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たまには昔の話をしようか  作者: 世界の子羊
3/11

いつも光景

人の大半は何かに熱く盛り上がり膨張した熱気を残したまま気球のように風に身を任せて流れるままにどこまでも流れる。

 目的を失くした(こういう場合は達成した、もしくは通り過ぎたと言うべきか)生徒たち何をやっても抜け殻のように身が入らない。逆に、途絶えることなく目指す方向を指し示すとそのまま状態で向かってくる。

 だが、その中間になると面倒なことになる。

 微妙な間が空くと、抜けきることも膨張し続けることも出来ない空気は行き場に迷い、

それでも留まる続けることを嫌い夜の街で集う少年たちように不器用になる。

 何も出来ない訳ではなく、何かをしたいと思っているが全て空回りしてしまう。

 本当、中途半端は何に対しても良くないものだ。

 だからといって、完全燃焼させた後にその温もりがなくなるまで何もさせずにいると歩くことは出来てもふらふらで走り方を忘れてしまう。絶えることなく燃やし過ぎると周りを動かすどころか目的を忘れて道を外れる。もしも、目的を忘れず道も外れることも、走り方を忘れずにしっかりと歩めても、休みを知らず急激なアップダウンで、きっと必ずと言ってもいいほどに体が悲鳴を上げていることに気づかず、二度と立ち上がれなくなるだろう。

 そんな事に気付いている指導者がこの国には何人いるだろうか。

 体育祭を過ぎた生徒たちは未だに燃え続けているか、完全燃焼の後が長すぎたのか。どちらかと言うとどちらにも当てはまらない。

 この場に居る生徒たちはその答えに限る。

 二年生約百八十人は体育館に集められた生徒たちはそう感じている。

 この話はあくまで完全燃焼するという前提。完全燃焼しなければ意味を持たなず、燃え上がらせなければ何も始まらない。

 学校組織というものは、社会同様に上級生は自然と高い権力を持ち、下級生は無理にでもいう事を聞かせられる。勝手に上下関係というものは年齢によって決められてしまう。上級生がよっぽどの出来た人間か上下関係に興味がなければ、この限りではない。

 上下関係は基本はピラミッドの形になっている。これは、三学年しかいない学校でも成り立って、もちろんその一番上には三年生が居る。学校行事は三年生にとっては、基本最後の思い出に大きなイベントである(最後にならないこともあるが)。

 先日、行われた体育祭だってそうだ。

 思い出になるために優勝しようと各科団は力を合わせて一生懸命になる。砂煙を舞い上げ走り喉が潰れるほど声を出して応援する。良い思い出にするために。

 ただ、勘違いしてはいけないのは盛り上がっているのは、あくまで三年の生徒であって、下級生は教師や上級生の圧力で仕方なく盛り上げているだけで楽しんでもいないし、良い思い出にもなっていない。

 面白いことに、学年別に分かれない体育祭は上下関係とは反比例をする。盛り上がっている数は上級生が多くなり、下の学年に行けば少なくなる。

 普通の授業よりはマシかなと思っている者も少なくない。

 そして、体育館に集まっている二年生の多くは面倒なことを避けるために表面だけ盛り上がって様に見せて、水面下では三年生の思い出より自分たちがどうやったら楽しくなるかを考えていた。

 燃え上がることもないため、抜け殻のようにもならない。

「来週はインターシップがあります」

 気怠そうにしている生徒たちに向けてステージ前に立つ女性教師――生徒指導部部長の名嘉山がマイク伝えに言った。

 最後の方が力強く、強調しているようだったが、聞き流している生徒たちに気付いてい無いようだ。

 全体を見渡して頷きマイクを口元へとやる。

 何故頷く。

「インターシップがどういうのか分かってるね。今の二年生は落ち着きが足りないとよく耳にします。今も、私が前に立って自然に正座した人が少なかったです。さっきも廊下を走り回って遊んでいたでしょ」

