第34話
「これは一体どういうことなのでしょうかね。パチンコ屋、競馬の場外馬券売り場、競輪場、競艇場、そして居酒屋」
どれも、強奪された一万円札が新たに使われたと判明した場所である。
「しかもすべて大阪、神戸、京都ですね」
「今までとは、使われた場所のジャンルが違いますね」
「それに使用された時間帯が重なっているから、一人では無理やな」
大阪府警の岸本が主導する広域捜査会議でのやりとりである。
「あの一万円札が、なんらかの方法で一度に多量にばらまかれたと考えるしかありませんね」
警視庁の山下が分析を加える。
「つまり、今回使っているのは、なんらかの方法であの金を掴まされた人物。つまり、真犯人は別にいるということやね」
「どのような方法で金をばらまいたのでしょうか。まさか見ず知らずの人間に金を渡したとは考えられないし」
「パチンコや競馬とか、ギャンブル関係が目立っていますね」
兵庫県警の木戸が指摘する。
「そういった所に出入りする人間が金を入手する場所は?」
「サラ金や!」
会議に出席している捜査員のすべての意見が一致した。
「すると、あの金を横領した人物は、金を貸す側の人間ということになりますか?」
「汚い金を貸し付けて、きれいな金で返済させる。少々焦げ付きがあっても、痛くもかゆくもない。大手の消費者金融とかではなく、個人的にやっているような小規模な金融業者だろう」
「正規ではなく、闇金や」
「しかし」
山下が話を続ける。
「元々金融業者であれば、初めからそうやって金を洗浄したでしょう。最初は自ら釣銭でやっていたわけですから、途中でやり方を変えたと考えた方が良いでしょう」
「と言うことは、逆に金を借りて、あの金で返したということか」
「そう考えられます」
「でも、大手の消費者金融ならばいざ知らず、元々不法な金貸しである闇金だとすれば、誰に貸し付けたか、誰から取りたてを調べるのは難しい」
「契約書などは残していないでしょうからね。うまいやり方だ」
兵庫県警の木戸が冷めた口調で言う。
「だが少なくとも、今借りているやつらの身元が分かるものはあるはずや。一斉摘発で行きましょう」
「しかし摘発するにしても、なんらかの名目が必要でしょう」
「そんなのもんいらへん。叩けば埃の出るやつばかりや」
岸本の乱暴な提案に、皆が苦笑した。
「まあ岸本さん、そんなに焦らずとも、金を使っている人間を特定して、そこから辿って行った方が早いんじゃないですか。今金を使っているやつらは、別に隠れて使っているわけではありませんから。それに金を借りてギャンブルするようなやつらですから、何度も同じ所に来るでしょう」
山下の言葉に木戸が頷く。
「まあそやろうね。では各所轄でよろしくお願いしますわ」
兵庫県警は、捜査員の多くを元町のウィンズ神戸で警戒に当たらせた。しかし自動投票機や窓口で次から次へと支払われる一万円札を、一枚一枚点検していくわけにもいかず、困難を極めた。
木戸は、場外馬券売り場からパチンコ屋に、捜査の比重を移した。札の記番号のチェックをこまめに行って使用された日時を特定し、店内の防犯カメラの映像を詳しく分析し、使われた時間帯にカメラに何度も写っている人物をすぐに絞り込むことが出来た。
「百二十六番『海物語』で打っている人だと思います」
三宮センタービル一階のパチンコ屋で張り込んでいた捜査員が、店員に確認した。
「よし」
生田警察署の二人の刑事が、百二十六番台で打っている若い男の両側を囲んだ。
「ちょっとお話を伺ってもいいかな?」
一人の刑事が警察手帳を示して話しかけた。男は驚いて、球を打つのを中断した。
「なんやねん」
「ちょっと財布見せてくれないか」
「なんでや?」
刑事の一人が、すばやく傍らに置いてあった札入れを取り、中から一万円札を数枚取り出して確認した。
「あった!」
刑事が確認した一万円札の記番号は、今まで探し続けていた番号と、確かに合致した。
「木戸警部、見つかりました」
早速一人の刑事が無線で木戸に報告した。
「でかした、そいつを任意で署まで同行させろ」
「はい、わかりました」
「ちょっと、署まで同行してもらえませんか」
「なんでやねん」
「いやちょっと、ある事件の捜査に協力してもらいたいので」
男の顔色が変わった。
男は皿に残った球を何気なく一握り掴んで、いきなり刑事に向かって思いっきり投げつけた。
「わう」
二人の刑事がひるんだ隙に、男は通路を駆け抜け、三宮センター街の人ごみをかき抜けて逃走した。
