迷子だよ
英暦923年。カザミ平原。夕刻。
「決して退くな!死守するんだ!」
騎士セフィリアは戦場の真っ只中にいた。
先日、自身が忠誠を違うエニアモール王国に、同盟を組んでいた隣国のイーブンパー王国が反旗を翻したのだ。
長年手を取って歩んできた友好国なだけに、情報の信憑性を確かめることを優先したため、気づけば彼女の国は次々に領地を失っていった。
もはや負け戦と言われもするこの平原での戦いによって、戦争の流れが大きく左右する。勝利すれば士気も上がり、可能性が残ることをセフィリアは確信していた。
「奴らに王都の地を踏ませるな!裏切り者に死を!」
愛馬のシュッテに乗りながら、向かって来る敵兵を槍で貫く。敵兵は断末魔を上げて絶命した。慈悲など微塵もなかった。
「セフィリア様!ご報告です!」
傍らに、戦場にしてはかなり軽装の男が現れた。動き易さを重視した装備だ。
「伝令か!どうした!?」
「西陣にて、リース副長が戦死されました!」
「な・・・」
「ウッズ将軍自ら前線に出てきたようです!」
イーブンパー王国のウッズ将軍といえば剣の達人でもあり、魔導師クラスの炎魔法を操ると言われている猛者だ。
ウッズの参戦とリースの死は、セフィリアにとっても大きな衝撃だった。しかし、リースかわ西陣を全面的に指揮していたことを、彼女は瞬時に思い出した。
「西陣は今どうなっている!?」
「一時指揮系統が混乱し、圧倒的に不利な状況です!アルメイダ様がなんとか指揮をとっていますが、以前不利な状況は変わッ・・・」
言い終える前に、伝令兵を矢が貫いた。
「くッ・・・!!」
セフィリアは矢の飛んできた方を振り向くと、続けざまに降って来る矢の群に掌を向けた。
「神雷!!」
その瞬間、掌から膨大な電撃が放出され、直撃した矢の群は焼き焦げ飛び散った。
それを確認したセフィリアは、この場が依然として優勢であることを確認すると、愛馬を西へと向かせた。
「私は西陣の援護に向かう!誰か団長にこのことを伝えてくれ!」
方々から兵たちの声が響く。
「セフィリア様、ここは任せてください!」
「お気をつけて!」
「皆、ここは任せたぞ!」
セフィリアは愛馬を走らせた。
シュッテの躯も傷が多く、限界が近いように見えた。普段と比べて速度も出ていない。
「すまないシュッテ。もう少しだけ耐えてくれ」
槍で敵兵を突き刺し、体を裂き、首を断ちながら、西陣へ向かう。セフィリア自身の体も目に見えて疲弊していた。
そして、西陣まであと少しというそのとき、シュッテの体が大きく跳ね上がった。
セフィリアは咄嗟に受け身をとり着地し、愛馬に駆け寄った。
「シュッテ・・・!!」
愛馬の体には、矢が深々と突き刺さっていた。痛々しげに躯が暴れる。
愛馬の最期を、彼女は瞬時に悟った。
戦場で怪我をした馬は使い捨てるしかない。回復魔法を使える者は前線にはいないし、馬を治す余裕はないのだ。
セフィリアは剣を抜き、愛馬の首筋にそっと添えた。
シュッテは初陣のときから共に戦ってきた仲間だった。せめて自分の手で、セフィリアは仲間を送りたかった。
愛馬は全て悟っているのか、ただ単に力が尽きたのか、静かに横たえている。
片手では剣がふるふると震えたので、両手で再度握り、剣に力を込めた。
「ありがとう・・・」
━━━━━━━━━そのとき。
「どいてくれえ!!」
声が降ってきたのは、空からだった。
セフィリアは瞬時に危険を察知し、天を仰ぐより先にその場を転がるようにして離れた。
「なッ!?」
男の驚きの声が聞こえるや否や、辺りに鈍い音が響いた。
シュッテは驚きの声を上げ、躯をじたばたと暴れさせる。周囲には砂塵が舞い、詳しくは認識できない。
間一髪だった、とセフィリアは冷や汗をかいた。あと少し遅ければ直撃していたのは間違いない。自分を殺しにきた敵兵かと思ったが、最期の言葉を聞くにそれはなさそうだった。
死んでしまっては何も聞けないが兵装だけでも確かめておこうと、セフィリアは砂塵舞う中、ゆっくりと警戒しながら近づいていく。爆弾を抱えて飛んできた敵兵の可能性も素敵れないのだ。
しかし、セフィリアはあと一メートルというところで立ち止まった。
その目は大きく見開かれ、右手は恐る恐る剣の鞘を握る。
「馬鹿な。生きているのか・・・?」
未だ砂煙によって目で認識することはできないが、その中には確実に人間の気配と、圧倒的な存在感があった。
一瞬にしてぴりぴりとした緊張感に包まれるのが分かった。
「な、何者だ!?」
風が舞い、砂塵は流れるように運ばれて行った。
そして残ったのは、明らかに不気味な兵装の男。
男は辺りをゆっくりと見回してから、目の前にいるセフィリアを睨みつけ、すぐに視線を外し、
そして苛立たしげに吐き捨てた。
「なに、神に捨てられたただの迷子だよ、騎士様」
━━━━━━最強の男が異世界の地に落ちた。