第18話
音楽が鳴り始め、宴会場の重い扉が両側から一斉に開けられ、スポットライトが二人を照らし出す。三成銀行市ヶ谷支店に勤める本城雄志と旧姓中山亜由美のキャンドルサービスが始まった。
頭取の座る主賓席のキャンドルから順次火を着けていく。八人掛けの丸テーブルが全部で十個、これでも人数を絞るのには苦労した。
社内結婚だし、新婦の父親が本店の営業部長で、四月から執行役員に昇進することが決まっていたから、銀行関係と取引先のお偉いさんは外すことが出来ない。大学の指導教官も決まりだ。
お互いにもっと友人を招きたかったが、大学の友人を三人ずつ、幼馴染を二人ずつ、そして会社の同僚を三人ずつとし、二つのテーブルを設けるだけで我慢した。だから友人たちの席でキャンドルに火を着けるときには、どこよりも盛り上がった。
「おめでとう」
「お幸せに」
決まりきったお祝いの言葉だが、二人は嬉しかった。
披露宴の翌日、二人は新婚旅行でハワイに出発した。
ロイヤルハワイアンに宿泊し、昼間はワイキキビーチでのんびりと過ごし、夜の食事の後は、マイタイバーでオリジナルマイタイを飲んだ。
もちろんその後は、部屋に戻ってからの甘い時間が流れる。
「男の子がいい、それとも女の子?」
「どちらでもいいけど、やっぱり最初は女の子かな。一姫二太郎とも言うし」
亜由美は寿退社で、専業主婦になる。
「じゃあ女の子だったら名前はどうしましょう」
「ははは、気が早いな」
二人は、この先ずっとこの幸せが続いていくことに、何の疑いも持っていない。
朝食は、ビーチに面したレストランのテラス席で、ダイアモンドヘッドを眺めながらとった。
「このパンケーキ、美味しいわよ」
「朝から甘いものは苦手だな。やっぱり朝はご飯と味噌汁が一番かな」
「あら、私朝食にフレンチトーストなんてのも好きなんだけど」
亜由美は少し残念そうに言う。
「だったら朝食はご飯にするわ」
「いや、ご飯とパンの半々で良いよ。それに時々フレンチトーストでもいいさ。でもこのホテルみたいに毎日パンケーキが出るのはちょっとね。ははは」
「確かに毎日だったらね、ふふふ」
旅行から帰ってからの新婚生活も、二人には楽しみだった。
初めは雄志の実家で親と同居するつもりだったが、雄志の神戸支店への移動が決まったので、四月から、社宅であるが、二人だけの新婚生活が送れる。雄志の両親とはうまくやっていけると思っていたが、亜由美はやはり嬉しかった。
「ところで、披露宴に同期の小林が来てくれていただろ」
「ええ、私の大学時代の友達のみやちゃんの隣に座っていた人でしょ」
「そう、あいつ結構みやちゃんが気になっていたようだけどね」
「本当?」
「二次会で、紹介してくれって頼まれたんだよ」
「えー、みやちゃんのタイプじゃないかも。みやちゃんって、どっちかと言うとグイグイ引っ張っていくタイプが好きみたいよ。小林さんってやさしそうっていう感じじゃない」
「そりゃ残念だ、あいつ落ち込むだろうな。でもあいつああ見えても結構度胸がすわっているんだぜ」
「どうして?」
「中津支店で強盗があったろ」
「ええ、去年の十月にね」
「強盗が店を出て行った直後に追っかけて、カラーボールを車に投げつけたのは彼なんだよ。強盗は拳銃も持っていたのに」
「へー、でも恐いわ。雄志さんはそんなことしないでよ」
「うん、もちろん危険なことはしないよ」
「もう、一人じゃないんだからね」
「その小林が二週間前に東京に出張に来ていて二人で飲んだんだけど、見つかった一万円札の話になってね」
「また推理モノ?」
「刑事の山下さんから聞いた話だけど、お正月に関西の方で使われていたらしい」
「そうなんだ」
「それで、小林と今度はどこで使われるだろうかということを色々推理していた」
「関西でも駅の自動券売機とかで使われたの?」
「いいや、今度のはそうではなく、初詣で混雑する神社で使われたらしい」
「まあ人ごみの中で使われたら分からないものね」
「でも、どこでいつ使われたのかが分かれば、人物像は推測できる」
「どんな風に?」
「例えば、お正月に何か所もの神社で使われたということは、多分独身だろうね」
「どうして?」
「そりゃそうだろ。いくら縁起担ぎだったとしても、お正月に家族を引き連れて、何か所も初詣に行くかな。もし僕が何か所も初詣に行くって言ったら、亜由美は素直について来る?」
「雄志さんが行きたいって言えば、私は付き合うわよ」
「えっ、嬉しいな」
雄志は目じりを下げた。
「それに普通だったらお正月は家族と過ごすじゃない。一人でうろうろ出歩いたりしたら、家族に怪しまれるんじゃないかな」
「そうかもね。でも家族がみんなグルだったら。例えば借金で一家心中一歩手前の家族がいて、たまたまお金を見つけて、家族総出で手分けして使い歩くとか」
「なるほど、面白いこと考えるね」
「お正月だったら、子供が使っても、『お年玉でもらったのかな』程度で不審がられないかもしれないし」
「まあ、強盗の共犯者ではなく、その金をたまたま見つけたんだという亜由美の考えには賛成だね。あんな杜撰な強盗に比べて、使い方が慎重過ぎるからね。強盗とは関係ない人物であることは確かだと思う」
「でもどうやってお金を発見したのかしら。たまたま山で掘り出したとか」
「まさかね」
「それで、今度使うとしたらどこだと思うの?」
「人の多く集まるところか、一万円札を使っても怪しまれないところ」
「例えば?」
「例えば買い物客で賑わっている商店街とか」
「なるほどね」
推理小説ファンの二人の話は尽きそうになかったが、時計を見るともう昼前だった。
「今日はノースショアをドライブの予定だったわよね」
「やばい。レンタカーの予約時刻まであと三十分もない」
「急ぎましょう」
二人は慌てて席を立ち、部屋に駆け戻った。




