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第31話

「ねえ、この間、お父さんと新地に行ったでしょう」


 亜由美が少し不機嫌そうに雄志に尋ねる。


「ああ、お客さんと一緒にね」


「お父さんと別れてから、どこか行ったでしょう」


「ああもう一軒、接待でね」


「どこ行ったの?」


「新地のクラブだよ。お義父さんに紹介してもらったお店」


「変なお店じゃないでしょうね」


「ばか、仕事で接待するためのお店だよ。変な店じゃないよ」


「お母さんに、気を付けていた方がいいよって言われたのよ」


「なんで?」


「お父さん、結構そのお店お気に入りみたいで、女でもいるんじゃないかって」


「ははは、そんなお店じゃないよ。確かにママさんはちょっと色っぽいけども」


「若い女の子もいるんでしょ」


「そりゃそうだよ」


「どんな子?」


「宮崎出身だけど、ジャイアンツじゃなくてタイガースファンの子。ひょっとして妬いてる?」


「もう」


 まだ新婚気分の消えていない二人だった。


「お義父さんにも紹介した高橋さんっていうお客さん、僕と同じくらいの年なんだけど、すごいやり手でね」


「何をしているの」


「ウナギをフィリピンから輸入していて、今度現地に大規模なウナギ養殖場を造るからって、うちに融資を持ちかけて来たんだ」


「確かに国産ウナギは高くて手が出ないわよね」


「それをお義父さんに話したら、本店でも興味を持ってくれてね。これが上手く行けば、僕の株も上がるかも」


「へー、頑張ってね」


「だから土用には、ちょっと奮発して、国産鰻でお願いするよ」


「分かったわよ。でもそのウナギも、食べてみたいわね」


「マルエツスーパーで売っているよ」


「じゃあ、今晩はフィリピン産ウナ丼ね」


「じゃあ行ってきます」


 本城は社宅を出て職場に向かった。


 午前中自分のデスクで書類の作成に追われていた本城は、昼前に支店長に呼ばれて応接室に出向くと、見知らぬ男が二人座っていた。


「本城さんですか、初めまして、私は兵庫県警の木戸といいます。こちらは大阪府警の岸本警部です」


「岸本です。初めまして」


「刑事さんですか」


「ええ、例の金の件で、警視庁の山下警部と共同で捜査しているものです。山下警部から本城さんをご紹介してもらったというわけです」


「ああ、山下さんですね。ですが、どうして僕に?」


「実は、例の金が、最近大阪と神戸で多量に使用されていることが分かったのです」


「二か月ほど音沙汰なかったんやけど、ここになって再び使われ始めたというわけです」


 岸本が補足説明する。


「それに、インターポールを通じて、どうやらフィリピンでも多量に使われたらしいことが分かってきました」


「フィリピンですか、確かにあそこはマネーロンダリングの天国と言われていますから」


「そうなんです。例の金を掴んだ人物は、最初は自動券売機などで細々と換えていたようですが、かなり大掛かりなマネーロンダリングに踏み込んでいると判断しています」


「それで僕に何を?」


「ええ、我々警察だけではなかなか正体を捉えるのが難しいということで、金融のプロの方に協力をいただこうと言うことで、山下警部から紹介してもらったというわけです」


「それにその中心人物はどうやら神戸の人間やないかと、我々は見とるんです」


「どうしてですか?最初発見されたのは東京のうちの四谷支店でしたよね」


「ええ、しかし詳しいことは言えへんけど、例の金は神戸周辺に隠されていたことが分かってきたんですわ」


「具体的にどんな協力をすればいいんですか?」


「ええ、これは神戸と大阪にある金融機関すべてに要請することにしているのですが、不審な金融取引があれば、すぐに報告してほしいということです」


「けど個人情報の関係で、すべての銀行からの情報収集が難しい面があるんで、本城さんのところに入ってきた他の銀行からの情報も、できるだけ伝えてほしいということですわ」


