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第20話

 和樹は神戸で貿易会社を起ち上げることにした。神戸は港町で小さな貿易商も多いから、別に珍しいことでもない。初めは小規模な取引から始めようと思った。しかしいざ会社を起ち上げようと思っても、簡単に出来るものではない。まず資本金がいる。


 それに、本当に計画通りにマネーロンダリングが上手く行くのかも、自信がなくなってきた。そんな大それたことなど考えずに、最初に思った通り老後の蓄えとして置いておき、それなりの毎日を過ごしていく方が、よっぽど楽に違いない。


 しかし、会社を設立するための資本金は、なんとかなりそうだった。この家を売ればよい。


 三十坪の中古の家とは言っても、一千万円以上では売れそうだ。しかしこの土地と家は、和樹と姉とで半分ずつ相続しているから、自分一人で勝手に処分できはしない。和樹は久々に、東京にいる姉と連絡を取ることにした。


 和樹は商社を辞めて飲食店チェーンに転職した頃までは、それなりに姉と連絡を取り合っていた。両親の法事で姉家族みんなが神戸に戻ってきたこともあった。しかし和樹が飲食店チェーンも辞めてフリーター状態になってしまってからは、和樹の方から連絡するのは気が引けたし、姉もあえて連絡を寄越すことはなくなっていた。


「姉さん、和樹だけども」


 和樹は姉の家に電話した。


「和樹、今どうしているの?」


 姉は少し驚いた様子で、とりあえず和樹の近況を問う。


「飲食店チェーンを辞めてからいくつかの仕事をやってみたけど、なかなか合う仕事が無かったんで、自分で会社を起ち上げることにした」


 和樹はフリーターだったということは隠していた。


「会社を起ち上げる?どんな会社を?」


「貿易会社。商社に勤めていた時の同僚から声をかけられた」


 和樹は嘘を付いた。


「えー、そうなんだ。でも大丈夫なの?」


「ああ、前に商社に勤めていときに食品の輸入の仕事をやっていたから、ノウハウは持っているよ」


「商社の時の同僚って、信用おける人なの?」


「一緒に仕事をやったこともあるやつだから」


 姉は警戒している様だった。


「それで相談なんだけど、会社を起ち上げる資金のため、今の家を売ろうと思うんだ。一人でこの家に住んでいるのはもったいないしね」


「まあそうね。でも」


「分かっている。名義が半分姉さんのものだってこと」


「うちも子供たちの教育費とか、これから大変だからね」


「もちろん。だから、全部譲ってほしいとかじゃなくて、そのお金を僕たちの会社に出資してくれないかな。株式会社にするから、利益が出たら配当も出すし」


「そんなに上手くいくかしら」


「いい取引先が見つかりそうなんだ」


 姉はまだ半信半疑だったが、和樹が詳しい計画書を送るからと言うと、


「じゃあ、うちの人と相談してみるから」

と言った。


「ありがとう」


「ところで和樹、あなたまだ結婚を考えている人はいないの。そろそろいい年なんだから」


「ああ、いないことはないんだけど」


 和樹は一瞬初音のことを思い浮かべて驚いた。


「このビジネスが軌道に乗ったら結婚するつもりだ」


「そう、ならば出来るだけ応援するから」


 和樹は久々にパワーポイントを開いて、プレゼンテーション用の資料を作り始めた。商社勤めの時以来で、和樹は再びビジネスマンに戻った様な気がして、ウキウキしてきた。


 まず会社の名前を決めなければならない。


 和樹は色々な名前を思い浮かべた。「○○貿易」といった日本語名より、「○○トレード」といった横文字の方がいいかな。しかしそれだとインチキくさいかもしれない。


 結局無難に苗字をとって「高橋通商」に決めた。


 次に資本金をいくらにするかを考える。


 家を売った金を全部注ぎこんだとして一千万円。それに一緒に会社を起ち上げる架空の人物もいくらかは出資させないとまずいから、プラス二百万円にして、これは国内での両替でなんとか賄おう。


 事業内容は物品の輸入と輸出に加え、海外取引のコンサルティング業務とでもしておこう。


 事務所兼自宅として元町通りあたりにアパートでも借りよう。


 予定していた共同設立者は、結局会社を辞められなかったことにして、じゃあ代表取締役は自分だ。


 和樹は、マネーロンダリングのために作る会社に過ぎないのに、何かすごいビジネスを計画しているような気になってきた。そして「代表取締役」という響きに気分が高まり、将来この会社が大きくなって、青年実業家として名をはせる自分を想像した。


 企画書を完成させて義兄に送り、一応了解を取り付け、家を処分するために不動産屋に仲介を頼んだ。家が売れて金が手に入るまでに、生活資金も含めても三百万円ほど両替しておく必要がある。


 和樹は正月二日で百万円両替して問題がなかったことから自信を持ち、二週間くらいあれば三百万円の両替は可能だろうと思った。しかし慎重を期さねばならない。今足がついてしまっては元も子もない。


 和樹は再び駅の自動券売機で両替することを考えた。人と直接接触しないその方法が、最も安全だと思った。。しかし和樹はもう一度、その方法の良し悪しを点検してみた。


 券売機の裏で、駅員が一々差し込まれた一万円札の記番号を確かめることなどしないだろうが、一度使われた手であるし、一万円が使える券売機は駅の中でも限られている。だったらその周辺の防犯カメラを強化してくるかもしれない。


 更に考えてみたら、その札は誰かの手を経ることなしに銀行に直接持ち込まれる可能性が高い。札が使われた場所と時刻から、自分の足取りを割り出されるかもしれない。


 そう考えると、最初だったから良かったものの、二度目からは決して安全だとは言い切れない。やっぱり、街中で買い物をして換える方が良いように思った。

しかし考えてみると、一万円札というのはそれ以外の金とは異なって、釣り銭として人と人の間を行きかう紙幣ではない。店で使ったとしても、売り上げは通常なら


 一度銀行に入金されてしまうだろうから同じだ。


 売り上げを銀行に入金せずに、そのまま仕入れに回すような小さな店ならば可能かもしれないが、どんな業種がそれに当てはまるのか、和樹には見当がつかなかった。


 和樹は色々と考えたが、国内で両替するのに絶対安全な方法は無かった。無かったからこそ、海外での両替を計画しているのだ。


 しかし、一度に大量の一万円札を使うのではなく、移動しながらありふれた場所で小出しに使っていくなら、それが使われた場所と時間を掴まれたくらいで和樹に辿りつくことはまず不可能だと考えて、一日に一か所十万を上限に、一か月かけて全国各地を移動しながら両替して行こうと決めた。 


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