あなたをずっと見守っているわ
「あなたは死んだわ。殺されたの。彼女によって」
「そんなことは、とっくに知っている。もっと他に話すことがあるだろう」
少し語尾が荒くなってしまった。だが彼女は気にした様子もなく、逡巡したのち、再び口を開いた。
「・・・そうね。私はアニエス。あなたのいた世界とはまた違う世界に住まう神の一人よ」
「・・・他の世界に覗きに来るほど、神様ってのは暇なのな?」
アニエスはむっとしたように唇を結ぶ。
「詳しくは話せないけど、私たちは長いことあなたのいた世界を眺めていたの。私たちの世界に補充する強者たちを探すためにね。そして数年前、私はあなたを見つけた。あなたが能力者殺しと呼ばれ始めた頃だったかしら」
俺は黙ってアニエスの話を聞いていた。いちいち口を出していたらキリがないし、頭の中で情報を整理したかったからだ。
しかし、能力者殺しの部分を強調したのは仕返しのつもりだろうか。思ったより人間味があるようだ、神様って奴は。
「説明するって言ったけれど、はっきり言ってそんなに説明することは無いの。説明することと言うより、あなたが知るべきことは、ね。全部説明しろと言われたら、どれだけ時間ぎあっても足りないもの」
「・・・じゃあ、教えてくれ。俺はこれからどうなるのか」
一番重要なのはこれだ。これだけ分かればいい。
アニエスは、それを言いたかったとばかりに微笑んだ。
「あなたはこれから私たちの司る世界に行くの。そこで好きなように生きなさい。学ぶも良し。戦うも良し。これまでの世界と違って、これからの世界は秩序も未熟で幼い世界だから、あなたは好きなように生きていっていいの。と言っても、あなたがどうするのか、想像がつくけれど」
「俺の意志は?」
「残念だけれど、これは神の決定なの。あなたは巻き込まれたと思うかもしれないけれど、これは必然だったのよ。だから受け入れてもらうしかないわ」
思わず、ため息がもれる。仕方のないことだった。
「別にいいさ。巻き込まれるのは慣れてる」
アニエスはクスッと笑った。
「そうだったわね。あなたはどんな危機に直面しても、いつもそうやって、些細なことだとすましてみせる。そんなあなたが、私は好きなの」
「今なら俺の隣は空いてるぞ。絶賛死亡中だからな。独り身だ」
「それは魅力的な申し出ね。考えておくわ進藤カズマくん」
「すぐに埋まってしまうからな。決めるなら急いだ方がいい」
アニエスは微笑んだ。それが何を意味するのかは、やはり分からない。神様ってのは自分の心を隠すのがうまいのか、それとも心がないのか。まぁ、考えても無駄だろう。
「あなたを下界に下ろす前に、一つだけ聞きたいことがあるの」
先ほどまでの気楽な雰囲気とは異なり、彼女は至極真面目に言った。
「願いごとはある?次の世界で、あなたが成功するために。権力でも財力でも、超人的な肉体でも何でもいいのよ。これは私からのサービスだから」
その言葉に、俺は押し黙った。けれどすぐに答えは出た。
「何もない。神のサービスがなくても俺は最強だし、俺に不可能はない」
「そう言うと思っていたわ」
アニエスは嬉しそうに笑い、俺の顔に両手を添えると、静かに唇を重ねた。
「でも、これくらいはさせてね」
その美しさと神々しさは、元の世界に存在した何よりも美しかった。
「ようこそ。ラ・キンドルの世界へ。あなたのこれからを、ずっと見守っているわ」
直後、意識が朦朧とし、周りの白い景色が金を交えながらとぐろの様に渦巻いていくと、
そこで俺の視界は闇に包まれた。