「本城さんは、他の銀行と関係する仕事も多いと聞いておりますので」


「ええ、まあ」


「ひとつお願いしますわ」


 岸本が頭を下げる。


「元々うちの銀行が被害者ですから、出来る限りのご協力をいたします」


「本城君、頼んだよ」


 支店長も警察への協力を約束した。


 本城が仕事を終え帰宅して玄関の扉を開けると、鰻の美味しそうな匂いが漂っていた。


「朝言っていたように、今晩はウナ丼よ」


「美味しそうだな」


「それに言っていたように安かったわ。国産の半額よ。飛ぶように売れていたわ」


「だろうな」


「いただきます」


 二人はビールで乾杯してからウナ丼に箸をつけた。


「美味しいわ、本当に」


「だろ、大阪で高橋さんと試食した時に美味かったから、きっと成功するだろうと思っていたんだ」


「フィリピン産って分からないくらいね」


「そうだね」


 本城は、亜由美の「フィリピン」という言葉を聞いて、何か不思議な気がした。「フィリピン」という国名を最近どこかで耳にしたような気がした。思い出すと、今日刑事から聞いたばかりだ。


「今日銀行に兵庫県警と大阪府警の刑事が来てね」


「あらどうして、例の一万円札の件?」


「そうなんだ」


「でもどうしてあなたのとこへ?」


「それがよく分からないだけど、どうもあの金が、海外を経由したマネーロンダリングに発展しているんだそうだ。しかもそれがフィリピンだろうということで」


「へー」


「しかも、犯人は神戸の人間じゃないかってことで」


「どうして神戸だと分かったの?」


「詳しいことは教えてくれなかったけど」


「あなた、その犯人と縁があるかもね、だって最初に発見されたのが市ヶ谷支店だもんね」


「そうだね。それで色々と情報があったら教えて欲しいって」


「益々探偵みたいになってきたわね」


 推理小説好きの亜由美は身を乗り出した。


「例えばどんな情報?」


「仕事柄他の銀行とも付き合いがあるから、不審な金融取引とか」


「ねえ、わたし思っていたんだけど」


「何?」


「例の犯人って、最初自動券売機や初詣の神社なんかで、一万円札を千円札や五千円札に一生懸命換えていたじゃない」


「そうだね」


「換えたお金、どうしたと思う?」


「まあ、きれいになったお金だから、どこでも使えるよね」


「全部使っちゃったと思う?」


「酒やギャンブルに使ってしまったということはありがちだけどね」


「でもかなり計画的にやっていたみたいだから、もっと堅実なことを考えるんじゃないかしら」


「堅実なこと?」


「例えば貯金とか」


「確かにね、きれいな金だから、銀行に堂々と預けられる」


「でも考えて、一万円札は貯金できないわ」


「それはそうだ」


「と言うことは、犯人は貯金する時、全部一万円札以外のお金で入金したということになるわ」


「なるほど。それで?」


「私窓口やっていたから分かるけど、お店の売り上げとかを入金されると結構面倒なのよ。小銭も含めて計算するのに時間がかかるから」


「そうだろうね」


「お店の売り上げだから小銭が多いけど、一万円札が全然ないってことはないわ」


「確かに」


「窓口で入金するにしてもATМで入金するにしても、券種はすべて記録されるわ。それに一つの銀行だけに集中するのも心配だから、色々な銀行に口座を作ったはずよ」


「だとすれば、十二月・一月に作られて、一万円札以外の紙幣か小銭ばかりの入金となっている口座が怪しいってことになるね」


「しかもそれが複数の銀行で重なったら、それが犯人よ」


「亜由美の発想は鋭いね」


「まあね、伊達に本は読んでいないもの」


 亜由美は満足そうな笑みを浮かべながら、フィリピン産のウナギを頬張った。






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― 新着の感想 ―
[良い点] あー奥様困りますそのような クリティカルな部分に触れてはあー
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