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第二話

人族と魔族がいて、当然二者の間に子供が生まれることがある。













舌と舌が絡まり、唾液が混じりあい、互いの吐息を交換し合う。

東宮はずいぶんと気分が出ているようだが、ハイディには何の感慨も湧かなかった。


「(残念ながら殿下、殿下のキスは30点と言うところです)」


東宮の右手が胸を掴み、乱暴な感じで揉みしだき始める。

それも乾いた気分でハイディは受け止めた。


「(……残念それは偽者です……これが陛下と父上の言う“事情”と言う奴か?)」


やんわりと、しかし容赦なく東宮を引き剥がすと、よほど自分のテクニックに自信があったのか、まったく快楽に身を委ねないハイディを見て、目を見開く。


「お前…何者だ!」

「五位公爵の娘アーデルハイドと名乗ったではございませんか殿下。よろしればハイディとお呼び下さい」


とびっきり冷めた表情を作り、東宮を見下す。

こういった扱いを受けたことが無いのか、あれ程傲慢だった東宮が、歳相応に怯えた表情をする。


「ひっ」


すっとハイディが一歩踏み出ると、小さく悲鳴を上げて東宮が後退する。


「いけませんわね殿下。女性の扱いというものがなぁにも解かっていない」

「よ、寄るな!」


ゴテゴテした正装の帯を外し、脱ぎ捨てる。

やれやれ、ようやく肩が上げられる。とハイディはおおきく息を吐く。


「お可哀想な殿下に私が幾つか大事なコトを教えて差し上げましょう」

「ア、アリシア!たすけてっ!」


逃げようとした東宮の腕を掴み引き寄せる。


「世の中には殿下のお力が利かない者もいるのですよ?」


人族と魔族のハーフは、等しく人族として生まれてくる。

角や羽を受け継ぐこともないし。

魔力や尋常ならざる膂力を発揮することも無い。


ということになっている。


実際に、古今東西の記録を紐解いても、魔族の形質を引きついだ子供が生まれたという記録は無い。

そりゃそうだ、そんなことを記録に残すこと許すほど教団はバカじゃない。

非常に稀だが、魔族の形質を引き継いで生まれる子供は居る。

ついでに言えば「隔世遺伝」とかいうので(技術の進んでいる魔族にはそういう概念があるそうだ)、人族の両親を持っていても、これはさらに稀だか、なんらかの魔族的形質を持った子供は生まれるのだ。

