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第43話

 林道に、小型の重機を積んだトラックが二台入って行った。この辺りは市の自然公園に指定されていて、数年前から新しい遊歩道の建設が決まっていて、いよいよ着工となったのだ。


 既に測量は終わっていて、林道の突き当りから小型ブルドーザーが、低い木をなぎ倒しながら林を切り開く。その後をショベルカーが、地面を掘り返して平坦にならしていく。


 昼休みの休憩が終わった後、ショベルカーのオペレーターが作業を再開してすぐ、シャベルの先に何かが当たるのを感じた。


「地面の様子、ちょっと調べてみてくれへんか。岩とかがあるかもしれへんから」


「OK」


 作業員がスコップでそのあたりを少し掘ると、何か固いものにぶつかった。


「なんか埋まってるな」


「なんや」


「ちょっと待ってや」


 作業員が現場監督を呼んできて、掘り起こした。


「なんやこれ」


 黒いキャリーバッグが四つ掘り出された。


「不法投棄か」


「いや、なんか入っているようや」


「開けてみよか」


「死体でも入ってるんやないやろうな」


 皆は一瞬ギクッとした。


「まさか」


 一人の作業員がバッグを開けると、黒いビニール袋の塊が現れた。中身を触ってみると、感触は文庫本が何かのようだった。


「開けてみよか」


 現場監督が無造作にビニール袋を破ると、何かの塊が地面に散らばり落ちた。


「えー」


 皆はその場で固まった。


「どないしよう」


「そりゃ、あれや」


「警察に知らせんと」


「もし五人で山分けしたら」


「あほ、すぐばれてお縄や」


「届け出て、もし持ち主が見つからんかったら」


「そりゃ五人で山分けや」


「持ち主が見つかっても、謝礼もらえるかもしれへんな」


 これが普通の反応だろう。でも発見したのが一人だったら、五人はそれぞれ一瞬それを想像して、ブルッと震えた。


 関西空港の国際線ゲートを出ると、和樹は三人の男に囲まれた。


「高橋和樹さんですね」


「はい、そうですが」


 和樹はいきなりで驚いたが、落ち着いて対応することが出来た。


「私は兵庫県警の木戸といいます。三成銀行中津支店から強奪された金の横領事件の重要参考人として、署までご同行お願いします」


「横沢初音に聞いていた事件ですね」


「横沢さんからお聞きと思いますが、あなたから直接話をお聞きしたい」


「分かりました」


 和樹はパトカーに乗せられ、湾岸高速を通って神戸に向かった。パトカーの中では、全員一言も口を開かなかった。


 生田警察署の取調室に入ると、警視庁の山下という刑事も同席することになった。和樹は初音から、その名前を聞いていた。


「あなたは、三成銀行中津支店から強奪された金を横領して、使いましたね?」


 木戸が最初から核心について尋問を始める。山下は壁際の机に向かってそれを記録している。


「どうして僕がそんな金を持っているんですか」


 和樹は反論する。


「強盗犯の山崎が隠した金を偶然発見したのですよね」


「そんな馬鹿な。どこで見つけたっていうんですか」


「恐らく、君が以前住んでいた北区のどこかだ」


「どこかって、それでは話になりませんよ」


 和樹は苦笑した。


「しかし、銀行から強奪されたものと同一の記番号の一万円札が市中に出回っている。誰かが使用したのは確かです」


「だったら、強盗犯が使ったんじゃないのですか」


「確かに一部は強盗犯の山崎が使用したのでしょう。ですが、別の立てこもり事件で山崎が死亡した後も、その金が、しかも山崎が行ったはずのない場所で見つかっている。山崎以外の誰かが使用したのは間違いありません」


「それが僕だという証拠は?」


「あなたは三月に、金沢・広島・仙台に行きましたね」


 和樹は、初音が見たという防犯カメラの映像の話だと気付いた。


「ええ、行きましたけど、それが何か?」


「何の目的で行ったのですか」


「旅行です。すぐ後に今の会社を設立しましたが、その前にのんびりしようと思いまして」


「あなたがそれらの街にいた丁度その日時に、問題の金がその近辺で使われているんですよ。そんな偶然が重なると思いますか」


「だってお金なんて人から人へと流通するわけですから、もし仮に僕が使っていたとしても、どこからか偶然手にしたのかもしれませんし、第一、一万円札を使う時に、一々番号なんか見ていませんよ」