 体育館の屋根に当たる雨粒の音が響き、絶えることなく太鼓を叩いているようだ。雨音は、周りの音をかき消して、悪戯でもしているのかと思えてくる。

 前に立つ生徒指導部部長の菜山の声は、語尾だけ無駄に雨の音の中でも聞こえる。

「二年生にもなって落ち着きがない。あなたたちは何年生ですか。小学生ですか。高校生にもなって」

 マイクの音量が大きいのか、単に声量が大きすぎるのか、音が割れて時折ハウリングする。

 手にしていたマイクとステージの横に設置された二つのスピーカーを見て、勝手に頷きマイクのスイッチを切った。

「最近、地域の人から生徒の態度が良くなったとか真面目に頑張ってると言ってもらえるようになってきました。昨日も生徒が大きな声であいさつしてくれて嬉しかったと言ってもらえました。先生は本当に嬉しいです」

 どこからが本当でどこまでが事実なのか分からない地域の声を思いつく限り並べる名嘉山の言葉など生徒たちの中には真面目に聞いているはずがない。

 響かない不確かな評価が雨音に消される。

 生徒が良くなってることよりも地域からの評価が良くなってることが嬉しいのである。学校生活を送っている生徒の評価は、生徒たちと接して決めるのではなく地域からの評価を生徒たちの評価になっている。

 周りからの目だけを気にしている教師が生徒指導部部長なのだ。

「みんなの行動が学校の評判を上げることも下げることも出来ます。でも、今のままでは不安だらけで……」

 よくもそんな言葉が次から次へ浮かんでくるもんだ。

 インターシップに対する姿勢からどんな行動がしなければいけないかとさまざまな言葉が生徒たちに向けられるが、その中にアドバイスはない。全てが学校の評価を落とさないための注意事項と言うべきか、それとも警告と取るべきなのかは受け取る本人たちで違うが励まされているとは誰一人として考えないだろう。

 それよりも先にほとんどの話を右から左に聞き流している。それか寝ている。

 膝を抱えるように体育座りをして下着が見えないようにスカートで隠してはいるようだが見えそうになっていることに気付かず寝ている女子生徒やあからさまに胡座をかいた膝に肘を付く頬杖で寝ている男子生徒までいる。何度も両サイドでは何度も起こされているがまたすぐに寝ることを繰り返す様子も伺えた。

 顔を上げていても瞼が閉じかけていたり、睡魔と必死に格闘している生徒が半数を超えている。

 睡魔さえ来ていない生徒は、慣れているのか他の事を考えているかのどちらか。きっと後者の方だろう。

 起きている生徒から早く終われと言う雰囲気が湿度のように漂っている。

 一か月前からこんな話をされて、序盤から聞き飽きている。

 雨音に混じって外から声と濡れた道を通る時の足音が微かに聞こえる。

 カラオケ行こうと堂々と言ってる女子生徒の声に、数人の男女が答える。それ以外にも、「一緒に乗せて行って」「テスト勉強しよう」「泊まり行っていい?」とさまざまな声が聞こえてくる。

 太陽は出ていないが今は正午を少し回ったところだ。

 そして、金曜日。

 それらにタイミングよく重なってテスト期間の初日(二年生はインターシップの関係でテスト最終日)。半日でテストは終わり、昼からテスト勉強しろという学校の意向で下校するわけだ。

 テスト期間中は原則としてカラオケやゲームセンターなどは出入り禁止されているが、土日は例外のはずだが生徒指導部がどう解釈しているのかテスト期間は土日関係なく禁止しゲームセンターに関しては期間外でも見回りをする。

 お前らは暇人か、と言われて仕方ないほど期間中は入り口前で見かけるとたまに耳にする。

 そんな中で、よくも堂々と言えるなとある意味関心してしまう。

 ちなみに友達との外泊は禁止されている。

 早く帰りたい。周りの空気に鈍感な人でも感じ取れるくらいそんな雰囲気で満たされていく。

 生徒一人ひとりにくっつく様に纏わり付いていた感情も体から離れて、浮遊飛行を楽しむかように流されるままに舞っている。

 生徒の顔を見れば、誰も聞いていないことなど分かるはずなのに、盛りに盛った話を続ける。単に気づいていないだけなのか、気づいていてわざとやってるか。後者だったら質が悪いだけで効率も時間も無駄だ。

 多分、生徒の顔など見てもいないんだろう。

 何のために集まったかもそろそろ忘れてしまう。

 目的から外れた話を聞くより雨の音を聴いている方が人生に役立ちそうだ。

 湿度が高いせいか陰鬱さはさらに増した。


 