つまり、後者がハイディの手の中で怯えている東宮殿下であり。


「(前者が母親から力を引き継いだで俺)」


望んで得た形質ではない、むしろ唾棄すべき、忌々しい力。

それが今役に立った。


「お前……もしかして私と同じ?」

「私の場合はかなり強く力を受け継ぎましたので、父曰く『半魔族』と言っても差し支えないそうです」


せめてあの泣き虫で子供っぽい母親が有角族だとか翼人族ならば良かった。

生憎なことに、あの母親は……夢魔ナイトメアだった。

……いや取り繕うのはよそう、あれは女淫魔サキュバスである。

父と母の出会いは知らない。

問題は彼が女淫魔としての能力を受け継いで生まれてきたコトにつきる。

魅了の魔力と精気を吸い取る能力

ま、そんな所が女淫魔の能力である。


東宮の力は恐らく曾祖母であった皇太后陛下から引き継がれた魅了の魔力だろう。

龍人族であられた皇太后陛下は、当時の魔王陛下にお願いして、能力のほぼすべてを捨てて嫁いできたはずだ。

それが何の因果か殿下に受け継がれたいたとは……

龍人族は強い力を持つ魔族であり、知能も高く、気高い種族なのだが、一つだけ大きな弱点がある。

好色なのだ。


「(そんな形質も殿下は受け継がれてしまったか……)」


とはいえ「隔世遺伝」だからか、魅了の魔力はハイディには利いていない。

淫魔であるはゆえに魅了の魔力への抗魔力が高いだけなのかもしれないが。


「さて」

「ひっ!」


怯える東宮を小脇に抱え、下穿きをむくと、容赦なく可愛い尻をぶったたく。

パシーン!と小気味の良い音が部屋に響き、殿下が悲鳴を上げる。


「悪いことをしたらおしおきを受ける。殿下は一つ賢くなられましたね、ようございました」


といいつつもう一つ。


「よろしいですか殿下?女性は愛で慈しむべき存在です、己の欲望のままに乱暴をして良いものではないのですよ?」

「わかった!わかったから!もう止めてくれ!」


聞き入れずもう一つ。


「今のはお嘆きになられている陛下の分」


もう一つ。


「こちらはそこでぐったりされている妃殿下の分」


さらにもう一つ。


「最後に私の分です」


人生初の衝撃と痛みと恥辱で気絶寸前の東宮をベッドへ放り投げる。


「きゃぁ!」


…きゃぁ?

男子にあるまじき可愛らしい悲鳴が東宮の口から漏れる。

慌てて口を塞ぐ東宮。

なぜ慌てる?


