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第24話

 和樹は関西空港から香港経由でマニラに到着した。飛行機を降りボーディングブリッジに移ると、まだ五月というのに熱帯特有のむっとした湿気が身体を包む。


 日本を出国時に税関で二百万円の持ち出しを申告したが、現金を見せたりの必要もなく、すんなりと通った。フィリピンへの入国時にも律儀に申告したが、その必要もなかったようだった。


 空国から、安全と言われている黄色のタクシーに乗ってホテルに着き、パスポートを見せてチェックインする。通された部屋は、マニラ湾が見下ろせる快適な部屋だった。


 マニラに着いた翌日、市内を見学に行く。もちろん観光旅行でなく、両替所の探索である。


 商社勤めの時にも来たことのあるマニラなので、大体様子は分かっているつもりではあったが、その時は仕事の合間にマニラ大聖堂などの代表的観光スポットを車で回っただけだ。


 和樹はホテルでもらった地図を頼りに、ホテルからほど近い両替所を訪ね、試しに二十万円の両替を試みる。レートは悪いし手数料は高いが、すんなり両替してくれる。


 試しにいくらぐらいまで両替可能かと聞いてみると、いくらでもOKと言う。ならば一千万円でも大丈夫かと聞いてみると、前もって連絡してくれれば大丈夫だとのことである。しかし両替直後に強盗に合う恐れがあると聞いていたので、周囲への警戒は怠らなかった。


 大金を持って歩くのは不安だったので、高額なチップを付けて安全なタクシーを手配して回ったが、市内の車の渋滞はひどく、結構な時間を費やした。それでも他に何か所かの両替所を訪れて十万円ずつ両替し、同じ質問をすると、OKの返事が返ってきた。そして五十万円ほどをフィリピンペソに両替し、その半分を三成銀行マニラ支店に入金してから無事にホテルに辿り着いた。


 金の両替と銀行への入金になんら問題は無かった。後は「正規の」ビジネスを行うだけである。和樹は翌日ミンダナオ島へ飛ぶ飛行機の時刻をチェックした。

 

 マニラから二時間弱、飛行機は熱帯雨林を眼下に眺めながら徐々に高度を下げてくる。曲がりくねった川が見えてきた。タバオ川である。この川の上流に、ウナギを養殖している業者がいた。


 タバオ国際空港はマニラよりもっと南国色が強く、観光客らしき日本人の団体も見かけた。


 空国からほど近い海沿いのリゾートホテルに向かう。部屋に入って窓のカーテンを開けると目の前に島が見え、島との間の細長い海は、美しいエメラルドグリーンに染まっていた。


 景色をのんびりと眺めていたかったが、翌日からの仕事に供え、フロントでレンタカーと通訳を手配する。まだ予行演習の段階だ。本番はまだ先であるから、ここで気を抜くわけにはいかない。


 翌日も南国の眩しい光が降り注いでいた。ホテルを出てスペイン瓦の色とりどりの屋根が美しい住宅街を抜け、ハイウェーに乗り、タバオ川にかかる橋を渡る。少ししてから小さな道に入り込み、その道は森の中へと続いている。道沿いに小さな集落が点在していて、いくつか目かの集落から更に小さな道に分け入り、その道は川に行き当たって、その川べりに養殖場はあった。


 和樹は通訳を介して挨拶し、早速商談に入った。


 そこのウナギはニホンウナギよりは少し大きめだが、見た目はそんなに変わらない。和樹は持参したカセットコンロに網を広げ、業者がさばいてくれたウナギの身を、やはり持ってきたたれにつけて食べてみると、ホカ弁で食べた鰻弁当に入っているウナギより脂がのっていて、美味しいと感じた。


 試しに三百キログラムのウナギを生きたままで空輸する契約を結び握手する。代金はタバオの銀行に、マニラの三成銀行から振り込むことで了解された。


 和樹は、たとえそれがマネーロンダリングの隠れ蓑に過ぎなかったとしても、商社勤めのときに実現できなかったプロジェクトを達成できたことに、大きな充実感を覚えていた。


 その日のうちにマニラに戻り、残りの一万円札のすべてを両替屋でペソに換え、三成銀行マニラ支店から指定された講座に振り込む。


 こうしてフィリピンでの仕事をすべて終え、無事帰国の途についた。


 一週間後、浜松の養殖場からウナギが届いたとの連絡があり、行ってみると数パーセントは死んでいたが、残りのウナギは元気よく泳ぎ回っていた。そのうち何十キロ分かを水槽に移し替え、自分で運転する車で、話を付けておいた東京の鰻専門店に持ち込み、調理してもらう。