「こちら安岡、重要参考人が逃走しました。三宮一丁目からセンター街を元町方面に逃走。緊急配備をお願いします」
二人の警官も追いかけるが、男は路地に曲がり、姿を見失う。
「こちらサンマルヨン、三宮本通りトアロード入口待機」
「こちらヨンナナイチ、センター街フラワーロード入口待機」
「サンチカにも人数を回せ」
警察無線の報告が飛び交う。
街のあちこちをパトカーが走り回り、多数の警官が慌ただしく走り回っていて、買い物客たちは、何があったのかと騒然とする。
「容疑者確保。ガード下、元町駅東」
「よし、署まで連行しろ」
署で指揮をとっていた木戸は、ほっと息をつき、煙草に火を着けた。
逮捕されたのは、広域指定暴力団立川組傘下の丸雅組準構成員の安田卓、二十歳だった。
「おいスグル、久しぶりやな」
取り調べは、木戸の他、暴対の津川も立ち合った。
「なんで捕まらなあかんのや。なんもしてへんわ」
「警官に対する暴行と、公務執行妨害だ」
木戸が冷たく言い放つ。
「パチンコ玉を投げつけられた警官は、目じりを切っている。一つ間違えば失明の恐れもあった。悪質な暴行罪だよ」
「そんな、急に職質されたから驚いただけやんか」
「幸い警官の傷は深くない。素直に取り調べに応じてくれるならば、早くここから出してやることも可能だ」
「なんも隠し事なんかしてへんから、なんでも聞いてや」
スグルは開き直った態度でうそぶいた。
「おまえが財布に入れていた一万円札、どこで手に入れたんや。チンピラのくせにようけ持っとるやんか」
津川が財布を机の上に投げつけ、ドスの効いた低い声で質問する。スグルはキョトンとして二人を見上げる。
「万札?なんやそれ?」
「質問に答えるだけで良い」
「そりゃ俺かていろんな所で稼いどるから、一々その札がどこから入ったかなんて、覚えとるわけないわ」
「嘘着け。おまえが稼げるところなんか、あるわけないやろ。組でもらったんやろ。正直に吐け」
「そりゃ組からも、いくらかはもらうけどな」
「丸政組の焼津か?最近羽振りがええって巷で噂されとるからな」
「まあ、アニキからもいくらかは」
「どこで掴んだ金や」
「そんなん知らへん。俺たち下っ端には分からへん」
「よく考えてから話すんやな」
津川はドスンと机を叩いた。
「分かりましたよ。話せばええんやろう。でもホンマに詳しいことは知らへんけど」
「ああ、知っていることだけでええ。最近丸政組に関しては、変な噂もあるからな」
「多分、女から貢がせた金や」
「女?」
「なんでか知らんけど、アニキに借金こさえていて、闇金に金借りて返しとった女がおった」
「どこの闇金や」
「桜井金融」
「あのくそジジイか」
「どんな女や」
「若くて別嬪やった。新地のクラブに勤めているとかアニキが言うとった」
「いくらぐらいや」
「千五百万」
「千五百万も?なんでそんな借金こさえたんや」
「それは知らへん。多分ホスト遊びでもしていたんやろう。風俗で働いていた女やって、アニキが言っとったから」
「じゃあ君が所持している一万円札は、その女が焼津に渡した金の一部だということだね」
木戸が質問する。
「多分そうやないか。金借りに連れて行ったのは俺やし、その後すぐ、上機嫌に三十万くれたから」
「じゃあ元々は、その金は桜井金融から借りた金ということだね」
「桜井の爺さんに借りてからすぐ返しよったから、そうやろう」
木戸は首を傾げた。
安田卓をとりあえず留置場に入れ、公務執行妨害で送検することにした。
木戸はすぐに岸本と山下とに連絡し、テレビ会議を持った。
「どうも予想とは異なりましたね」
「そうやな」
「桜井金融とはどんなところですか?」
「ええ、一応営業許可はとっていますが、色々と悪い噂の絶えないところです。立川組の資金源になっているとも考えています」
「立川組か。こりゃ大掛かりになってきよった」
「一素人の犯行だと考えていましたが、やくざがらみだとすると、死んだ山崎の背後関係を、もう一度洗ってみる必要がありますね」
「拳銃もやつらの手に渡ったとしたら、やっかいやな」
「では緊急に捜査会議を開いて、今後の方針を再検討しましょう」
「女の方は大阪府警にお願いします」
「桜井金融の方は?」
「兵庫県警で内定調査に入ります。囮に金を借りさせて、あの一万円札がまだ残っているかを調べてみましょう」
山下は腑に落ちないものを感じながらも、もう一度一から捜査を立て直さねばならないと覚悟した。




