ふざけているのか?
ウッズ・コルトナーは勝利を確信していた。
西陣は既に殲滅したも同然、ウッズの炎魔法によって一瞬にして数百の兵を失い、立て続けに騎士団の副長を討たれたことにより、エニアモール兵の士気はみるみる下がっていった。
騎士の一人が指揮を取り直したものの、現状は最後の悪あがきと言える抵抗によって辛うじて保っているに過ぎなかった。
中央は劣勢と報告を受けていたが、西陣を占めた後に中央を挟撃すれば勝利は目に見えていた。
ウッズは血に塗れた大剣を天に向ける。その大剣を軽く扱える人間を、イーブンパーの兵は知らない。
彼らにとってウッズは強さの象徴だった。
「押し込め!もはや奴らに力は残っていない!」
平成たちから歓声があがる。士気は充分に高まっていた。
エニアモール側は防衛の道しか残されていない。それが崩れるのは時間の問題だった。
そのはずだった。
「むっ・・・!」
ウッズは異変に気付いた。
後方がやけに騒がしいのだ。
勝利への雄叫びや、激励などではない。
後方からは味方たちの戸惑いと恐怖、そして言い知れぬ不気味な雰囲気が立ち込めていた。
「一体、何が・・・」
すぐにでも確かめに行きたかったが、ウッズは自分がこの場を離れられないことを理解していた。
味方の士気の上げるだけでなく、先ほどの殺戮によってエニアモール側に恐怖を植え付けたウッズの存在はエニアモールの士気を下げるからだ。
ウッズはジレンマの末に、この場に留まった。
報告が来たのは、それから五分ほど過ぎたころだ。
そのときには、全てが遅かった。
「敵陣中央に乗り込むだと?」
セフィリアは乱暴に吐き捨てた。
冗談と思ったのかもしれない。
俺とセフィリアは、小高い丘の上で敵に見つからないよううつ伏せになっていた。その状態で、作戦を練っているのだ。
「ああ。そこで俺が敵を撹乱する」
「ふざけているのか?」
怒りがひしひしと伝わってくる。
「いや、全く」
セフィリアのために大雑把に説明する。
「まず、俺がど真ん中で雑兵を殺しまくる。俺が最強だと知れば、ウッズは嫌でも前線から下がって俺と戦わなければならない。そして俺がウッズを殺す。完璧だ」
彼女が固く拳を握るのを見た俺は、慌ててそれを制止した。
「待て。何が不満なんだ」
「全てだ」
セフィリアはなかなかはっきり言う女だ。嘘つきの女よりよっぽど良い。
「よく考えろ。真っ向から戦ってもいいが、炎魔法とやらではアンタのお味方が消耗する。ウッズも自陣の真っ只中ではその炎魔法とやらは安易に使えないだろう?あいつの戦闘はかなり絞られるはずだ。アンタは味方に加わって、防衛と時間稼ぎをしてくれればいい」
この説明はかなり強引なので納得してくれるか不安だったが、セフィリアの返答は予想以上に早く、そして良いものだった。
「・・・いいだろう。どのみち他に手はない」
「頭の良い女は好きだぜ、セフィリア」
セフィリアはふんと鼻を鳴らしただけで、大した反応は示さない。言われ慣れているのだろう。なかなかの骨を折りそうだ。
「このようなふざけた策に乗るとは、私もよっぽど追い詰められているのだな」
セフィリアが自嘲気味に言う。彼女は自身の無力さを痛感しているようだった。
彼女の忠誠心や愛国心のようなものを俺は持ち合わせていない。だから、それらを貫く彼女のような人間の心は何よりも尊い、と俺は思っている。
俺は彼女を慰めるように言った。
「安心しろよ。俺に不可能はない」
セフィリアは呆れたように目を細める。
「行動で示してくれると助かるよ、カズマ。私は貴様を信じることしかできない」
「なら急ごう。俺も体が疼いているんだ」
立ち上がり砂を払う。
鼓動が高鳴るのを感じながら、肩をゆっくりとならす。
「さて、さくっと終わらせようか」