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第16話

 和樹は、早速金のスピーディーな両替方法を考え始めた。今までの様に街中で細々と交換するのでは埒が明かない。


 和樹は海外に札を持ち出す方法を考えた。だが不法に鞄に隠して渡航するのは、前に考えた通り危険過ぎる。だったら合法的に海外へ持ち出すにはどうしたら良いか。


 百万円を超す現金の持ち出しには税関への申請が必要だとは、前に調べて分かっていた。だがその申請方法は随分と簡単だ。必要書類に記入してパスポートと照合すればそれで済む。原理的にはいくらでも持ち出し可能である。しかし、やはり持ち出すにはそれなりの合理的理由を作っておく必要がある。


 何らかの商取引をするために現金を持ち出すのなら、説明はつくだろう。その円で直接何か、例えば絵画や骨とう品などの高額商品を買い集めて日本に輸入して売りさばく、というのが良いかもしれない。

しかし海外でも一度に多額の現金取引を行えば、素性を知られる可能性がある。とにかく日本でも海外でも、その金を使ったのが誰かが、分からないようにしなければならない。


 だったら例えば蚤の市などで古着やアンティークな小物を少額ずつ多量に買い付けて輸入するということもありそうだが、そんな所では素性は隠せるかもしれないが、円はそのままでは使えそうにない。現地通貨に両替しなければならないだろう。


 だったら初めからそんな面倒くさいことをしないで、架空の取引をでっちあげて現金を持ち出し、持ち出した現金を現地通貨に両替して、それをまた円に換えて持ち帰るのが一番シンプルだ。為替レートや手数料で幾分かは目減りしたとしても、アメ横で明太子や鰹節を買うよりましだ。


 しかし両替するにしても、海外だからと言っても、やはり銀行は避けた方が良いだろう。高額の両替にはパスポートの提示などが求められるかもしれないし、記番号をチェックされるかもしれない。


 やはり銀行以外の街中の両替所で、身分証明も必要なく、そこそこの額の両替ができるところを探しておかねばならない。しかし手数料は高いが、そういった両替所は結構ありそうだ。


 だが両替に成功したとしても、今度は日本に持ち込む際にも申告が必要だ。多額の現金を持ち出して、少しは目減りしているにしても同じくらい多額の現金を持ち帰るなんて、やっぱり怪しまれる。架空の取引では、突っ込まれてばれた時、確実に金の出所を探られてしまう。


 やはり安全のためには、実際に商取引を行うのが良いと考えた。しかしそのためには取引相手にこの金を直接渡さなくても良い方法が必要である。


 和樹は考えた。


 まず商取引を行う国に銀行口座をこしらえておき、前もって日本から送金しておく。そして取引を理由に現金を持ち出し、実際には送金しておいた金で支払いを済ませ、持ち込んだ現金はどこかで両替し、両替した現地通貨をその銀行に入金する。


 これならば安全に金を交換することが出来る。和樹はその考えに満足しかけた。

 しかし、取引で支払ったはずなのに、それと同じくらいの金額がほぼ同時に入金されるわけだ。金の交換には成功できたかもしれないが、それでは税務署の調査が入った時、説明がつかない。


 確かに海外の銀行だから国内よりは調査が難しいだろうが、国際的にこれほどまでにマネーロンダリングの監視が厳しくなっている昨今、不審な金融取引があれば、その国から日本の金融当局へ通報されるのではないだろうか。「たかが」一億二億くらいの金額が監視対象となるのかどうかは分からないが。


