流儀じゃないってだけさ
真っ先に殺すべきなのは槍を持った二人だ。無手である以上、いくら相手が雑魚とは言え長物というのは早々に潰しておきたい。
全身を弛緩させ、一歩、しっかりと踏みしめる。
見えない速さでも、知覚できない速さでもない。
一般人としては世界一速い、それくらいの速さだ。
槍持ちとの距離は徐々に縮まり、敵は俺の胴に狙いを定め、槍を突き出す。
「なッ!?」
俺は軽く跳んでそれを避ける。
空中で槍持ちの驚く声が聞こえた。
唖然とする槍持ちの顔面を、俺は足を横に薙ぐように蹴る。鈍い音が響く。
骨が折れただけで死には至ってないようだが、まぁいい。
俺は空中で手放しになった槍を掴み受け身をとって着地すると、槍を思い切り振り回し、槍持ちの両脇にいた二人を裂いた。
そして二人と同時に、先ほど蹴った槍持ちが崩れるように倒れる。
これで三人退場だ。が、まだまだ安心できない。
俺はすぐに槍を掴み直すと、馬と騎士を挟んだ向かい側で騎士に切りかかろうとしている大柄な兵に投擲する。
槍が騎士のすぐ横を通過したとき、騎士が驚いたのが分かった。
槍は兵の首に突き刺さった。倒れようにも貫通した槍が地面に突っかえるのでそれすらできない、哀れな光景だ。
あの兵は何故自分が死んだかも分からなかったかもしれない。その上に死体でも情けない状態でいることに、少し同情する。
だから俺はすぐにその兵に駆け寄り槍を抜いた。血が噴水のように放出され、血の雨を降らせる。かなり劇的な図になったので、こいつも満足してくれるだろう。
気を取り直して再度手にした槍を投擲し、もう一人の槍持ちを殺す。首を狙ったが今度は腹を貫いた。
全身が血の雨によってベタベタなのが気にかかるが、戦闘に支障はないだろう。
そのとき、残った敵兵四人が武器を捨て背を見せながら走り始めた。
俺の圧倒的な強さを前にしたらそれも当然だろう。
だがそれで逃がすはずもない。
血の雨を降らした大柄な兵の持ち物に弓矢があった。恐らく馬に刺さった矢はこいつによるものだろう。まずはそいつが持っていた剣を取り投擲する。うまく当たったようで、一人の首が撥ねた。
そして残りを弓矢で片付けようとした、そのとき、
「もういい。十分だ!」
騎士の声が聞こえたので投げるのをやめた。
まだ軽い準備運動にもなっていないが、それ以上は躊躇われた。騎士殿の眼光が鋭い。
しかし辺りを見回しても騎士の姿がない。一体どこに消えた?
「貴様、やはり何者だ?」
声は下から聞こえた。なるほど、恐怖で思わずしゃがんでしまったのか。視界に入らなかった。
「言ったろう?殺し屋さ。金さえくれれば誰だって殺すぞ?」
騎士は不快げに顔を歪めた。それは俺に対する嫌悪というより、殺し屋という職業に対する嫌悪だった。
そして殺し屋の俺に対して、悩んでいるようでもあった。
騎士は逡巡の後、意を決したように口を開いた。
「ならば私が貴様を買おう。問題はあるか?」
「いいや。もとよりそのつもりだ。俺の名前は・・・カズマだ、よろしく」
「エニアモール騎士団副長のセフィリア・アローズだ。短い間だがよろしく頼む」
偽名はいくらでもあったが、悩んだ末に本名を名乗った。異世界だから本名でも危険はない。今度こそ本当の名が最強の証となると思うと、胸が高鳴った。
俺がこの騎士、セフィリアの味方をしたのにも理由がある。
セフィリアたちが明らかに敗色濃厚だったからだ。
俺がこの世界で最強の称号を冠するには武勲を立てるしかない。それには負け戦を勝ち戦にするのが何より手っ取り早い。
そして何より、
「おい、カズマと言ったな。何故私の味方をしたんだ?残念だが、こちらは素性も知らぬ貴様を雇うほど切羽詰まっている状況たわ」
「それは重々承知さ。俺が戦況をひっくり返してやるから安心しろよ」
「そうではない」
セフィリアが怪訝な表情を浮かべる。
「何故私の味方をしたんだ。わざわざ不利な方に加担する魂胆は?」
それを聞かれると思った。でも、その答えは恐ろしく簡単だ。
「なに、美女と敵対するのは俺の流儀じゃないってだけだよ、セフィリア」