第5話
パン工場は、シフトで水曜日が休みだった。平日が休みというのは好都合だった。休日ならば時々ハイカーなども見かける林道だが、平日はまず人の立ち寄る場所ではない。
和樹は大きめの段ボールをバイクの荷台にくくり付け、その中にアウトドア用の折り畳み式スコップとビニール袋に軍手を入れた。バックに鍵がかかっていることも考えて、鍵を切り取るニッパーも用意した。
和樹は早朝、まだ暗いうちに出かけた。出来るだけ人に会わないようにして、短時間で作業を終わらせるつもりだった。
県道から林道に入るころ、ようやく日が山の隙間から見えて、辺りは急速に明るさを増していく。予想はしていたが、和樹以外誰一人、こんな山道にはいない。目印の石をみつけ、林道の端の茂みにバイクを隠すように止め、林の中にまで日が差し込むのを、じっと待った。
慎重に周囲の様子を観察して、やはり誰もいないことを何度も確認した。
和樹は段ボールの中から道具とブルーシート、そして黒いビニールの大型ごみ袋数枚を取り出し、気持ちを奮い立たせて林の中に分け入った。もう後戻りはできない。
鳥の飛び立つガサガサと言う音にビクビクしながらも、慎重に地面を見ながら三十メートルほど林道から森の中を進むと、確かに、不自然に落ち葉や枯木が積まれた場所があった。
和樹はスコップの柄を伸ばして、地面に突き刺した。
ここに一億八千万円が埋まっているはずだ。しかし、いざこの場になってみて、その自信はなかった。
やっぱり、単にゴミの不法投棄だったのかもしれない。銀行強盗が隠した現金を見つけるなんて妄想に過ぎず、その妄想にこの一週間支配されていて、掘り出してみたら粗大ごみだったなんて、とんだお笑い草だ。
しかしとにかく確かめてみるしかない。
和樹は地面を掘り返し、すくった土を林の中に投げ込む。乾いた落ち葉の上にザラザラと土の落ちる音が、静まり返った林の中に響く。土は確かに一端掘り返されたようで、スコップは楽々土に刺さり、順調に掘り進められた。その間も常に周囲を見渡して、人気が無いのを何度も確認した。
そしてついに、スコップの先が何か固いものにぶつかった。周囲の土を取り除いていくと、果たしてあの時見た、黒いバッグが姿を現した。
和樹は恐る恐る取っ手を掴み、一つを地面に引き上げる。思った以上に重かった。丁度コメの五キロ袋といった感じである。
バッグは下にも埋められていて、全部で四つ、すべてを引き上げた。
和樹はビニール袋を広げ、土を払い落とした四つのキャリーバッグを並べた。そして一つを手に取ってファスナーを開こうとしたが、やはり鍵がかかっていた。しかし安物のバッグで、用意したニッパーで、すぐに鍵を切り取ることができた。
心臓の鼓動が高鳴る。この静けさの中で、遠くまで届いているのではないかと思うほど、心臓が大きな音を立てている。
和樹はファスナーを一気に開き、ふたを開けた。
中身は黒いビニール袋に包まれていて、バンドで固定されていた。和樹はカッターでその袋の中央を切り開き、袋を押し広げた。
和樹は一瞬息を止めた。汗がどっと額から噴き出してくるのを感じた。そして手が小刻みに震え出し、手にしていたカッターナイフを取り落した。袋の中には、確かに和樹が思い描いていた物、すなわち現金の束が詰め込まれていたのだった。
他のバッグにも現金が詰まっていた。和樹は気持ちを落ち着かせ、それらをビニール袋に丁寧に詰め替え、何回かに分けてバイクの荷台の段ボール箱まで運んだ。
すべてを運び込んでから再び現場に戻り、今度はバッグを埋め戻す作業に取り掛かろうとした。念のため穴に何か残っていないかと確認すると、半分土がかぶさっていて見過ごしそうだったが、小さな包みが目に入った。
手を伸ばして拾い上げると、片手に入る大きさだったが案外重い。ビニール袋に入れられ、ガムテープが何重にも巻かれていた。
和樹はその包みを手で触って、先が筒状に細くなっていることを確かめた。その反対側はずっしりと重い。
本物の拳銃など持ったことは当然ないが、それが拳銃であることは間違いないと思った。さらに包みの中には箱のようなものがあり、恐らく銃弾を入れているケースなのだろう。この金が銀行強盗で奪われた金であることは、もはや間違いない。
和樹は拳銃をどうしようかと迷ったが、同じ場所にバッグと一緒に埋め戻した場合、それが発見されたら強盗に使った拳銃だと分かるから、誰かが現金だけ抜き取ったということが、すぐにばれてしまう。和樹はバッグだけを埋戻し、拳銃はいったん持ち帰り、別の場所に埋めることにした。
和樹はバッグの中に何も残っていないことを確かめてから、ファスナーを閉めて、一つ一つ穴の中に投げ込んで、土をかけていった。
作業中はずっと軍手をしていたから、指紋は残していないはずだ。誰かがもし掘り起こしたとしても、確かに不審な遺棄物ではあるが、その中に現金が詰め込まれていたなんて想像できないだろう。壊れたバッグの不法投棄くらいにしか思われないはずだ。
和樹は段ボール箱のふたをしっかりとガムテープで押さえ、拳銃はジャケットの内ポケットに突っ込み、荷台のロープを確かめてからバイクに跨った。
もう一度辺りを見回し、人がいないのを確認してからエンジンをかけた。林道をゆっくりと下り、県道にも車が無いのを見てからアスファルトの道を走り出す。途中対向車と何台かすれ違うが、ここまで来たら別にどうってことはない。
和樹は荷台に積まれた結構重い荷物が落ちないように、速度を下げ気味にして、慎重に家までの道を走った。