第9話
翌日、押し入れの奥のバッグから百万円の束を一つ取り出し、三宮に向かった。
銀行に寄ってATМで記帳すると残高が五万八千円余り、とりあえず、カードで昨日一日に支払った額とキャッシングした金額を入金しておこうと思った。
入金のボタンをタッチして通帳を差し込んで一万円札を入れようとしてから、ひょっとしてこのATМは、札の番号を記録しているのかもしれないと思いつき、急いでキャンセルのボタンをタッチして銀行を出た。もし番号が記録され、それが自分自身の口座に入金されたものだと知られたら、それこそ致命的である。
昨日調べた限りでは、札の番号にそれ程の意味はないようだった。しかし、これだけIT技術が発達している時代に、本当に札の番号が意味をなさないのだろうか。もっと詳しく調べてみる必要がある。
結局、和樹はその日に例の札を使うことなく、早々に家に引き上げた。
和樹は再びネットにつなぎ、「紙幣 記番号 判別」というキーワードで検索をかけた。その結果世の中には、「紙幣判別機」と「紙幣鑑定機」という二つの種類の機械があるらしいということが分かってきた。
「紙幣判別機」とは、偽札か本物か、そして紙幣の金額を見分ける機械で、自動販売機などに組み込まれているやつだ。札の色々な特徴や偽造防止技術をセンサーで読み取り、真偽と金額を判定するらしい。
それに対し「紙幣鑑定機」は判別機よりも更に精度が高く、これは記番号まで判定できるようだ。
記番号を判定するのは、判別機をすり抜けるくらい精巧な偽札が出回った時、その記番号から偽札を見分けることが主目的のようで、この機械は、まだ金融業などの特殊な分野でしか用いられていないようである。
しかし偽札の記番号を読み取って取り出す能力があるのなら、警察から届けられた番号の札を特定することは可能だろう。
仮にATMでは読み取れなかったとしても、銀行で最終的に処理する過程でその札が見つかれば、その札がいつどこから入金されたものかは、すぐに分かるはずだ。
和樹は、深く考えもせずにATMで自分の口座に入金しようとしていた浅はかな行動を思い出し、ぞっとした。
本当のところはよく分からないが、銀行では記番号が確認されると考えた方が良いだろう。だが逆に、銀行に達して初めて分かるのだから、銀行以外で使われた段階では、絶対に分かるはずはない。該当番号の札を使用した現場を押さえられない限り足がつくはずはないし、それはまず不可能だ。一度に多量の現金を使うようなことさえしなければ、絶対安全のはずだ。
和樹は、少量ずつ、札をきれいな金に換えていくことを考えた。毎日一枚換えていくだけでも十分生活は成り立つが、それだけでは物足りない。
もしきちんとした計画を建てるなら、この金を元手に、更に金を増やすこともできるのではないか。今までは、資金が無かったから何にも出来なかったし、やろうとも思わなかっただけではないのか。元手さえあれば、自分にはそれを成し遂げることのできる能力があるのではないだろうか。
和樹は根拠のない自信が沸き起こって来るのを感じた。そして御堂筋の両側に立ち並ぶ立派なビルを思い出しながら、一度社会の隅っこに追いやられた自分が、今度は社会の中心に舞い戻ってくる姿を思い描いた。
しかしその前に、和樹はしておかなければいけないことがあるのを思い出した。それは、金と一緒に掘り出した拳銃の処分である。別の場所に埋めようと思っていた拳銃が、まだ箪笥のひきだしの奥に隠したままである。こんな物を持ち続けていたら、何かの拍子に見つかった時、確実に銀行強盗との関連を知られてしまう。
和樹は拳銃と折り畳み式スコップをショルダーバッグに入れ、原付バイクに跨った。そして金を掘り出した林道よりもっと遠くまで県道を走り、人がまずは踏み入れそうにない獣道を百メートルほど分け入った辺りの木の根元に、それを埋めた。
明日から「両替」を実施していこう。和樹は家に帰ってから、具体的な方法を考えることにした。