「殿下」

「なんでもない!」

「嘘は良くないですね」


ベッドへ乗り上げ、膝行で殿下ににじり寄る。

もうさっきの比ではないレベルで怯えているが、気にせず追う。

さっきから気にはなっていたのだ。

這って逃げる殿下を捕まえると。

半裸の殿下の上着、その前を容赦なく開く。


「やぁっ!」


優しく胸部へ手を伸ばしただけだ、それだというのにまるで女の子のような悲鳴を東宮が上げる。

ああ、やはり胸が有る。間違いない。

小さいが確かに膨らみかけの乳房がそこにある。

これはまさか……

ひょいと下半身に手を延ばす。

ちゃんと有る。

男子の象徴たるアレが。


にぎにぎ。


「や、やだ!ハイディやだ、止めて」


可哀想なのでもう一箇所の確認は止めるが……これは間違いない。


「殿下は半陰陽であらせられましたか」


そりゃ陛下も頭が痛いだろう。俺も痛いと、ハイディはこめかみに手を伸ばした。





半陰陽。

雌雄同体、俗な表現をするとフタ○リという奴である。

魔族の中には雌雄同体とか雌雄変態するのもいるらしいが。

なんだってそんな厄介な形質をどこから引き継いだのか。


「ないしょだぞ!このことはお祖父様とアリシアとエステルしか知らんのだ!絶対に知られてはマズイのだ!」


エステルというのは確か女官長の名前だったか。

まずいのか?うーむ、まぁ陰謀渦巻く宮廷だしな。

でしたらまず生活態度をなんとかしなさい。

このおバカ……というのは少々忍びない。

これは、甘やかされて育った子供なのだ。


「お静かにアリシア様が起きてしまいますよ?」


とりあえずぐったりとしているアリシア様に寝具をかけようかと思ったものの、汗やらなんやらで、べちょ、としたのでソレは止めて自分のドレスの上着をかけてやる。

ついでに床に散乱する服の中でまともそうな状態のものを殿下に投げつけ、着るように命じる。


「着せてくれんのか?」

「殿下はお尻を叩かれるプレイがお気に入りなられたのですか?」

「着る!自分で着るから!それは止めてくれ!」


ドMに目覚める前に止めておいて良かったな。うむ。

自分も残ったドレスを身に纏い、帯を締める。大分着崩れているがまぁ良いだろう。


「ハイディ……尻が痛くてズボンが穿けん……」

「自業自得です我慢なさいませ」

「うう……ハイディの意地悪」


はいはい、なんとでもおっしゃいませ。アメ役はアリシア様にお任せいたしますので。


「さて女官長殿、そこにおられるかな?」


ドアまで歩みより、普通の音量で声を掛けてみる。

果たしてガチャリと音がして鍵が開く。


「お見事な手腕でございましたアーデルハイド様」


全部聞こえてんのかよ。地獄耳だな。とハイディは嫌そうな顔を一瞬する。


「ハイディで結構」


ここまで案内した先ほどの女官だ。

なんで殿下付の女官長が平女官のお仕着せを着ているのか。

言いたいことは色々あるが、まずはこの部屋をなんとかせんとならん。


「まずアリシア様を清潔なベッドに。あとこの部屋の後始末は頼めますか?」

「敬語は結構ですアーデルハイド様。万事私“共”にお任せ下さい」


そう言うと同時に、女官長が増えた。

正確には女官長の影から女官長に良く似た幼女が次々と湧き出してくる。

分裂魔人、とびきりレアな上位魔族だ。


「(……まぁ使える手駒が多いのは越したことは無いか)で、当面の敵は?」

「さしあたって三位公爵様が」

「弟宮様の実家か……あちらはこの輿入れをなんと?」


五位公爵が殿下に味方についたと認識したのだろうか?