 無駄に長った話が終わり教室に戻るころには、雨も上がり雲の隙間から太陽が顔を出していた。エンジェルカートが田舎の風景には妙に絵になり、どこかの有名画家が描いたに似ていた。

 十三時を過ぎているこの時間は学校中が静まっていた。

「あいつの話、なげーよ」

「ホント無駄」

「早く帰りたいのに」

 教室に入って来た生徒たちは口々に愚痴を吐き捨てる。

 ずっと座っていたためか腰の痛みを和らげるために上半身を左右に捻ったり背中を擦っている。寝ていた生徒はまだ覚醒していないのか重たい瞼を何とか押し上げ欠伸をしながら自分の席に座る。

 何度も経験して慣れてはいるが、愚痴は決まって言う。彼女が前に立った時は必ず話を長くなり時間を押してと分かっている。それ自体には聞き流すことで慣れてきているが、その後の教室では愚痴を言ってしまう。言わないことはない。

「愚痴を吐かないとやっていけない」

 そんな言葉をドラマや現実でも大人がよく口にする言葉。それは大人だけではなくて高校生も同じなのだ。もうこの年齢のときには変な習慣が身に付いている。

 子供は大人の背中を見て育つ。

 教師や親が愚痴を吐いているのを見て、聞いて、体験しているからやり場のない気持ちの失くし方を自然と学んだ。

 吐き捨てた愚痴も毎回同じ内容で、決まった人物が言う。

 一通り愚痴を吐き捨てると、合図にしたわけでも何かのきっかけがあったわけでもなく自然と別の話へと移る。

 午後からの行動と土日の予定。

 彼らの頭の中には来週がインターシップという事は隅の方にでも追いやって、三日後の予定より目先の休みの方が遥かに大切だと思ってる。

 いつもより早く帰ることの出来ることもあり、当然のように泊りという選択肢が出てくる。

 外泊は基本的に禁止になっているが、世のの学生にその程度の規則を守る意志などない。ポイ捨てをするなと言われても平気で捨てるのと同じ気持ちで、悪気も罪悪感も存在していない。

 仲のいい友達同士なら泊まることぐらい親だって、気持ちよく迎え入れる。

「じゃ何する?」

 場の流れで外泊は決まったが、問題は何をするかだ。

 カラオケでも行くか、それともゲームセンターではしゃぐか。

 どちらもリスクを伴う。

 今がテスト期間中で暇な生徒指導部が見回りをしていることぐらい彼らも知っている。別のところに行くにも、こんな田舎には近くにゲームセンターもカラオケも選ぶほどの数はない。町の方に行けば確かに数は増えてくるだろうが、一人ひとりの距離が遠くなる。電車がないためバスで行くであろう。そのバスも1時間に一本だったり遠回りな乗り換えをしなければならない。移動だけで時間が潰れてしまう。

「じゃ適当に野球でもやる?」

「だったらサッカーでも良くない?」

「人集まるや?」

「どうにかなるでしょ」

 まあ無難にスポーツでもするという選択肢が提案されるわけで、面倒と言うものはその輪にはいなかった。

 遊べる店は周りに少ないが、スポーツを出来る土地は無駄にある。ある程度の広さがあればスポーツは出来るし、場所に困ったら小中学校に行けばいい。田舎だけあって勝手に使っていてもあまり注意されることもなく、卒業生と言えば「整備はしていってね」と言われるだけだ。

「どこでする」

「あのグラウンドいいんじゃね」

「誰も居なけば使えるな」

 野球とサッカーをどちらもするという方向で決まりそうになったとき、村崎徹はそれを撃沈する。

「水たまりあるでしょ」

 その言葉に口を開けて気付いたようだ。

 さっきまで、雨が体育館に打ち付けている音を聴いていなのだ。分からないはずがない。

 気持ちだけが先走ってしまって現状を確認することを忘れていた。

 膨らんだ風船から空気が漏れていくように高まっていた気持ちも萎んでしまった。

「面倒臭いな、それ」

「うぜぇー」

「だったら何する?」

 また、振り出しに戻ってしまった。

 選択肢が一つずつ消えていくと、夜まで適当にどこかで時間を潰すか素直に家に帰って土日ゆっくりと過ごすかになる。

 どちらにしても暇を持て余している事には変わりない。

 それとも、リスクを負ってゲームセンターなどに行く。それも選択肢の一つに過ぎない。

 リスクを負うか負わないかの選択でしかない。

 何やる、と考えていないとすぐに分かるような口調で誰ともなく何度も尋ねる。返ってくる言葉は無言がほとんどだった。考えろよ、と言っても考える気が無さそうにケータイを取り出しいじり始める。

