第13話
警視庁捜査三課の山下は、大阪に出向いていた。大阪府警の担当者から、三成銀行中津支店強盗事件の詳細について聞くためである。
「遠くからわざわざお越しいただき、ご苦労さんですな」
応対しているのは、大阪府警大淀警察署の刑事、岸本である。
「捜査資料を見る限り、山崎と中田二人だけの犯行のようですが、東京で奪われた一万円札がこんなに見つかると、やはり共犯者が他にいると疑わざるをえません」
「全部で十枚ですか」
「ええ、しかもすべて駅の自動券売機で使われたと考えられます」
「指紋は?」
「山崎のものも、複数の札で共通する指紋も出ませんでした」
「山崎が大阪で使用した一万円とは考えられないということですな」
「その通りです」
三成銀行市ヶ谷支店で見つかった後、警察で各金融機関に照会してみたところ、同じ日だけで十枚もの該当する紙幣が見つかった。しかも使われた場所はJR、東京メトロ、都営地下鉄といった交通機関の駅ばかりである。明らかに紙幣の出所を隠すための行為としか考えられない。
「銀行強盗犯の一人が山崎であると分かった経緯について、もう少し詳しくご説明いただけませんか。資料は読みましたが」
「はい。そもそも府警の暴対がロシアから持ち込まれた拳銃を捜査していましてね、あの犯行で使われた拳銃がそれに一致したことから大野組にガサ入れをして、最近組を破門になった山崎がすぐに浮かび上がったというわけです」
「なるほど」
「それに、山崎は組の金に手を付けていて、金を返さなかったら命が危なかったんでしょうな。山崎の身辺を洗っていくうちに共犯の中田も浮かんできて、当日のアリバイに不審な点があったので、すぐに二人の逮捕状を取ったわけです。しかし中田は逮捕できたものの、山崎の方はあんなことになってしまいました」
「マスコミがうるさく騒いでいますが、人質が助かっただけでも大手柄ですよ」
「そう言って下さると、ほんま助かりますわ」
岸本の口から思わず関西弁がもれる。
「で、共犯者がいないと判断した理由は?」
「山崎は組からタマを狙われていたわけですから、組関係者でそんな危ないやつに協力するやつなんていませんよ。中田の方は、闇サイトで知り合った山崎に無理やり巻き込まれたようで、金に切羽詰まった挙句のやけくそ的な犯行だと考えています」
「山崎と中田の家族は?」
「山崎は独身。親兄弟はいません。中田は嫁さんと子供がいましたが、商売が傾いてから離婚していて、元嫁さんに事情聴取したところ、ここ三年は音信不通だということでした。もちろん捕まるまでそこに張り込んでいましたが、中田は寄り付きませんでした」
「なるほど、二人だけの犯行と考えるのが自然かもしれませんね。で、金の行方について、その後の状況は」
「いやそれがね、まだ不明なんですわ」
岸本は頭を掻いた。
「残りの金について中田は知らないだろうと、判断していますが」
「しかし二億円奪ったにしては、中田の取り分二千万円は安過ぎませんか?」
「ええ、我々もその点を追求したのですが、中田の言い分では、元々二千万円の報酬で犯行に加わる約束だったということです。あんな大金を奪えるとは考えていなかったようです」
「確かにやってみなければ、どれだけの金が手に入るかなんてわかりませんからね」
「それに中田は山崎に脅されて、借金返済の二千万円あれば良しとして、あとは関わりになりたくなかったと言っています。臆病なやつです」
「誰か人に預けたとか?」
「それも考えましたが、さっきも言いましたけど、山崎には金を預けるほど信用できる知り合いがいません」
「ということは、どこかに隠したということですか?」
「はい、山崎の遺留品から、キャリーバッグのものだと思われる鍵が四個発見されました。メーカーを割り出して確認すると、全国のホームセンターで売られている量産品のバッグでしたが、確かに四つで丁度二億円が収まりそうな大きさでした」
「ロッカーの鍵とかは?」
「それがあったらもう見つけていますよ」
「そりゃそうですね、失礼しました」
「金はそのキャリーバッグに入れてどこかに隠した。そこまでは見当が付いているのですが、隠し場所となると、山崎の逃走中の行動を今全力で捜査していますが、まだ分かっていません」
「そうなると、山崎が金を隠した場所を知っている第三者かがいる、ということですね」
「そうとしか考えられません」
岸本は山崎の足取りから、山下は金の経路から、金の所在と使用した誰かを追いかけることにしたが、いずれも捜査の進展は見られなかった。
そして年が明け、正月の三賀日が過ぎて世間が普通の営みを再開し始めた頃、今度は大阪と京都で、問題の一万円札が相次いで見つかったのだった。
大阪、京都で使われた場所はいずれも神社だった。おみくじやお守りの売り上げから見つかったということである。
「やっこさん、よっぽど信心深いんやな」
「初詣の混雑の中ではばれないと思ったからじゃありませんか、岸本係長」
「あほか、そんなこと当たり前や。しかし、駅にしても神社にしても、使った時はばれへんにしても、直接銀行に札が行くというところまでは頭が回らなかったようやな。おかげさんで、犯人の足取りがかなり掴めたやないか。それに住吉さんにお参りに行くぐらいやから、きっと関西の人間や」
「住吉大社が大阪で一番初詣が多いのは、他の地方の人間でも調べれば分かると思いますが」
「そりゃそうかも知れへんけど、それやったら明治神宮とか成田山とか、関東にはもっとようけ人が集まる神社があるやろう」
「でも、最初に見つかったのは東京ですし」
「最初は出来るだけ遠くで使いたいやろう。そこで上手くいったから、今度は地元で試してみようという気になったんや」
「根拠は?」
「カンや」
「まあ、係長のカンは馬鹿にはできませんけど」
「馬鹿には出来ん?あほか、このカンでどれだけの事件を解決してきたと思っとるんや」
「はあ、確かに」
「ぼけっとしてへんで、神社に聞き込みに行ってこい」
怒鳴りつけられた若手の刑事はしぶしぶ住吉神社に向かった。初詣の雑踏警備に当たった住吉警察署の署員たちにも話を聞いたが、何ら得るものはなかった。
一方金の経路を追っている警視庁捜査三課の山下は、その札が東京駅で使われていることに注目した。そして札が見つかった駅をつなげて使用した人物の移動経路を推測すると、どうやら東京駅を起点にして行動したのではないかと推測できた。
それならば使用した人物は、地方からJRで上京したのではないかと考えられる。しかも東京駅ということは、恐らくやって来たのは東京より西からだ。
山下の推測は、岸本のカンと見事に一致していた。
だが駅の防犯カメラの解析や駅員の事情聴取を精力的に行ったものの、やはりあまりにも人が多過ぎて、絞り込める人物などは見当たらなかった。
しかし、札が更に使われ、もっと見つかるようになれば、かなり絞り込んでいけるのではないかと、山下は考えていた。警察の緻密さと組織力には、絶対の自信が山下にはあった。