「いえ、純粋に放蕩殿下に五位殿が庶子の娘をあてがった、と思われているようです」


げんなり……


「恐ろしいことに今宮中に五位殿のことを悪く思うものは居ませんので」

「どんだけタヌキなんだあの親父は…」


ひどく腹が立った。

ようするにハイディの役目は、道化だ。

東宮位を巡るゴタゴタも、父と陛下の間ではすでに算段がついているのだろう。

仮定ハイディが何もせずにいたとしても、三位公爵殿は意に介さない。


「(俺の役目は、妃殿下の体調を慮っての代理、という所だろうか?)」


逆に殿下を立派に教育して、脅威を抱かせたとしても、精々あちらの目をそらす囮にしかならない。

ああ、腹が立つ。

なんとかしてあの完璧超人の鼻を明かしてやりたい。

はらわたの煮えくり返るような怒りと憎悪を、今頃したり顔で酒でも飲んでいるであろう父親に抱く。


「私共は殿下のお味方でございます。ご要望があればなんなりと」

「とりあえずは、殿下の矯正の協力してもらいます……本来は女官長の役目では?」

「生憎、アーデルハイド様が考えていらしゃっるよりも殿下の魅了の魔力は強うございます」


あ、そうなんだ……

なんだかなぁ……

とハイディはぼやく。


「エステル!」


半ベソかいてズボンを穿いていた東宮が、女官長の姿を認めて彼女に駆け寄ると、その背後に隠れた。

ちょこん、と顔だけを出して、ハイディを威嚇するように睨む。

ガキである。

ただ、しっかりと女官長の尻に身体を押し付けている辺りに反省の色が見えない。


「(やれやれ)」


ガキはとりあえず放置し、ベッドに横たわる東宮妃、アリシアに近寄る。

先刻からの騒ぎにもまったく反応しないことを怪訝に思っての行動だった。


「妃殿下?アリシア様?……っ!!」


慌てて周囲を見回し、舌打ちと共にドレスの上衣を脱ぐと、さらにアリシアを包む。

先刻までぐったりとしていたアリシアだが、今はガタガタと震え、体が熱い。


「なんて軽い……」

「アーデルハイド様?」

「女官長すぐに表に使いを」

「ご用向きは?」

「アリシア様ご不快につき、大至急医師を派遣されたし、と」

「かしこまりました」


ハイディの命令を聞いた女官長は耳に手を当て目を閉じる。

どうやら離れていても別の個体に連絡ができるらしい。

一方でぱたぱたと部屋の掃除をしていたロリ女官長を捕まえてハイディは次々と指示を飛ばす。


「アリシア様のお部屋に案内を、寝具の用意を急ぎなさい」

「あい!」

「毛布があるならありったけ!毛皮でもいいわ、それから水を用意なさい、冷却用と飲料用よ!」

「あい!」

「ああ、女官長、コトが大きくならないように、陛下か父上に話を持っていきなさい!」


忌々しいがあの親父殿は使える。


「心得てございます」


指示を飛ばしながら、アリシアを抱きかかえ、ロリ女官長の案内でアリシア様の部屋へと向かう。


「すっかりこの宮の女主人の貫禄でございますね」

「んなぁことはどうでもいいわ、医者は!?」

「もう少々お待ち下さい」

「ハ、ハイディ!アリシアは大丈夫なの?」


事態についていけず、しかしおろおろと狼狽しながら、その最後尾を付いて来ていた東宮が、勇気を振り絞り、怖い新妻に話かけて来た。

一瞥したハイディは女官長に支持を飛ばす。


「殿下を隔離しておきなさい、邪魔です」

「ええ!」

「かしこまりました」

「エステル!」


自分に誰よりも忠実な女官長の裏切りに、絶望的な表情を浮かべる東宮。

少々可哀想だが自業自得だ。

新たに女官長の影から、十代後半くらいの外見の女官長が沸いてくる。


「殿下。私が付いております、ご安心下さい」

「やだ!ぼくもアリシアと居る!やだよぉ!」

「やかましい、はやく連れて行きなさい」

「……はい」


新たに出てきた女官長がハイディを睨みながらも、渋々といった感じで命令に従う。

泣き叫ぶ東宮を抱き上げ連れて行く。


「なんですアレは」

「申し訳ございません、アレは一番殿下に甘い個体でございまして」


分裂した個体にも個性があるのか。

アリシアを寝台に横たえ、寝間着を着せてやりながらも、謎の多いレア魔族の生態に関心する。


「ようするに、閨に侍る個体ということね」

「僭越ながら」

「まぁそんなことは今はどうでも良いわ。水」

「こちらに」


水を飲ませようにもアリシアは自力で水を飲み込める状態ではないようだった。

仕方なく水を口に含み、アリシアの唇を優しく開かせ、口移しで水を流し込む。

一回に流せる量はたいした量ではないので、何度も繰り返す。

そのうちにアリシアの白い肌が紅潮してくる。


「なにをしておいでなのです?」

「生気を吸い取る逆の要領で、私の生命力をアリシア様に流し込んでるのよ」