 さぁ何をするか。

 素直に部屋の中でゲームでもやってみるという一般的でありふれた暇潰しになろうとしていた時、柊は常識外れなことを言った。

「川行く?」

 田舎ならこれもありふれていて何の変哲もなく時期的も差ほど早くもなく体育の授業で水泳も始まっている。晴れていれば気持ちいいしれない。

「はぁ」

 呆れた顔を浮かべたものが大半だった。

「いやいや、寒いでしょ」

「可笑しいぞ」

 一般的な意見を誰かが言った。

 意見というより常識だ。

 田舎では川に行くことは可笑しいことではない。でも、流れからして可笑しいのだ。再度確認しておくが先程まで雨が降っていたのだ。今は、雲も流れスカイブルーの青空も広がり太陽の光が濡れた地面を照らしガラスを散りまいたように輝いているけれども、雨が降っていた事には変わりない。

 それでグラウンドが使えないと話していたというのに。

「行くしかないでしょ」

 何を考えているか分からない紀杜は悪乗りで言った。

「いつ行くんや? 友達と思い出を作ることは大事だろ。今しか出来ないんぞ」

「そうぞ。どうせ暇だろ。ゴム栓ぞ! 行きたくないんや」

 無駄に熱くなっている。話を途中から聞いた人はきっと良いことを熱弁しているように聞こえて好感を持てる。それほど、言っている事はいい。どこかの青春ドラマや映画にでもありそうだ。

 何故だか分からないが、バカな事をする時に堂々と熱弁されると良いことを言っているように聞こえる。本当に不思議だ。

「増水してるぞ」

「さすがに今日は危ないぞ」

 雨が降った後なのだから、川の水が増していることくらい高校生なら必ず分かる。柊も紀杜もそれが分からないほど頭は悪くないし馬鹿でもない。

 それを分かっていて二人は言っているのだ。

「そこがまた面白いんだろ。増水した状態でゴム栓滑ったら楽しいぞ」

 確かにスピードは増してスリルが味わえて楽しいかもしれないが、それ以前に滑ることが出来るのか疑問である。

 会話の途中で出てくるゴム栓という言葉に聞き覚えがないかもしれないが、これはゴム堰と呼ばれるものでラバーバムと言われることもある。正式名称はゴム引布製起伏堰。ゴム製の堰止めで川や用水路に使われ、レクレーションに使用されることもある。分からなかったらググってほしい。

 それをゴムで栓している考えたのか、いつの間にかそう呼ぶようになった。ちなみにほとんどが一般的な呼び方を知らない。

 その上を走ったり飛び跳ねたりすると弾力があって意外に楽しく、意外に十代以下に人気があることはあまり知られていない。

「雄一行こう。スリルがあるぞ」

 正面の机の上に座っていた雄一に投げかけた。

 苦笑いしながら、

「いや、でも今日は前より危ないからな」

「だからさ」

「でもなー」

「前よりは楽しめる」

 前よりはというのは、以前にもゴム栓に行ったことがある。もちろん去年とかではなく二年生になってから。

 つい一か月間の事だった。その時は、六月初めの初夏だったが、異常気象で一週間ほど暑さが続きTシャツで過ごしていて少し歩くだけで汗を掻いていた。それに耐えかねた柊がみんなを誘うとひとつ返事で決まった。翌日の放課後すぐに行ったが、夕方だったためか気温も下がり始めていたことと暑くても初夏の川は予想以上に冷たいことが重なり、入って五分も経たずに帰宅した。

