第21話
三月になって相次いで、金沢・仙台・福岡・広島で、三成銀行中津支店で強奪された一万円札が見つかった。警視庁捜査三課の山下は、その都度全国を駆け巡らねばならなかった。
金沢では近江町市場、広島では本通りといった商店街で使われたことが分かった。それも食料品店・ドラッグストア・土産物品店など多種多様であり、釣り銭目当ての買い物であることが、容易に推測された。
「まるで観光客気取りですね」
金沢を訪れた山下は、石川県警の刑事から話しかけられた。
「そうですね、西は福岡、北は仙台ですから、日本中でまき散らすつもりなんでしょう」
二人は近江町市場を歩きながら話した。
軒を連ねる鮮魚店には観光客らしき買い物客も多く、威勢の良い掛け声が飛び交っていた。
「防犯カメラは設置されていますよね」
「はい、再開発ビルが出来たのをきっかけに、警察も指導して、ここには最新のカメラが設置されています。市場事務所に寄って行きますか」
「お願いします」
山下は事務所に寄って、商店街の役員に防犯カメラの画像の提供を要請した。
その後、使われたと思われる鮮魚店で話を聞いたが、話を聞いている間にも一万円札で買い物する客がひっきりなしで、店の従業員も思い当たる客はいないということだった。
「小松から仙台行の直行便はありますか?」
「ええ、お昼過ぎに一便」
「仙台から福岡へも直行便が飛んでいますから、飛行機を使って移動したかもしれませんね」
「搭乗者名簿を当たってみましょう」
「よろしくお願いします」
山下は一応頼んでおいたものの、移動手段は鉄道ではないかと考えていた。その方が小回りが利き、適当な駅で降りて使うことができる。案の定、札はそれ以外の県でも続々見つかっていった。
今回使われた場所は時間も地域も入り乱れていて、どこを起点としたのかはまったく見当がつかなかった。しかし何らかの痕跡を残しているはずだ。
山下は、商店街と駅の防犯カメラの映像解析を気長にやっていくしかないと思った。解析すべき映像は膨大な量だが、まずは金沢の近江町市場と広島の本通り商店街の映像を付き合せて、同一人物が写っているならば特定できる。
防犯カメラの映像の質と人物検索のテクノロジーは年々格段に進歩していて、画像から性別の他、身長や大体の年齢まで推測できる。従って、膨大な人数であっても、その特徴ごとにカテゴリー分類していき、特徴が似通った人物を絞り込んで照合していけば、二つの商店街にいた人物を探し出すことができる。
複数の人間が手分けして換金しているならば無理だが、山下は単独犯だとにらんでいた。なぜならば、一万円札が見つかった日時に多少のずれがある。複数犯だったら各地で同時に実行するだろう。
もし金沢と広島の二か所で見つからなければ、もっと時間はかかるが、比較する場所を追加していけばよい。警察の総力を上げれば、それは不可能ではない。
しかし仮にその人物の画像が特定できたとしても、その身元を割り出すのも難題だ。
その人物が一万円を使用した現場を押さえなければいけないから、写真を公開して指名手配することはできない。あくまでもその人物に気付かれないようにして、身元を割り出さねばならない。
山下は、大阪府警の岸本に電話を入れた。
「岸本さん、捜査の進展状況はその後いかがですか?」
「ああ山下さん、山崎の足取りと、金を隠した場所のおおよその位置がつかめました」
「それはお手柄ですね。それでどこですか?」
「神戸市北部の山の周辺だと推測しています。山崎が盗んだ車に積んであったスコップに、そのあたりの土が付着していました。それでおたくの方は?」
「金沢と広島の二つの商店街で使われたことが判明したので、今からその商店街の防犯カメラの映像解析に取り掛かるところです」
「どうも札を使ったやつは、神戸近辺に住んでいる人間やないかと私は思っとります」
「山崎が金を隠した場所の近所の人間だと?」
「そう、なんかのきっかけであの金を見つけ、それをそのまま横領して使っているんやないか、と」
「そうすると画像と地域から、かなり絞り込めますね」
「そうだといいんですが」
山下は、その人物へかなり近づいてきたように感じた。
「では画像解析が済んだらまたご連絡します。その時はよろしく」
「ええ、その時は一気に逮捕までいけるでしょう」
警察は、想像以上に和樹に迫っていた。
しかし、広島と金沢の二つの地点の画像だけで人物を特定することはできなかった。もっと多くの地点の画像解析が必要となった。
山下は、今後も金が頻繁に使われるものと予測した。この一月で三百万円ほど見つかっているが、犯人は金を全部換えるのにかなりの労力が必要だと分かったはずだ。ならばもっと頻繁に、そして額も徐々に増えていき、そうなれば、金の使われた時間と場所がかなり正確に割り出せる。
しかしその予測に反し、四月に入ってから、一万円札が発見されるのがぴたりと止んだ。山下は落胆したが、とにかく、これまでの資料から解析を進めていくしかない。きっと同一人物が、どこかに紛れ込んでいるに違いない。