(精力ではなく)生命力そのもの吸収能力は、肉体的に貧弱な淫魔にとって唯一の自衛手段である。

ただ普通はその逆などとという器用なマネはできないのだが。


「お器用でいらっしゃいますのね」

「まぁ色々あったのよ」

「左様ですか……お医者様がお着きなられました」

「急がせなさい」

「はい」






「大事ないよ、過労と栄養失調、それに軽い脱水症状だね」


額に第三の目を持つ魔族、三眼族の医師は淡々と告げた。

宮廷に侍る医者なので、あまり余計なことを言うつもりはないらしい。


「栄養剤の点滴して、あと睡眠導入剤を処方したので今はお休み、二三日は安静にしていれば問題ないかな?」


さすがに技術の進んでいる魔族でも、特にインテリな三眼族、ちんぷんかんぷんな言葉で説明してくれる。


「先生、人族の私にも分かる言葉で説明をしていただけるありがたいですが」

「ああ、ごめんごめん。まぁ簡単にいえば疲労と寝不足の対策に眠くなる薬。あと飲まず食わずだった対策に、食事代わりの薬を少しずつ飲ませていると思ってくれれば」

「(あのばかたれ殿下が……)わかりました、ありがとうございます」


うやうやしく首を垂れるハイディに、やりにくそうに医師は眼鏡を直した。


「応急処置で水を飲ませたのは良かった、さすがは五位殿の娘御だ」


それは褒め言葉ではない、とばかりに小首をかしげ、怖い笑みを返すハイディに、医師はややたじろぐ。


「えーと看護婦の派遣は?」

「私が致しますので不要かと」


アリシア様付きらしい、少女女官長が挙手する。便利なものである。


「点滴が終わったら―」

「その辺も心得てございます」

「あっそう……じゃぁよろしく」


長居は危険と感じたのか、医師は早々に退散してゆく。

後をアリシア様付きの女官長(少女)に任せ、ハイディと女官長(おそらく本体?)はアリシアの部屋を出る。

キリキリと痛む頭を、こめかみを揉み解しながら、ハイディは廊下を行く。


「女官長、陛下に大事なかったことの使いを」

「既に済んでございます」


仕事が速いな。と女官長の優秀さに内心で舌を巻く。


「しまった医師殿に余計なことを言うなと賂を渡すのを忘れていたわ」

「それも済んでございまし」

「助かるわ……」


目的地である、食堂にたどり着く。

そこでは別の少女女官長に世話をされながらも、心ここにあらずという風情の東宮殿下が食事用のテーブルにぽつんと座っていた。


「ハイディ!アリシアは?アリシアは大丈夫なの?」

「大事ないそうです」


ハイディに気が付いた東宮が火がついたような様子で突進してくる、しがみついて喚く。


「本当?嘘じゃないよね?」

「嘘ではございませんよ」


安堵したのか、べしょべしょと泣き始める東宮。鼻水まで垂らしてハイディのドレスを汚していく。

殿下は幼い頃にご両親、先の東宮殿下と母君を亡くされている。

後見であった二位公爵家も、その時の騒ぎで断絶。

この広い後宮で親族と呼べるのは祖父母と当時まだ存命だった皇太后陛下。それと腹違いの弟宮様だけ。

魔族の形質が覚醒してからは、おそらく女官長と二人きりだったのだろう。

この尋常ならざる幼稚さも、寂しさの裏返しであり、我がまま放題に育ったせいか。

そこに自分の「お嫁さん」であるアリシア様が現れたのが半年前。

それは寵愛も深くなるだろう。

しかし限度というものがあるだろうに。

この怯えようも、アリシア様が死んでしまうのではないか?という恐怖によるものか。


「ハイディ様、午後のお茶と致しましょうか?」

「そうして頂戴、流石に少し疲れたわ」


結構な量の生命力をアリシアに流したのだから、当たり前である。

指先がぴりぴりと痺れ始めていた。







午後のお茶……アフタヌーンティーは元々有角族の習慣である。

「鬼」と呼ばれる彼らは、食道楽として名高い。

朝昼晩以外にも午前と午後の間食、さらに夜食まで食べる。

その中でも比較的優雅な習慣として、この「午後のお茶」は魔王領、そして中原にも広まっていた。

小さなラウンジテーブル上に、三段のテースタンドが中央に鎮座、さらに所狭しと皿が並べれている。

ケーキやプディングのような茶菓子だけでなく、軽食も出るのがアフタヌーンティーの特徴である。

生命力の譲渡で疲労したハイディは、菓子には目もくれず、サンドイッチを上品に、だが黙々と胃に納めている。

状況を察してくれている女官長が、ハムやベーコン、スモークチキンといった肉類を挟んだものを用意してくれているのがありがたい。

一方で東宮は、焼き立ての菓子に塗りたくったジャムやクリームで、口の回りをべとべとにしながら、にそれらを頬張っていた。

ただひっぱたかれた尻が痛いのか、時折顔をしかめては尻の位置をもぞもぞと直している。

一言で言うと、大変見苦しい。