 その時の事があり、まだ寒いと思っているのだろう。

「寒いし水かさが」

 どんなにスリルが味わえるといえ、安全防具もなしに増水した川に行くのは悪乗り出来ても気が引ける。

 田舎で育ったからこそ、その危険さは分かっている。

 一度空気を吐き捨てて柊は横目で日向を確認した。

「海斗は行く」

 自分の席で座ってケータイをいじっている海斗に視線が集まった。

 彼らがどんな会話をしているか聞いているはずもなく、自分に向けられた悪意の視線に気づいていない。

 暢気な海斗に悪意を纏った柊と紀杜が向かっていく。その後ろを双子の実の兄の絵士もついて行く。

 机に肘立てて目線と同じ高さで操作しているガラケーの上部を百人一首の札を払うような動作で打った。大した強度も持たないガラゲーは、結合部を中心に円を描くように閉じ海斗の指を挟んだ。

「なにー」

 目を大きく開き口をムンクの叫びそっくりの形で言った。

 人を馬鹿にしてるように見える。というより、そうとしか捉えることが出来ない表情に悪意はない。悪意や人を見下していると感情は彼にはない。素直な反応をしたらたまたまその表情が出ただけ。

 驚いた時に出る定番の顔だった。

 そうと知っていても彼らは言う。

「お前馬鹿にしてんのか、その顔」

 柊が胸倉を掴む。

 海斗に柊や紀杜を馬鹿にしている訳ではないことは、このクラスメイトなら誰でも知っている。人を馬鹿にするような性格ではないことも接していれば分かる。

 まあ、悪乗りというやつだろう。

「なんだその顔」

 その横から左頬に紀杜がビンタを入れる。

 パチン、と良い音が響く。

 それを止める生徒はいない。寧ろ笑っている。また始まった、とでも思って見て楽しんでいるのだろう。

 何度も繰り返されて来たから慣れている。もっというなら、クラスに馴染んだ時から一般的な感覚や常識は薄れ麻痺している。

「ちょっと待って~。何もしてないんじゃん」

 自分が何故こんなことされているか分かっておらず、胸倉を掴んだ柊の手首を片手で握り、もう片方で左頬を抑える。

「シカトしていて」

 握る手に力を入れ柊は言う。

「よく言うわ」

 腹部に軽く殴りながら紀杜顔を見ずに言った。

 何やってんだよ、と周りから笑い声が聞こえてくる。

 本当に高校生が何やってんだろう。

「それがシカトした奴の態度や」

「そうだ。良い身分だな」

「だから何の話? ケータイしていただけじゃん」

「今から何する話してただろ」

「話聞いとけっていつも言われるだろ」

「いきなり言われも……ずっとすわってたじゃん」

 まだ、状況が把握し切れていないようだ。

 さっきまで居ただろ。笑いながら弥市遊田は教壇を指差しながら言う。

 こういう事は日常茶飯事で海斗も慣れている。彼は単純な被害者で、巻き込まれただけに過ぎない。

「嘘を吐くな」

「お前っ」

「ちょっと待って」

 コントにも見えないこともない彼らの行動を初めて見る外部の人間の目にはどのように移るだろう。無邪気にじゃれ合う少年に見えるのだろうか、元気で活発な生徒たちに見えるのだろうか。それとも、高校生らしくない行動に口を開けてモノを言えないのだろうか。

