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第27話

初音は、例のお香を分教団の信者に売りつけ、最初は一つ一万円のマージンを男からもらって喜んでいた。しかし一通り行き渡ると、更にマージンを稼ごうと思って他の教会の信者にまで売り始め、それが分団長にばれ、破門になってしまった。


仕方なくあの男に相談を持ちかけると、売るために預かっていたお香まで買い取ったことになっていて、知らぬ間に三百万の借金が出来ていた。


「そんなの約束と違うわ」


 初音は事務所に乗り込んで必死に抗議した。


 男は初音の髪を掴んで床にねじ伏せ、火のついたお香を初音の横に置いた。


 初めは抵抗していた初音だが、徐々にその快感に自分を失い、気が付いた時には、うつろな目をして男に寄りかかっていた。


「まあ心配すな、別の教団を紹介したるから」


 男に紹介してもらった「教団」はやくざがらみで、以前のようにお年寄りを丸め込んで壺を売りつけるだけではなく、脅迫まがいの言葉を使って無理やり高額な壺を売りつけるようなところだった。初音は、前にお香を買い取ったという名目ででっち上げられた借金の返済として、月々の給料から天引きされ、わずかな小遣いが入るだけとなった。まんまと男の罠に引っかかった。


 仕方がなく毎日信者に壺を売り続け、少しずつでも返していき、早くこの世界から足を洗おうと思った。


 しかし、前に風キャバクラでアルバイトしていた時もそうだったが、多くを稼いでいる時には、普通の感覚が麻痺してしまっていてズルズルと続けてしまう。しかし今回はさすがにこりた。コンビニのアルバイトでもいいから慎ましやかな生活をして、保育士の資格を取るための専門学校に通おう。


 しかし男は週に一度は初音のアパートに来て、お香を焚いて初音の精神をもてあそんだ。それを初音は拒むことは出来なかった。


 男が怖いということもあったが、それだけではなく、体が求めていた。だからあの男が来ない日は、店が終わるとホストクラブに通い、その後にお香を焚いて、ひと時の快感を得ようとしていた。


 だが初音はホストクラブに頻繁に通えるだけの金もなく、男の息のかかった店に通うしかなかった。そしてその支払いはあの男が肩代わりしていることになっていて、結果として初音の男への借金は逆に雪だるま式に増えていき、もうどうしようもなくなってしまっていた。


 毎日教団で壺を売り、それが終わってからのホストクラブ通い。坂を転げ落ちるのはなんと簡単なことなのだろうと初音は思った。


 もう死んでやろうか、初音は深夜の元町商店街のアーケードの下を、うつろな目をしながら歩いていた。


 お洒落な洋菓子店やファッションの店が立ち並ぶ元町商店街も、この時間には店のシャッターも閉まり、人気もない。アーケードの天井に初音のヒールの音がコツ


 コツと響き渡る。


 親元に逃げ帰ったとしても、きっとあの男は居場所を突き止めて、宮崎まで追って来るに違いない。膨れ上がった一千万円の借金なんか、親が払えるはずもない。このままボロボロになるまであの男に飼い殺されるより、いっそ死んでしまった方がよっぽど楽だ。


 初音は、自分のアパートとは反対側の、港へ向かう路地に入った。立ち並ぶ低いビルの向こうにポートタワーが見える。初音はその光に引き付けられるようにメリケン波止場まで来て、暗い海を眺めた。


「誰か助けて」


 しかし心の中の悲痛な叫びは誰にも届かない。


 足元の小石を拾い上げて海に投げ込む。波もない静かな海面にポチャンという音が響いた。対岸のポートアイランドの高層ビルの赤色灯が、寂しく点滅を繰り返す。このまま真っ暗な海の底に沈んでいく自分の姿を想像し、身震いする。