 板前さんの評価はまずまずだった。


 和樹は水槽の一つを大阪にも運び、前に約束していた三成銀行の本城を呼び出した。


「フィリピン産の鰻ですね」


「ええ、ミンダナオ島のタバオで買い付けて来たウナギです。東京の店での評価はまずまずでした。関西でも行けると思っていますが」


「確かに、東京と大阪では鰻の焼き方が違うそうですからね」


「ええ、東京では鰻を蒸してからたれを付けて焼きますが、関西風では蒸さずにそのまま焼きます。それに開き方も異なります」


「開き方も?それは知らなかった」


「はいっ、出来たよ」


 店主が蒲焼を皿に入れて出してくれた。


「まあまあじゃないかな」


 一口食べた店主は、満足そうな表情だった。


「美味しいじゃないですか」


 本城は驚いたように言った。お世辞とかではなさそうだ。


「あとは値段の問題やな」


 店主が言う。


「いくら位だったら大丈夫ですか?」


「そうやなあ、まあ国産の半値くらいかね」


「半値ですか、それはちょっときついかもしれませんね。でも今年の土用あたりは国産が相当高くなりそうですから、その頃の半値の線は可能かと思いますが」


 値段を決めてから再提案することになったが、損さえ出なければよいから価格はかなり抑えることができると、和樹は計算した。


「うまくいったようですね。帰りにちょっと一杯やっていきませんか。おごりますよ」


 本城が和樹を誘った。


「おごるなんて、色々お世話になったのでこちらこそおごりますよ」


「いえいえ、では割り勘で」


 二人は三宮まで戻って、駅裏の居酒屋に入った。


「仕事の成功を祈って乾杯」


 本城がジョッキを差し出した。和樹もそれに合わせて「乾杯」と返す。


 杯を重ねるうちに仕事からプライベートな話題に移る。


「高橋さんはご結婚されているんですか?」


「いえ、独身です」


「高橋さんのように仕事のできる人ならば、周りがほっとかないでしょうに」


「いえ、いえ」


 和樹は商社を辞めてから飲食店チェーンに転職したもののすぐに辞め、その後しばらくフラフラしていたことを正直に語った。


「一念発起といったところですね。好きな女性ができたとか?」


 和樹は「いやいや」と手を振って否定したが、頭の中に初音の姿を思い浮かべた。


「本城さんは?」


「この三月に結婚したばかりです」


「新婚さんですか、羨ましいですね」


「いえいえ、社内結婚ですが」


「僕の方は、なかなか女性と出会うチャンスがなくてね。それに女性と話をするのが苦手ですし、趣味もない」


「そんなこと無いですよ。仕事が趣味というのは上等だし、話してみると案外共通の趣味が見つかったりするもんですから」


「ほう」


「僕も妻と付き合うまでは共通の趣味なんてないと思っていたんですけど、話してみるとお互い推理小説ファンだということが分かりまして、今では本を途中まで読んで犯人を当てっこしたりしていますよ」


「楽しそうですね」


「ところで、うちの銀行で去年強盗がありましたでしょ」


 和樹はドキッとした。


「奪われた一万円札が、よりによって僕が前に勤務していた東京の支店で見つかったんです」


 和樹はジョッキに半分ほど残っていたビールを一気に飲み干して、気持ちを落ち着かせてから本城に尋ねた。


「どうして分かったんですか?」


「お札には番号が印刷されているでしょ、銀行ではそれを記録して管理しているんですが、警察から要請があった札が見つかると、通報することになっています。もっとも今回はうちの銀行から奪われた金ですから、警察から言われなくても分かっていましたけどね、ははは」


「そうなんですか」


「それに一万円札って釣銭にならないから、案外流通範囲が狭いんですね。だから、いつどこで使ったかは、ある程度分かるんですよ」


 和樹は動揺が顔に出ないように必死でこらえた。


「それで妻と、今度どこで使われるなんかを推理して楽しんでいたりするんですが、たわいのない話ですみません」


「いえいえ」


「実はこの話、警察からは人に言わないでくれって言われているんで、内緒にお願いしますね」


 和樹は、慎重に使ったつもりだから大丈夫だとは思ったが、やはりこれ以上国内ではもう使えない。


「仕事の話に戻りますが、ウナギの取引を拡大するとき、融資のご相談にのっていただけますか」


「もちろん喜んで。高橋さんのビジネスならば大丈夫だと思いますよ」


 和樹は一回の取引規模を拡大して、海外でのマネーロンダリングを急がねばならないと思った。


 本城と別れて和樹は、三宮センター街のアーケードを元町に向かって歩いた。


 警察がどこまで掴んでいるのかを不安に感じたが、今後国内で使わなければ、まず大丈夫だろう。そう考えて安心すると、今度は、推理小説を読んで犯人を当てっこするといった本城の仲睦まじい新婚生活を思い描き愉快な気持ちになった。

そして初音のことを考えた。


 携帯には初音のメールアドレスが登録されている。次の渡航で無事金の洗浄が成功すれば、彼女にメールを送ろうと思った。そして初音と結婚するということを一瞬想像した。


「まあ、そんなことにはならないだろうけど」


 しかし和樹は、何故か嬉しくなった。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 空港が空国になっている箇所があるような。
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