就活ローン
もうそろそろ就職活動が始まりますね。そんなわけで何となく思いついて書きました。
『内定が取れないで悩んでいる貴方に耳よりの情報!
このサイトに登録(無料)してくださった方だけの特典!
エントリーシート記入時に志望動機の欄に「当サイトを見た」と記入して頂くと、
優先的に次の選考段階へ移ることが出来ます! ウソのようでホントの話!
どうしても信じられない方はまずはお試しあれ!
例年約3万人の実績!
先輩達からの喜びの声が続々と!
「学歴に自信が無かったのですが、このサイトに登録して志望した所まさかの東証一部上場の大企業に合格! 本当にありがとうございました!」
「研究が忙しくてエントリーシートを書く暇が無かったので、駄目もとで三社だけ送ったのですが… 結果三社とも内定が取れました!」
「人前で話すのが致命的に苦手で、お前はどこも受からないだろうと皆から馬鹿にされていたのですが… 案の定、本番の集団討論でも周りが積極的に発言する中、自分だけどもってしまってこれは落ちたと諦めていたのですが、なんと自分だけ内定ゲット! 今でも信じられません! 馬鹿にしていた奴らを見返してやることが出来ました! このサイトには感謝しています!」
さぁ、本気で受かりたい方は今すぐ本サイトの会員に!』
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「…しかし、いつ見ても胡散臭い宣伝文句ですねー」
女性社員が自社の学生向け就活サイトを見て苦笑いする。後ろにいた上司が煙草をくわえながらご機嫌そうに軽く小突いた。
「でも登録者数は年々増えている。この喜びの声だって本物だしな」
「ウチを通して合格した人達は、自分の給料の10%がこっちに流れてきているなんて夢にも思わないんでしょうね」
内定者がその企業で働き始めて3年。その間は給料の1割がこの会社へ 紹介料として流れて行く。しかもこのサイトを載せるのは就職活動が終わりかける8月頃だ。社長曰くあくまでも取り過ぎないようにするのがコツらしい。
「はは、向こうもそこまで馬鹿じゃないさ。自分たちの給料や待遇がおかしいってことは薄々感づいてるだろうよ」
「…訴えられたりしませんかね?」
入社して日の浅い女性社員は不安そうな顔をする。
「ウチに矛先が来ることはまずないだろうさ。待遇云々の悪口を言うにしたって、それぞれの企業に向けてだ。全部の企業がブラックだなんて言えばその情報の信頼性は途端に薄れてしまう。それに、この商売で得してるのはウチだけじゃないんだぜ?」
給料1割カットは最初の3年間。それ以降は会社の裁量に委ねられる。企業側としても若い労働力をより安くこき使えると概ね好評だ。
「離職率も半端なく高いんですけどねー…」
「替えなんていくらでもいるんだよ、今の時代。何なら外国から取って来てもっと安く使ってもいいんだしさ」
薄給と激務に耐えきれずに退職した者なんて世間一般では「根性無し」「最近の若者は」とか言われて軽くあしらわれるのがオチだ。ネットの上でいくら喚こうが現実世界には何の損害も無い。
「こんなド腐れた世の中で食ってくためだ。足の引っ張り合いでもしねーと。足で人を踏んづけている連中よりかよっぽどマシさ」
上司は未だに火が点けられていない煙草を咥えながら喫煙室へと向かった。
女性社員は入社したての頃にしか会ったことのない社長の姿を思い出していた。
社長は幼少時に交通事故に遭い、顔全体が酷く歪んでおり、その上吃音症だった。
この会社はそんな社長の10年間の引きこもり生活の後に立ち上げられたものであった。