「殿下」

「な、なんじゃ!」

「もう少し行儀良くなさいませ」


尻が痛いのは貴様のせいだ、という感じで東宮が睨む。


「後で軟膏を塗って差し上げます。それよりその口元なんとかなりませんのですか?」


それが許されるのは五つか六つくらいの子供までだ。

東宮は媚びた表情をつくると、可愛らしく指をくわえながら


「ハイディが拭ってはくれんのか?」


とのたまった。

稚児趣味のあるものなら、男でもイチコロ。

そうでなくとも、母性本能を刺激されるか。

あるいは、魅了の魔力に負けて、喜んで東宮の口元を拭ってやっただろう。

だが


「私はあなたの乳母ではなく、側室でございますので」


生憎、新しい嫁には通用しない。

優雅な所作でお茶を味わい、茶を淹れた女官長を誉める称える。


「普通側室は夫の尻をぶったりはせんと思うぞ」


小声でボソリと洩らした東宮の愚痴。

良い感じの笑顔とともに「なにか?」と返してやった。


「なんでもない!」


残念、新しくやって来た嫁は鬼嫁でございます。


「では私が」


殿下の横に侍っていた少女女官長がの口元を拭ってやる。

しまりのない顔の殿下。妙に敵対的なその固体に、イラっとくる。


「あまり甘やかさないように」

「申し訳ございません」


ハイディの指示に横に侍る女官長(本体?)が首を下げる。

それに対し少女女官長はキツ目の視線を俺に向けてくる。正直めんどくさいことこの上ない。


「さて一息つきましたし、改めて挨拶を殿下。五位公爵家のアーデルハイドでございます、本日より殿下のお傍に侍ることになりました」

「帰っても良いよ?私にはアリシアが居るから側室はいらない」


というか帰って欲しいのだろう。必死な様子で言う。


「生憎ですが。陛下より東宮内侍のお役目を頂戴しておりますので」

「ええぇ!」


東宮内侍というのは東宮に使える女官の一種である。

ただの女官が東宮のプライベートの世話役であるのに対し、内侍は公的な秘書官に当たる。

成人前の東宮殿下にはまだ公的行事は殆ど無い。

現状では「東宮の教育役」といった所か。


「差し当たり、まず向こう五日間、アリシアさまとのセックスは禁止です」

「えええええ!」


この世の終わりを見たような絶望的な悲鳴をあげる東宮。

どんだけ中毒なんだこのガキ。


「その後も一ヶ月は週一回程度にして頂きます」

「そんなことをハイディに決める権利は――」

「残念ですがございます」


東宮の抗議に女官長が割り込む。

再びの女官長の裏切りにぽろぽろと泣き始める東宮。

それを少女女官長が慰めると、抱きついてぐずぐずする。

しっかりとその豊満な胸に顔をうずめている。イラっ!と来たのであれを引っ込めろと女官長(本体?)に命じる。


「やだ!エステル置いてかないで!」

「殿下!」


本体の命令で嫌々ながら影に沈んでいく少女女官長、まるで引き裂かれる恋人同士のような、二人の小芝居に頭が痛い。


「ひどいよハイディ!」

「だまらっしゃい!アリシア様のご病気の原因は殿下ですのよ?わかっていますの!」

「ひっ!!」


ハイディの一喝に、ショックを受けた殿下が怯え、縮こまる。


「三日三晩に渡って責め続けた殿下のせいであることは確定的に明らかでございます」

「獣の所業ね」

「まったくもって」


じとーっとした女二人(正確には俺は女ではないが)に半べそのままますます縮こまっていく東宮。


「だって!だって!アリシアは僕のお嫁さんだし……」

「まぁ良いでしょう。そのセックス依存症の治療も、このハイディにかかればすぐでございます」

「ひぃ!」


何をされるのか?という恐怖のあまり東宮が凍りつくような悲鳴を上げる。

とりあえず無視。


「女官長。殿下のお勉強の方はどうなって?」

「非常に遅れております」

「当分は朝から晩までお勉強ね、手配をお願い」

「かしこまりました」


勝手にスケジュールが組み上げられていく、かばってくれる女官長はいないし、もう逃げ出したい気分だろう。

ただ逃げたらもっと酷いことになる、それを本能的に悟っているのか、ぷるぷると震えながら東宮は泣き出す。


「こうして殿下をお諫めできる日がくるとは……ハイディさまのお陰でございます」


しみじみと、心底嬉しそうに女官長が言う。

衝撃的な告白に殿下は、女官長に突撃すると、ぽかぽかと駄々っ子のように暴れる。


「えすてるひどいよ!いじわる!ばか!」

「もうしわけございませんでんか」


棒読みで返す女官長にますます幼児退行し泣きつく殿下。

先は長そうだ……と修羅の道を想像し、思わずハイディは重い溜息を吐いた。







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