序
「父上、今…なんとおっしゃいました?」
疲れているせいだろうか?幻聴が聞こえた気がする。
「お前を東宮殿下の妾として後宮に入れる、といったのだ」
東宮、次代の帝たる皇太子。
いまだ成人前の、今上の帝のお孫様。
帝国貴族の娘ならばいつかは政略として他家に嫁ぐことは逃れ得ぬ定めである。
当家の家格を考えれば東宮殿下の側に侍るのは何もおかしなことではない、自分が庶子であることを差し引いても、その気になれば正式な妃の一人として後宮に入ることもできる。だが
「表向きは東宮内侍として出仕することになるがな」
正式な妾妃でもなく、表向きは秘書官である内侍として仕え、さらに夜伽の相手もしろ。
そう父は言っているのだ。
ただ最大の問題はそこではない。
「父上。私……いえ俺は男ですが?」
そう、俺が眼前の父を心底憎み、東宮殿下の側に侍ることのできない最大の理由。
それは俺の性別が女子と偽り育てらた男子だからだ。
「表向きは女となっているし、そう育てた、十分な貴婦人教育もした。問題は無い」
大有りである。
いかに生まれてこの方ずっと女として育てられ、今も女装し化粧し、下手な娘よりも美しく見えるが、身体は男のままだ。
閨に侍り夜伽をすればバレる。
「いずれにせよ今上のご下命だ、拒否権は無い」
「ぐ、ぐぬぬぬ」
例え当家が五位公爵家といえど、今上の命とあれば拒否権は無い。
そうして俺は後宮へと放り込まれることになった。
混沌に浮かぶ九つの並び行く世界の一つ。
四柱目の創生神が産み出したとされる世界。
その中の大陸の一つ「青の大陸」は人族と魔族がゆるやかに対立しながら共存する大陸である。
大陸東部を人族の宗教国家「法国」が支配し
大陸西部には魔族による連合国家「魔王領」が存在する。
それらに挟まれた大陸中央部、中原地方には一つの王朝から分かれた四つの国家があった。
物語はその四つの国の一つ、中原西部に版図を持つ、最も魔族の領域に近い人族の国家。
「帝国」で幕を開ける。




