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crack moon  作者: 蒲公英
8/13

望月

ひとりで仕事していると、時々時間が見えなくなることがある。

30日を自分の仕事納めと決めて、大晦日は大掃除と正月準備にあてた。

正月に、何か予定があるわけではない。

そう決めてしまわないと、一年の区切りがつかないような気がするだけだ。

涼太は30日の夜に訪れ、正月は友達とスノーボードに行くと言って帰って行った。


女のひとり住まいで、しかも在宅の仕事なので、大掃除といっても普段の掃除を幾分丁寧にするだけだし

おせち料理を用意するわけでもない。

ひとりで除夜の鐘を聞いて、夜空が晴れていれば毎日と同じように庭に出るだけだ。

庭に居るしゅーこさんは、寂しそうだ。

でも、俺と居ても寂しそうだ。

寂しいなんて、思ってはいなかったのに。


寂しいと思っていたのは、離婚する前だった。

私の差し出すものと夫が望むものは、これだけ違うのだと説明された時のほうが寂しかった。

違う空気を纏ったもの同士が、同じ場所に座っている。

混ざり合わない空気ならば、温度すら感じないほうがいいと思った。

あれこそが孤独ではなかったろうか?


涼太の手が、私の指を握りこむ。

体温を分け与えようとして、指を絡ませる。

私が受け取ろうとしていないのか。

受け取ることをためらう原因は――年齢だとか、世間体だとか、将来に繋がる何かだとか――それだけか。

混乱を涼太に押し付けているのだ。


涼太が訪れる筈のない庭に立ち、フェンスの外側を影が通るたびに目を凝らす。

何を待って、どうしたいのだ。


「しゅーこさん、ただいま」

涼太がスキー場の土産を抱えてきたのは、4日の夜だった。

「昨日の晩来ようと思ってたのに、寝ちゃった。初詣で、もう行っちゃった?」

「どこにも行ってないわ。里帰りしてきた幼馴染が、少し顔を出しに来たくらい。いつもと同じ」

涼太の腕が私に向かって伸びる。

「俺に会いたいとか思ってくれないの?」


「涼太君が、何故こんなに私に会いにくるのか、まだわからないの」

「そんなの、会いたいからに決まってるじゃない」

「どこが気に入ったのか、よ」

そんなことを確認しても、何にもならない。

「顔、指、それにやさしい。でも、他に説明ができない何か」

「やさしくはないかも知れないわよ」


涼太の指が、シャツのボタンを外していく。

胸に唇を這わせながら、もどかしそうに自分のジーンズのファスナーを下ろす。

涼太の身体は熱い。

女の溜息が聞こえる。

声を立てているのは、私か。


「しゅーこさん」

キッチンからもれてくる灯りの中、涼太が囁く。

「俺を見てよ」

組み敷かれた体勢のまま目を開けると、ぼんやりとした輪郭の涼太に見下ろされている。

訴えかけてくるような視線と絡まり、目が離せない。

「俺をもっと見てよ」

直後、やさしい口が落ちてきて、私の唇の上で「好きなんだよ」と動いた。

瞳の印象を残したまま唇が重なり、穏やかな動きの中で私は深く達した。

見て欲しいと望まれることが、何かを呼び起こしたように。


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