 元気が一番だ、と学校を訪問するようなお堅い人種の人間はその場面を見て思うことはない。

 一部の変わり者ならきっと彼らの行動を理解してくれるかもしれない。

 そんな先生がいるはずがない、少なくとこの学校には。

 それぞれが仲の良い友達でいろんな話をしていた他の生徒も、笑って三人の茶番劇を見ている。

 傍から見たらいじめに見えるが、周りの生徒だけではなくて三人も笑っている。

 何だろう。今見ている光景が嫌がらせや悪意ある暴力には見えない。慣れたというのもあるかしれないが、いじめが分からないほど慣れて麻痺しているわけではない。

 海斗の反応が面白いし紀杜の絶妙な言葉が面白い。

 三人が笑っているからいじめには見えないと思う。巻き込まれた海斗でさえどこか楽しんでいる。

 世間が抱く理想の高校生らしい行動からはかなり離れているが、不快な思いにはならない。寧ろ、自然と笑みが零れて楽しませてくれる。

「何もないだろ」

 顔面を近くに寄せる。

「あるって言ってるじゃん」

 顔を遠ざけようと両手で胸の辺りを押すが力が違いすぎて離れない。

「用事と俺とどっちが大事や?」

 そっちの気があるかの? 誤解を招く言い方だ。

「そういうことではないよ」

「どういう事?」

「部活じゃん。もうすぐ総体だから練習があるから行けないって言ってる」

「はあ?」

 その会話に疲れたのか、紀杜はみんなの所に戻り教壇の段差に腰を下ろして少しだけ乱れた呼吸を気にすることなく携帯を取り出してソーシャルゲームをしている。

 周りで囃し立てていた生徒も少しずつ別の事をやり始める。

 帰るためにスクールバッグを次の日の教科書を詰めたり二、三でまた話を始めたりと。最初から話の流れを知っていた弥市や紀杜たちも時々見る程度になり、人気のソーシャルゲームの攻略方法などを離している。

 クラスのほとんどが見なくなってもその二人は続いている。芸人でも笑われなくなったら止めるのに。ふざけてやってるわけではないため、誰かが止めないと終わらない。

 二人のやり取りも脱線して別の事を言い合っている。

「弥市、そのカードをトレードに出して」

「何くれる?」

「こいつやるよ」

「ヤバいよ。弱いから嫌だ」

「欲しいって言ってただろ? 貰えよ」

「日向は黙って。弱い奴とか要らんわ。紀杜が得するだろ」

「意地張んなって。ホントは欲しいだろ」

「素直になれよ」

「どういう事? どこを見たらそう見えるん」

「欲しいんだろ。照れんなって」

「意地張っても可愛くないぞ」

「あぁ~ヤバいぞ、お前ら」

「どこのツンデレや」

「鳥澤、今のはヤバいぞ」

「ホントは嬉しんだろ? まったく」

「志田うぜー」

 こちらも、人気のソーシャルゲームから弥市いじりへと発展していた。周りに居るみんなが揃ってツンデレ扱いにしている。対応次第ですぐにツンデレと言われるために、無闇に否定できない。

 キャラクターが欲しかったただけの紀杜のちょっとしたボケがまったく別の方向へと進んでいく。

 さっきもそうだったが、ひとりをいじると話が進まないどころか、脱線して別の線路へと乗り上げてしまう。

 止まりかけ元の線路へと戻ろうとしていた会話の中に、的外れで場違いで話の流れを掴めていない無防備な日向の発言で、戻りかけていたものが弥市から日向へと移った。さっきまで、腹いせのように弥市が止まることなく罵声を浴びせる。

 それに笑って便乗して志田がいじり始める。

 担任のモノマネをアレンジして馬鹿にする。

 頭を掻き、あ~やばいと口に出して繰り返し弥市の肩を日向が打つ。

 それをもろともせずに、日向の発言を何度も口にして「どういう事? ねぇ、どういう事?」と質問攻めにする。間違いを否定するまもなく飛び出す言葉に反論できずに、ただただ髪をグシャグシャするしか日向にはなかった。

 笑いすぎて腹筋が壊れそうになった頃にようやく弥市の質問攻めは終わった。内臓が全て捩れた様に腹を抱えて笑っている宵宮も、笑いすぎて出た涙を手で拭き取って起き上がる。

 ストレスを発散できたようで弥市はケータイを取り出して、ソーシャルゲームの続きを始める。

「それで弥市そのカード頂戴。これやるから」

 話が脱線していて忘れられていた紀杜が今度はふざけずにまともなカードを表示された画面を見せる。

「まあ、そのくらいならいいよ。別にこいつ使わないし」

「はぁ、だったらタダでやれよ」

 このソーシャルソーシャルゲームには、お互いのカードを交換するトレード機能以外にもプレゼントを使えば相手に無償でカードを贈ることが出来るのだが、よっぽどの事が無い限りほとんどのプレーヤーは使わない。ちなみに、使うときは運営側が行うイベントで特典が付くときくらいで、アイテムさえもトレードで交換される。

