第11話
和樹は、翌週に名古屋辺りで同じように両替をしようと思っていたが、当面の生活費は問題なかったし、ひょっとしたら使用した札のことで何らかのニュースがあるかもしれないと思い、しばらく使用を控えて様子を見てみようと考えた。
またその間に、もっと有効なマネーロンダリングの方法を考えようと思った。しかし、それを思いつかないまま年の瀬も暮れ、いよいよ翌月の生活費が心細くなってきた。
一人暮らしの和樹は、姉も帰省するわけでもなかったから、別に正月を迎える特別な準備は必要なかった。考えてみたら、ここ何年も、正月が特別な日ではなくなっていた。
まだ両親が健在で姉も家にいたころは、どこにでもある正月を過ごしていた。
大晦日には紅白歌合戦を見て、ゆく年くる年を見ながら新年を迎える。元日の朝は、ニューイヤー駅伝をテレビで見ながらおせち料理をつつき、午後には三宮の生田神社に初詣に行って、センター街で福袋を買って帰る。
和樹は懐かしさに胸が詰まった。
今度の正月はどうやって過ごそうかと考え、和樹は、どうせ寂しい正月を過ごすくらいなら、初詣でごった返す神社で両替しようと思った。多分安全で効率が良いはずだ。そして大晦日の夕方、大阪で最も初詣の参拝者が多く集まる住吉大社へと向かった。
難波から南海電車に乗って住吉大社駅で降りる。もう十時を過ぎていて、駅は大混雑だった。駅前から住吉大社へ向かう道も、既に参拝者で埋め尽くされていた。
和樹は道の両側に並ぶ出店で、リンゴ飴、イカの姿焼き・熱いカップ酒を立て続けに一万円で買って、ついでに輪投げにも挑戦し、小さなライターを獲得した。参道に入るとおみくじを二回引き、小吉と末吉を引いた。
厄除けと交通安全のお守りを別々に買い、破魔矢も買った。
本殿に参拝し、たまった小銭を手に掴んで賽銭箱に投げ込み、柏手を打って、この金が早く使える金に換えられ、そして全部換えるまで警察に捕まらないようにと祈った。
丁度午前零時となり、傍にいた若者グループが「ハッピーニューイヤー」と大声を上げると、周りの参拝者も「おめでとう」と声を掛け合っている。その雑然とした人ごみの中を、和樹は一万円札を一枚握りしめながら、それを使う場所を探しながら歩いた。
住吉大社での参拝を終えると、今度は大阪天満宮へ移動し、ここでもスイートコーン、ベビーカステラ、たこ焼きに缶ビールを買い求め、学業成就と安産のお守りに絵馬を買って、絵馬には「儲かりますように」と書いて奉納した。
ここで最初に引いたおみくじは凶だったので、もう一度トライして大吉を引き当てた。
梅田にまで戻って阪急東通り商店街に寄ったが、さすがに前に行った店は閉まっていた。仕方なく、大阪駅に近いビジネスホテルの空き部屋を探し出し、そこで元日の朝を過ごすことにする。
フロントでチェックインすると、ロビーの片隅に樽酒が置かれていて、そこから柄杓で升に注ぎ込んで一気に飲み干すと、いい加減酔いが回ってきて、部屋に入るなりベッドに倒れ込んだ。
その日の両替金額は三十万円余り。翌日正月二日目は、京都の八坂神社に行くことにした。
昼過ぎに阪急電車で四条河原町に着き、階段を上がって地上に出ると、空は気持ちよく晴れ渡り、穏やかな冬の日差しで暖かさを感じる四条通の歩道は、八坂神社への参拝客で埋まっていた。艶やかな振り袖姿の女の子たちが彩りを添えている。人の流れに乗って八坂神社を目指す。
途中の土産物店であぶらとり紙を一つ買い求める。昔付き合っていた彼女に、京都に仕事で行くときにお土産としてねだられた品物だ。別の店で生八つ橋も買った。
八坂神社正面の階段を上がり、本殿を目指す。ここでも出店で生姜糖、みたらし団子、綿菓子を買って、おみくじも二回引く。
本殿でお参りした後円山公園に抜け、茶店の屋外の席で熱い甘酒を注文するが、その時は千円札で支払った。一万円札を使うことに大分慣れてきたものの、やはり長い時間留まる場所での使用は、控えた方が良いだろう。
空を見上げると雲一つない青空が広がり、暖かい日差しが降り注いでいる。希望の持てる新年の予感がした。
和樹は平安神宮と下賀茂尾神社に寄り、伏見稲荷もお参りしてから京都を後にし、神戸に向かった。
「これだけ多くの神社をお参りしたのだから、ご利益が無いはずはない」
和樹は神戸に向かう電車の中で、自分のその考えに思わず笑ってしまい、周囲の乗客に変な目で見られたかもしれないと思って、急いで目を伏せた。
和樹は、大晦日に家を出るときに持ち出した百万円の束を、このお正月二日間でほぼ両替に成功したのだった。