 和樹は、今度は金が入って来る合理的な説明を考えなければならなかった。

そして、何かを売ったことにすれば良いことに気付いた。当たり前だが、金が入って来る理由として最も妥当である。和樹は金の流れを再度思い描いた。


 まず海外の銀行に、例えば一千万円を送金しておく。次に押し入れの奥から取り出した一千万円を鞄に詰めて渡航する。


 渡航先で何かを一千万円で購入し、海外の銀行から引き出した金で支払う。今度は何かを一千万円で売りつけて、どこかで両替した持ち出した金と共に銀行に入金する。


 そこまで考えて、和樹は何かまだ足りないような気がして、更に考えた。

売るものを買わなくてはいけないことに気付き、和樹は苦笑した。売るものが無ければ一千万円は手に入らない。


 もう一度金の流れを確認する。


 まず海外の銀行に一千万円を送金するのと同時に、一千万円分の何かを買っておく。


 押し入れから一千万円を取り出し、それを持って海外へ渡り、海外の銀行から一千万円を引き出して支払いに充て、同時に既に買っておいたあるものを売りつけて、両替した一千万円と共に銀行に入金する。


 しかし、和樹にはまだ腑に落ちない点が残った。

現地の銀行に入金するのは、売り上げと両替した一千万円の、合わせて二千万円となる。


 もちろん一千万円で買ったものを一千万円で売るわけはないのだから、二倍の値段で売ったことにしても問題ないだろう。これだと二千万円投資して、ちゃんと二千万円のリターンがある。


 いや、実際には押し入れの金と合わせると、投資した金額は三千万円のはずだ。つまり三千万円投資して二千万円しかリターンがないことになり、一千万円減ることになる。いや、一千万円で買った商品が残っている。これを日本で一千万円で売れば、実質三千万円の投資で三千万円のリターンとなり、収支ゼロじゃないか!


 和樹は途中で頭が混んがらがって来るのを我慢しながら、一応マネーロンダリングの仕組みを描いた。


 もちろん、輸送費やその他の経費、手数料といったものはかかってくるし、一千万円で輸入した「何か」が、本当に国内で上手く売れてくれるのかも分からない。しかし、どうにかこうにか、一度に大金を洗浄できる仕組みを思いつき、和樹は満足して缶ビールを開けた。


 しかし構想は立てたものの、話が大きくなり過ぎてしまった。駅の自動券売機や神社で両替するのとは訳が違う。そんなことが本当に出来るのか。


 だが、和樹には、目論見が無いではなかった。


 和樹は大学を卒業してから四年間は、曲がりなりにも一部上場の総合商社に勤めていた。


 総合商社の花形は、海外プラントの建設や鉱物資源の取引などの大型プロジェクトであり、一般商品の輸出入などを扱う部門は地味だった。たいてい東大や京大卒の新入社員は花形部門に配属され、中堅私大出身の和樹が配属されたのは、その地味な部門である食料本部の流通部門だった。冷凍食品やお菓子などの輸入を担当する部署である。


 しかしそこで和樹は貿易実務についての研修も受け、実現できなかったが「ウナギ」の養殖と輸入についてのプロジェクトをまとめた経験もある。資金さえあれば、個人輸入のビジネスを立ち上げることぐらいはできるという自信はあった。


 だが初期投資の二千万円が問題である。もちろん二千万円というのは、あくまでも机上の計算であり、それ以上になるか、それ以下で済むのかは、もっと緻密な計画が必要である。しかし少なくとも海外で取引するには、会社を作らねばならないだろう。貿易会社だ。


 その会社で、一つ二つまともな仕事での実績を作った上で資金洗浄に乗り出す方が安全だ。だがその資金が手元にない。国内でチマチマ金を洗浄しながら気長に資金を貯めこむしかないのか。でも、それでは初音と約束した一年以内というのは無理だろう。


 こんな時になぜ彼女とのたわいない約束を思い出したのか、和樹は不思議だった。


「恋愛ごっこ」と彼女は言った。


 自分も恋愛ごっこだと思っていた。


 しかし和樹は戎橋の欄干にもたれかかって道頓堀川を眺めていた初音の横顔を思い出しながら、こんなことをしでかすとき、心の支えになるのが彼女しかいないことに気付いた。


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