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第29話

 警察は一万円札を使用した人物をほぼ特定することができた。


 金沢と広島の防犯カメラで絞り込んだ五人の中で、他の地域の防犯カメラの映像にも似通った人物を発見することが出来たのだ。


「恐らくこいつに違いない」


「確かに帽子は被っていませんし眼鏡は違いますが、背格好はほぼ同一ですし、この男に間違いないでしょうね」


「この画像を大阪府警の岸本警部へも送っておいてくれ」


「はい」


 警視庁捜査三課の山下は、ようやく手ごたえをつかんでいた。


 岸本は、送られた画像を更に兵庫県警の木戸刑事にも転送した。木戸は県警本部でこの事件の捜査を指揮していた。木戸は早速捜査会議を開き、今後の捜査方針を確認した。


「警視庁による防犯カメラの画像解析から、マル容がほぼ特定された。こいつだ」


 前面のスクリーンに、眼鏡をかけた男の顔写真が大きく映し出された。


「眼鏡はあちこちで取り換えているし、普段はかけていないかもしれない。眼鏡をかけていないとすると、こんな雰囲気になる」


 画像を処理して眼鏡を外した状態の顔写真も映し出された。


「こいつがどこにいるのかはまだ不明だ。しかし大阪府警の捜査によると、犯行後の山崎の足取りと、盗難車の遺留品に付着していた土の分析から、強奪された金は神戸市北西部に埋められた可能性が高いと判明している。したがってその金を横領した人物も、神戸市近郊にいた可能性がある」


 スクリーンに神戸市全体の地図が映し出され、木戸はレーザーポインターで神戸の北西部を丸で囲んだ。


「その人物は、金と同時に、まだ発見されていないもう一挺の拳銃を手にした可能性もある。拳銃はマカロフPМだ」


「警部、死亡した山崎の関係者という線は無いんですか?」


「大阪府警の捜査によると、山崎は銀行襲撃後、中田と別れてからは単独行動をしていたようだ。誰かと接触した様子はない」


「では金を盗ったのは、全く関係ない第三者ということですか?」


「そう考えられる」


「それを探し出すわけですか、これは難しいな」


「そこが問題なわけだ。何か別の事件を起こしているならば簡単だが、問題の一万円札を所持しているか、使用した現場を押さえなければどうしようもない。だから本人に知られないように極秘でこの人物を割り出さねばならない」


「顔写真を公開して指名手配することが出来ないということですね」


「そう、それに情報が漏れるのを防ぐためにも、限られた範囲内の捜査官にしか伝えてはいない。だからこの会議の内容は、ここに集まってもらった捜査官以外には絶対に漏らすな」


「足で探すしかないな」


「一般市民への聞き込みも駄目か」


 捜査官たちはざわめいた。


「そこでだ」


 木戸が話を続け、捜査官たちは口をつぐむ。


「マル容はこの神戸電鉄沿線の住民だとすれば、神戸電鉄の鈴蘭台以北の駅または北神急行の谷上駅に立ち寄る可能性がある。よって手分けしてこれらの駅に張り付いてもらいたい。しかも悟られないように。以上」


 木戸はとにかくしらみつぶしに探すしか手はないと思っていた。しかし多くの警察官を動員することは出来ないので、時間がかかることは覚悟した。


 和樹は「高橋通商」に社員二人を雇い入れ、アパートの近くに事務所も借りた。もうわざわざフィリピンまで出向く必要も無くなったので、電話やメールで発注し、また輸出品の注文も受け付けた。


 スーパーからの注文は拡大し、それを聞きつけた持ち帰り弁当チェーンからも問い合わせが来た。


 その年は国産だけではなく中国産ウナギも前年以上の不漁で値段が倍に跳ね上がり、マニラで強奪された二千万円の損失も、かなり取り返すことが出来た。和樹が開拓したルートは業界からも注目され始めた。そのスピーディーな事業展開は、まさしく青年実業家そのものだった。


 和樹がタバオ市から持ちかけられた大型養殖施設への投資の件を本城に相談したところ、三成銀行本店でも検討したいとの反応があり、そのプレゼンをするため大阪本店に和樹は出向いた。


 三成銀行の本店は東京に移っていたが、元々は大阪が発祥なので、御堂筋沿いのレトロな八階建てのビルに、関連企業と共に大阪本店があった。


 和樹はJR大阪駅を降り、御堂筋を淀屋橋まで歩いていた。


 初音と初めて会った日の翌日、御堂筋の両側に建つビルを眺めながら、いずれ社会の真中に戻って来るぞと思っていたことが実現しようとしている。プレゼン資料の入ったタブレットPCのケースを腋に抱え、ゆっくりと歩いている人たちを追い越しながら、三成銀行大阪本店まで歩いた。


 受付で申し出ると、三階の応接室に通された。お茶を飲みながらしばらく待っていると、本城と年配の男性が入ってきた。


「高橋さん、お待たせしました」


 和樹は立ち上がり会釈をする。


「こちらは本店ホールセール事業部執行役員の中山常務です」


「初めまして、高橋です」


 和樹は名刺を交換した。


「実は中山常務は僕の妻のお父さんで、先日会った時に高橋さんの話をしたら、興味をもってくれまして」


「雄志君、いや本城君から高橋さんのウナギ養殖事業の話を聞いて、是非もっと詳しいお話を伺いたいと思いまして、ご足労をお願いしました」


 常務は丁重にお辞儀をした。


「いえいえ、こちらこそわざわざ東京から来ていただき、ありがとうございます。本城さんには色々とお世話になっていまして、本当に感謝しています」


「いえ、僕の方こそ」


 和樹は養殖場予定地の写真や、タバオ市の受け入れ態勢、マーケットの需要予想や資金繰りなどをまとめたプレゼン資料を説明し、そのデータを落としたCDを中山常務に手渡した。