 紀杜はプレゼントの事を言っているのだろう。

「それは違う。使わないと言っても、こいつは結構強いからな。合成したらポイント高いからな」

「どうせ使わないんだろ」

「使えないからね。それでも、タダではやらん」

「はっ! ヤバッ」

 丁寧にポケットに仕舞ってから弥市の肩甲骨を打つ。

 ゴン。

 重い音がなる。

「痛っ! 強いだろ」

 ツッコミ程度のパンチかと思ったが、予想以上に力を入れた拳の当たったところを抑えている。

 対抗するように、弥市も手を振りかざす。下ろす前に紀杜に掴まれ代わりにお腹に一発喰らった。軽く打ったために痛がることなく余ったもう片方で紀杜の背中に仕返しをする。

 そんなじゃれ合いが少しの間続いた。

 何故か、隙とでも思った日向が弥市の髪をぐしゃぐしゃとかき乱し、逃げるように机に戻ろうとして捕まり、握った拳で頭に拳骨お返しされた。

 本当に高校生なのだろうか。疑問を持ってしまう行動だ。

 頭の悪いと言ったらそうだし、高校生らしくない言動であるのも確かだが、日常的な平和とはこういう事を言うのだろう。

「絵士は何やってんの?」

 気づいたの様に弥市の肩に肘をついて体重を半分ほど乗せた状態で志田が誰に言うわけでもなく言った。

「さあ?」

「意味が分からない行動だな」

「まだ、何かやってんの?」

「あいつ馬鹿だよな」

「幼稚っていうよりいまいち理解で行動だな」

 誰も絵士の取っている行動が理解できていない。

 海斗の机に乗っているシャーペンやボールペンなどの手に取りじゃれ合っている柊と海斗に向かって投げている。腰を少しだけ落とし足を広げて胸の前で手裏剣でも放つかのように手首のスナップだけ投げる。

 弓のような曲線を描き海斗の顔に当たる。中には柊に当たるペンがありその度に「ごめん」と誤っている。

 大したダメージにもならないのに投げ続け、海斗の机からペンが無くなると弥市の机に行き数少ないペンやノートを投げる。宙を舞うノートは海斗に当たる前にパージが開き速度を失ったノートが落ちる。落ちると分かっていても机の中からノートや教科書を取り出す。

 絵士ヤバいぞ、お前後で拾えよ。可笑しな投げ方をする絵士に弥市は言う。

 柊と紀杜が無視をした海斗に文句を言うために行ったときに後ろから一緒に行っていたのだが、今の今まで誰にも気にされることなく、その行動を弄られるわけでもなかった。

 みんなが止めても彼だけは止めずに投げ続けた。

「海斗、あれどういう事?」

「いや、分からん」

「どう思う? 弟して」

「気持ち悪い」

「はははっ、頭悪いよな」

「何がしたいんかな」

 じゃれ合っていた二人も絵士の行動に理解できずに小さな声で何をやっているのか話している。

 さすがに弟に馬鹿にされると、「やばいぞ」と言って何故かペンと現代文の教科書を後ろに居る弥市たちに目掛けて投げる。

 後ろを見らずに体を半回転させながら投げたために、弥市たちとは違う方向へ飛んだ。曲線を描くことなく真っ直ぐと向かう先には、可燃物、不燃物、ビン・ペットボトルと張り紙のされた三つのゴミ箱があった。

 現代文の教科書は迷いなく不燃物のゴミ箱へと縁当たらずに綺麗に入った。一緒に投げたペンはゴミ箱の横のドアに当たりゴミ箱と壁の間の隙間に落ちた。

「お前ヤバいぞ」

「上手い」

「綺麗に入ったな」

 弥市が声を上げて言って、志田と宵宮が笑って褒めた。

 でも、絵士は両手を頭に乗せて声を出さずに口をパクパクさせる。その口は「ヤバいぞ。やばいぞ」と動いているような気がした。

 ドアが横へとスライドして開く。

 それぞれの場所に居たクラスメイト達は自分の席に戻っている。

 戻る途中で絵士に向かって笑みを見せる。絵士も恐るおそる自分の席に座る。

 開いたドアからガタイの良い? 男性教師が教室の中を見渡す。一通り見るとゆっくりと歩いて教卓まで移動すると椅子に静かに座った。両手を顎の下で組んで肘をつき、じっと一点だけを見る。

 何も言われることなく絵士は口をパクパクさせて教卓に向かう。

 誰かが机に伏せて笑いを堪えているのが分かった。



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