 その時ふと和樹のことが頭をよぎった。和樹と過ごした夜の安らぎと、二人で歩いた心斎橋筋の光景が蘇った。


 もう、あのお香はもう二度と使わない。初音は強く思った。そして何年かかるか分からないが、何とか借金を返して、あの男から逃れよう。


 初音は携帯を取り出して和樹のアドレスを呼び出したが、すぐに消した。

こんな姿は見せられない。しかし、会うことも連絡することもできない和樹だけが、初音にとって唯一の心の支えとなっていた。


 翌日男が初音のアパートにやって来た。いつもの様にお香を焚こうとしたが、初音は拒んだ。


「なんでやねん。あんなにええ気持ちになると言うとったやないか」


「もうあのお香はいらないわ」


 初音はキッパリと言い放った。


「何偉そうなことを言うてんねん」


 男が初音の肩をつかんできたが、初音はその手を払いのけた


 男は初音をあのお香で繋ぎ止めることはもう無理だと諦めて、今度はテーブルの上に置かれたセカンドバッグから注射器を取り出した。


「分かったわ。もっとええもん欲しいんやろ」


 男は針を注射器にはめて、初音の腕を掴んで針を差し込もうとする。


「やめて」


 初音は注射器を払うと、突き刺さった針の先から真っ赤な血が噴き出した。


 初音は針を引き抜いて男に投げつける。男がひるんだ隙に台所に駆け寄って、流しの下から包丁を取り出した。


「わかった、もうええから」


「私の所にもう来ないで」


「なんやと、そやったら俺が貸した金を、今すぐ耳を揃えて返したんかい」


「借金はちゃんと返すわ、でも今すぐは無理なのは分かっているでしょ」


「そやったら、おとなしく俺の言うこと聞けや」


 初音は包丁を身構えた。


「借用証を書くわ。それがあれば逃げられないでしょ」


「借用証?」


「いくらよ」


 男は、最早初音が大人しい金づるでなくなったと判断した。このまま力づくでねじ伏せることも出来ないことはないが、下手に騒がれたら、お香を横流しにしていることが組にばれ、自分の身も危ない。


「分かった、一千五百万や」


 一千五百万もこの女から巻き上げれば、十分満足だと男は考えた。


「一千五百万円?前聞いた時は一千万円って言ってたじゃない」


「あれはお香とホストクラブ代や。お前を前の教団から引き抜いた時、教団に引き抜き代として五百万おれが肩代わりしたったんや」


「うそ、私は破門になったんでしょ」


「それはお前がそう思うとっただけや」


「騙したのね」


「人聞きの悪い。この紙に『私は一千五百万円を借用しました。今年十二月三十一日までに返済します』と書けや。もちろん署名と拇印も押してな。そうしたら、勘弁したるさかいに」


「今年中には無理よ」


「無理でも何でも金作れ。まあお前やったら月に百万は稼げるやろ。足りない分は金貸し紹介したるから、そいつに借りたらええんや」


 初音はこの男に借金するよりは、十一といちの闇金融でも何でもいいから金を借りて返した方がましだと思った。


「分かったわ」


 初音は戸棚から便箋を取り出して一千五百万円の借用書を書いた。


「ここに拇印や」


 初音は紙を奪い取り、右手の人さし指でまだ腕から滴り落ちる自分の血をぬぐって拇印を押した。


「これでいいわね」


「ああ、勝手にさらせ。ただしお前の宮崎の実家の住所は掴んどるからな、逃げられへんで」


 やっぱりと初音は思った。


「逃げようなんて思わないわ。ちゃんと返すわよ、心配しないで」


 男は借用証を奪い取ると、初音の部屋にあったお香の瓶をひとつ残らず段ボール箱に詰めて持ち去った。


 初音は男が出ていくと、張りつめていた気持ちが急に緩んで、膝がガクッと折れて床に座り込んだ。


 ああ言ったものの、一千五百万円など、あと半年で作れる自信なんてない。闇金融で借りれば、もっとひどいことになるような気もした。


 とにかく少しでも多くお金を作らなきゃ。やはり壺やらお札を売り歩くぐらいしか手は無いのだろうかと考えた。しかしもう、高齢者とかををだまし続けるのや嫌だ。だがそれ以外で大金を稼ぐ方法は見つからない。


 初音はぼんやりと天井の電球を見続けていた。



この章は、なろう基準のr18に抵触しているとの指摘で、書籍版とは大幅に変えています。

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