「面白い提案だと思います。早速検討して、可能な限りご協力したいと思います」


「ありがとうございます」


 手ごたえは十分だった。


「ところで高橋さん、今晩は空いていますよね。お義父さんと三人で一杯やりに行きませんか?」


「ええ、喜んで」


 三人はハイヤーで北新地の料亭で食事をとり、くつろいだ雰囲気でビジネスの将来性について議論した。


「それでは私は東京に戻るので、二人でゆっくりと楽しんでください」


 中山常務は明日午前中に東京本店で会議があるということで、その店で別れた。本城と和樹は、もう一軒寄っていこうということになった。


「この近くに落ち着いたクラブがあるので、行ってみませんか?」


「新地のクラブなんて、僕は敷居が高くていったことが無いんで、お任せします」


「いや僕も、仕事がらみでしか行ったことが無いんですが、儀父の紹介でしてね」


 二人は北新地を歩いて、その店に向かった。


「あら、本城さんお久しぶり」


 和服姿のママが二人を迎え入れ、奥のボックス席に案内する。


「中山常務もお元気?」


 ママはおしぼりを二人に渡しながら本城に尋ねる。


「さっきまで一緒だったんだけど、明日早くから会議があるってことで、東京に戻りました」


「そう、残念ね。次に大阪に来られた時には、是非お寄りしてとお伝えくださいね」


「ええ、伝えておきます」


「こちらも銀行の方?」


「いえ、こちらの高橋さんはうちの銀行のお客さんで、海外でビジネスを手掛けていらっしゃる将来有望な事業家さんです」


「まあ、すごい」


 和樹は少し恥ずかしかった。


「どんな仕事をされているの?」


「貿易です」


「高橋さんは、フィリピンに大規模なウナギの養殖場の建設を計画されているんです」


「ウナギ?そう言えば最近高くて困っているわ」


「高橋さんは、美味しくて安いウナギの輸入を手掛けているんです」


「まあ、すごい」


 和樹は店の雰囲気に戸惑いながらも、かつて商社で勤めていた頃に何度か経験した銀座での接待を思い出していた。


「新しい女の子が入ったので紹介するわね。いい子よ」


 ママはボーイに指示する。


「初めまして、詩織です」


 和樹はその女性を見て固まった。


 詩織と紹介された女性も、和樹を見て固まった。


「あら詩織ちゃんどうしたの?」


「いえ、初めまして詩織です」


 詩織と呼ばれた女性は本城と和樹の間に座り、水割りを作ってぎこちなく乾杯をする。


「初めまして、僕は本城、三成銀行三宮支店に勤めています。こちらは高橋通商の社長の高橋さん。僕は結婚しているけど、彼は独身だからね」


 本城は楽しそうにしゃべりかけた。


「詩織さんは大阪の人?」


「いえ、宮崎です」


「そう、じゃあジャイアンツファンかな?」


 かつて和樹がしたのと同じような話になる。


「いえいえそんな、やっぱりタイガースですわ」


「僕は東京生まれの東京育ちだから、ジャイアンツなんだな、これが。高橋さんは?」


「僕はタイガースですね」


「じゃあ一人だけ除け者だね、ははは」


 ママが他の席に移ってから和樹も時々話に加わったが、水割りを黙って飲んでいる方が多かった。だが、本城は程よく酔いも回って快活にしゃべり続けていたので、場は自然な雰囲気と言えなくもなかった。


「ちょっとお手洗い」


 和樹は席を立ち、トイレに向かう。そこからホテルに電話して、部屋を予約した。そして手帳のページを破り、そこで待っていると走り書きした。


 トイレから戻り、本城の目を盗んで、初音にその紙片をそっと手渡す。初音はそれを広げずにすぐ胸元に差し込み、水割りのお代わりを作った。


「ではそろそろ失礼します」


 和樹が腕時計をちらっと見てから言う。


「もうこんな時間か。長らくお付き合いさせて申し訳ありませんでした。今日は本当に楽しかったですね」


「ええ、こちらこそ」


「じゃあ詩織ちゃん、チェックお願いします」


 音が見送りに来て、丁寧に頭を下げる。


「またお義父さまとご一緒にいらしてね。高橋さんも」


「ええ、また来ます」


 和樹はただ微笑しただけだった。


 二人はJR大阪駅で別れた。和樹は一度改札口を入って別の出口から出て、初音に伝えたホテルに向かった。


 部屋に入り冷蔵庫からシャンパンの小瓶を取り出し栓をあける。大分飲んだはずだが、不思議と酔いは感じていなかった。


 彼女は来るだろうかと、和樹は考えた。


 連絡先を変えたということは、あの約束なんて最初から果たす気なんかなかったんだろう。和樹は初音を誘ったことを後悔し始めていた。


 それに、風俗じゃないけれど夜の仕事をまだしているってことは、保育士になるために勉強したいと言っていたのも口から出まかせだったのかもしれない。


 初音を誘った自分が益々嫌になって来る。


 この瓶を空けたらおとなしく寝ようと思ってシャンパンをグラスに注いで口を付けた時、呼び出しチャイムが鳴った。


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