慮してあまり誘わないようにするか」
「そうだな。大人になれって言われたしね」
「子供は子供で遊ぼう。大人はこういうの嫌いらしいね」
海斗の表情を伺うようにちらちらと見る。
「そんな事ないじゃん。今度からも遊ぶ時は誘ってよ。行けるときは行くから」
「でもねー、子供とか言われたらね」
「子供とか言ってないじゃん。高校の時のノリがキツイって言ってるだけ」
「それが楽しいんだよ」
「このノリが無くなって海斗が変わったら遊ぼうとは思わない」
「確かに。ただ、同級生になるね」
「何かもうザ・普通って感じ」
「いつから変わったんや?」
「変わってないって。高校の時から何も変わってないよ。ずっと現状維持」
紀杜の問いに必死に否定しようと声が大きくなる。
「本当は高校の時からウザいとか思ってたんだろ?」
「思ってない」
「マジかよ」
天を仰ぐように生気の抜けたような声で宵宮が呟いた。
「マジで思ってない、マジで」
「もういいって、それ。どうせ、今もウザいと思ってるんでしょ」
「今度から誘うの躊躇うな」
「確かに」
「マジで思ってない。誘って。ねぇもっと俺を誘って」
熱血講師が講義の時のようなに手のジェスチャーを交えて否定している。
否定していたのは始めの方だけであとは何を言っているのか分からなかった。アルコールで舌が回らなくなっているのもあるが、こういうところは変わっていない。
「もっと誘って。俺からも誘うから。このあと……」
そこでちょうど、
「ドリンクとから揚げをお持ちしました」
グラスを乗ったお盆とから揚げを両手で持った看板娘が襖を開けて笑顔を見せた。
話の始まりを知らない看板娘は少し困惑していた。
「あ、あの……」
「違う、違う。今のはその」
誰も声を出さずに吹き出しそうになっている。
「ドリンクです」
そう言い残してドリンクだけを置いて襖を閉めた。
「ちょっと待って」
襖を開けよとしたところで足早に奥に引っ込んでいく音が聴こえた。無言でみんなの顔をみる。
ダムが決壊したように誰もが吹き出して笑った。口の中に何も入れていなくて良かった。もしも、入っていたなら悲惨なことになっていた。
「マジで止めろ」
「今のは卑怯だぞ」
ドリンクを配りながらため息を吐く。
「何でこうなるかな」
「タイミング良すぎる」
「やっぱりそっち系なのか?」
「いや違う」
グラスを傾けカクテルを一口だけ飲んで、「ただ、誘って、って言っただけじゃん」と落ち込んでいるのが分かる。
「そんな事で落ち込むなんて海斗じゃないぞ」
「もとからそういうキャラだろ? 気にするな」
フォローしているつもりかもしれないがフォローになっていない。キャラではないはあっているが。
「すみません。から揚げ忘れていました」
控えめな姿勢で襖の間から顔を出した。
みんなの表情を伺っているようだったが、海斗にだけは目線が行かなかった。
「大丈夫です」
皿を受け取り、変わりに空となった皿を渡す。
ありがとうございます、と受け取っているが、他にも何か言いたそうだった。
それを感じ取って。
「さっきの気にしないでください」
「いえ、えっと……」
言いたいことはあるようだが、上手く言葉に出来ずに喉を通っていない様子だった。
「そうですよ。気にしないでください。誘ってとかは違う意味ですから」
何を思ったのか、海斗はさっきの出来事が間違っているよに自分をフォローした。
誤解を招いた本人が何を弁解しても誤解されるだけで、また違う誤解をされたようで襖を閉めて足早に去って行った。
「あー誤解されたな」
紀杜は笑って肩に手を乗せた。