「高橋さん、一万円札を偶然手にすることが実際にありましたか?一万円札は釣銭では使いませんよね。一万円札を手にするには、銀行で引き出すか、給料を現金でもらうか、どこかで金を借りるかぐらいの場面でしかありませんよ」


「競馬やパチンコの景品交換所とかだってあるでしょう」


「しかしその金は、どこかの銀行から引き出された金のはずですよね。奪われた一万円札は、どこの銀行からも引き出された形跡がないのですよ。つまり、直接市中に流通したのです」


「でも、それが僕だという物証があるのですか。その一万円札を僕が多量に持っているとかならいざ知らず」


 和樹の話は、確かに筋が通っている。


 木戸が山下とヒソヒソ話をしてから、山下が代わって質問を始めた。


「今の会社の資本金は、どうやって調達したんですか。あなたはそれまで、アルバイトなどで生計をたてていたようですが」


「両親が遺してくれたい家を売りました。千五百万円ばかりで売れました。税務署にも申告していますよ」


「家が売れる前に、あなたは複数の銀行に口座を開設していますね」


「えっ」


 和樹は少し動揺した。


「そこに三百万くらいを分けて預金していますが、その金は、どこから手に入れたのですか。そのころあなたは、無職だったようですが」


 和樹は返答に詰まった。


「しかも、預け入れたのがすべて一万円札以外だったことが、ATМの入金記録に残っています。不自然ですよね」


 和樹は押し黙ったままだった。


「あなたはフィリピンに何度か行っていますよね」


 山下は突然話を変えた。


「ええ、ウナギの輸入でフィリピンには頻繁に行っています」


 和樹はようやく答えを返した。


「そこでパスポートの盗難に合いましたよね」


「ええ」


「その時、パスポート以外に取られたものはありませんでしたか」


「現金をいくらかは」


「金額は」


「二万ペソぐらいだったはずですが」


「それは嘘ですね」


「え?」


「あなたは、結構な金額を盗まれています。しかも円で」


「なんで、そんなことが分かるんですか」


 和樹の動揺は更に大きくなった。


「フィリピンで、あなたのパスポートを盗んだタクシー運転手が殺された事件はご存知ですよね」


「ええ、前にマニラに行った時、警察官から聞きました」


「その殺人犯が先日逮捕されましてね」


 和樹は驚いて山下を見つめた。


「彼が所持していた一千万を超える一万円札が、問題の金と一致したんですよ。つまり、その一万円札を盗まれた被害者が、金の横領犯ということになりますね」


「どうしてその金が、盗まれたものだと分かったんですか」


「確かに現段階では、それをどこから入手したのかは、捜査中です」


「だったら、僕から奪った、つまり僕が持っていたという証拠はないじゃないですか」


「高橋さん、時間の問題ですよ。マニラ警察で今彼を取り調べている。そのうち、あなたから盗んだということを証言するでしょう。あなたが宿泊していた部屋に不審な男たちが入って行ったということは、既にホテルの従業員から証言をえていますから」


 和樹は言葉が出なかった。


「本当のことを話してくれませんか。あなたが金を横領したんでしょう。そして残りの金は、どこに隠しているんですか?」


 その時取調室のドアが開き、一人の制服警官が入ってきて、木戸に耳打ちをした。木戸は山下にやはり耳打ちをすると山下の表情が綻んだ。


 木戸は制服警官と入れ替わりで部屋を飛び出していく。和樹は何が起こったのかと、緊張しながら一連の動きを観察した。


「高橋さん、問題の一万円札が発見されました。やはりあなたが以前住んでいた家の近くでしたね」


 和樹の顔が青ざめた。


「さて、すべて正直に話したまえ」


 山下は強い口調で和樹に命じた。


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