第2話
缶ビールを開け、途中のコンビニで買ってきた弁当をレンジで温めて食べながら、和樹はさっきの光景を思い出してみた。
人物は、黒っぽい服を着た男だった。薄暗くて顔は見えなかったが、中肉中背の、平均的な体型だったはずだ。
林の中に運び入れていた荷物は、飛行機の機内に持ち込めるほどの大きさの取っ手が付いたバッグで、全部で四つだった。
林の中で聞こえた音は、地面をスコップか何かで掘り起こしていた音だろう。きっと運び入れたバッグを埋めていたに違いない。ではそのバッグに何が入っていたのだろうか。何か犯罪に関わるものなのか。そう考えて、和樹は身震いした。
死体、しかもバラバラにした死体かもしれない。
和樹はすぐにでも警察に通報しようかと思ったが、何かとんでもない秘密を握ってしまったような気がして、とにかくまず自分で確かめてみたいと思った。
そして明日にでも掘り出しに行こうかと考えたが、「犯人」が確かめに戻ってくるかもしれない。しばらく様子を見てから行ってみた方が良さそうだ。
和樹は、気分を落ち着かせるために更にビールの缶を開け、何気なしに一週間前に買ってきた求人誌をパラパラとめくった。
すると不思議なことに、何か新しいことが始まるような気がして、奇妙にも、仕事への意欲が湧いてきた。確かめに行くのは一週間後にして、とりあえず明日は求人の面接に行こうと和樹は考えた。
翌日、食品工場の軽作業というアルバイトの面接を受け、年内二か月ばかりの仕事だったが、和樹は採用された。
工場は家からも近く、菓子パンをひたすらビニール袋に入れ続けるという単純作業で、朝は六時からと早いが、昼過ぎに終わるのが好都合だった。
和樹は毎日、従業員に支給される規格はずれの調理パンをもらって、原付バイクで例の県道へと向かった。そして、バッグが埋められた場所を観察することのできる絶好の高台を発見し、そこで日暮れまでを過ごした。バッグを埋めた人物が、気になっていずれ現場に戻って来るのではないかと和樹は考えていた。
もう山は晩秋から初冬へと季節は移り変わっていた。
和樹は防寒服に身を包んで茂みに身を潜め、調理パンをかじり、ポットに入れてきた熱いコーヒーを飲みながら、午後の大半の時間を費やした。
時には、頭上高く飛んでいる鳶を目で追いながら、商社に勤めていた頃の溌剌とした自分の姿を懐かしく思い出した。
第一志望ではなかったが、中堅の私立大学を卒業して一部上場の商社に就職できた時、同級生たちからは随分と羨ましがられたものだった。
さすがに東大や京大卒といったエリート新入社員とは違って地味な部署に配属されたが、それでも入社二年目には上司の海外出張にも同行できたし、何より、同じ課で働く女子大卒の彼女が出来た。平凡ながらも順調な社会人スタートのはずだった。
しかし、会社が海外事業での巨額な損失を出し、上位の総合商社に吸収合併されることになった頃から、少しずつ人生が狂い始めた。本気で結婚を考えていた彼女とも別れた。やりがいのない部署に回され、それならばと転職を試みたが、そう上手く行くわけがない。
そんな今の和樹にとって、こうしてぼんやりと山を眺めている時間が、最も心地良かった。
二週間和樹は山に通い続けた。しかし人物は現れず、いよいよ次の休日にでも掘り出そうと考えて家に帰り、二三日読まずにテーブルに積み上げていた新聞を片付けようと手に取った時、一面に大きく載っていた記事が目に入った。
『銀行強盗犯を逮捕』
『十月一日に大阪市北区で発生した銀行強盗の二人組を捜査していた大阪府警は、そのうちの一人とみられる中田茂容疑者の身柄を、大阪市阿倍野区の宿泊先で確保した』
そんな事件があったのだと初めて知った和樹は、その事件翌日の朝刊を探し出して読んでみた。一面トップでその事件は報じられていた。
『大阪で銀行強盗 拳銃を発射して二億円を強奪』
『十月一日午後三時半頃、大阪市北区中津の三成銀行中津支店で閉店間際に二人組の強盗が押し入り、拳銃を一発天井に向かって発射し、金庫から二億円の現金を奪って逃走した。客や行員には怪我はなかったが、警察は通報と共に緊急配備を行い、逃げた強盗の行方を追っている』。
二億円!和樹は驚いた。二億円と言えば、和樹の去年の年収二百万円の百年分だ。そんな金額だとどんなことが出来るのだろうかと、和樹は事件のことよりまずそのことを考えた。そして社会面の記事を更に詳しく読んでみた。
閉店間際で客の込み合った店内に二人組の男が押し入り、犯人のうちの一人が天井に向けて一発拳銃を発射して脅かし、客をフロアの一角に集める。もう一人がカウンターを乗り越えて、銃を四方に向けて威嚇しながら、金庫から現金の束を持ってこさせる。
用意したバッグにそれを詰め込ませると、二人で一斉に出口から飛び出し、そこにエンジンをかけたままで止めてあった軽自動車に荷物を投げ込み、急発進して、一方通行の路地を走り抜けて行った。
一人の行員が、犯人を追いかけてカラーボールを軽自動車に向かって投げつけていて、非常ベルが押されていたので警察は五分もせずに駆けつけすぐに緊急配備したものの、逃走した車は五百メートルほど離れた空き地で乗り換えられていて、その日のうちに犯人は逮捕できなかったということだった。
実に大胆というか強引というか、杜撰な強盗であると和樹は思った。よっぽど借金などで切羽詰まった連中の、やけっぱちの犯行でしかない。
捕まった一人は中田茂五十二歳、小さな会社の経営者だった。やはり、会社の資金繰りなどで現金が必要だったのだろう。まだ捕まっていなもう一人は山崎忠志四十二歳、暴力団関係者のようで、指名手配された。確かに拳銃のような物騒な物など、一般人には手に入らないだろう。
和樹は、十月一日という日付に何か引っかかるものを感じ、「銀行強盗犯逮捕」の記事をもう一度読み直した。