悪役令嬢の娘である私は身分を隠して学園生活を送るも腹黒王子にバレてしまい……
失敗したかも。
休日の今日、街付近の丘で読書をしていた私は街に大型の鳥モンスターが現れたということで念の為に避難を始めた。その最中に川で水蛇に襲われている男性を見つけて救助。
人を助けることは間違ってはいない。
けど、助けたのが第三王子ウィリアム・ディプトリー・ゴッドハルドだったとは──。
いや、それでも普通ならば喜ばしいことだろう。なんといっても王子だ。王族を助けたとなると褒美や表彰を貰えるかもしれない。
でも、私にはそれは芳しくないことだった。
「大丈夫ですか?」
背中を叩いて、水を出してやる。
ウィリアム王子はゲホッと水を口から吐き出す。
人の足音を感じてそちらへと振り向くと、騎士団が王子の名を叫び、こちらへと向かってきている。
私は立ち上がり、川辺に置いたバッグを取り、この場を去ろうとした。
「君……名は?」
ウィリアム王子がうっすらと目を開けて私に尋ねる。
けれど私は名乗らずにこの場を駆け足で去る。
私は名乗ってはいけないのだ。
だって私は悪役令嬢の娘だから。
◯
家に帰ると使用人のティモシーがずぶ濡れの私を見て驚く。
「なんですか? 一体何が?」
「それはね、さっき街に──」
「バスタオル持ってきますから」
ティモシーは奥へと向かった。
そしてすぐにバスタオルを持って戻ってくる。
「ありがとう」
「お嬢様、すごいずぶ濡れじゃないですかー。服を脱いでください。何があったんです?」
「ああ、うん。実は──」
「そうだ。お風呂入ります?」
「そうね。今日は早く入ろうかしら」
ずぶ濡れで冷え込んでしまっているからお風呂で体を温めたい。
「すぐ沸かしますね」
そう言ってティモシーはお風呂場に向かう。
私はバッグを椅子の上に置いた。そして中身は確認。濡れてはいないから大丈夫だと思うのだけど。
「あっ!?」
本が無かった。図書館から借りた本。
私は記憶を辿り、本の行方を思い出す。
私は丘の芝で本を読んでいた。そして街に巨大モンスターが現れたと聞いて、私はバッグと本を持って一応避難した。巨大なモンスターが現れたら小型のモンスターも現れる可能性が高いから。
それから私は川で水蛇と青年の影を見た。バッグと本を置いて──。
「そっか。戦闘後にバッグだけを拾って──」
◯
「どうですか? 湯加減は?」
家の外で薪を焚べて湯を沸かしているティモシーが尋ねる。
「ちょうど良い湯加減よ」
私は風呂場から外のティモシーに向け、大声で返事をする。
「それでどうしてずぶ濡れだったんです? 街は雨が降っていたんですか?」
「違うわ。人助けしてね?」
「人助け?」
「ええ。実は街でモンスターが現れてね」
「まさか戦ったんですか!?」
「ええ。でも、人には見られてないから。大丈夫よ」
「見てた人いるかもしれませんよ」
「大丈夫。戦ったのは街ではないから。初めはね、街に大鳥型のモンスターが現れて、それを騎士団が討伐してたの」
「騎士団? 街にですか?」
「ええ。第三王子がいるからでしょうね」
「ああ。学園内にいるそうですね」
「それでその時、私は街から少し離れたところにいてね。それで街にモンスターが現れたから一応避難したの。そしたら川辺で水蛇に襲われている男性を見つけて救助したの」
「それでその水蛇を倒したと」
「ええ。それでずぶ濡れ」
「その相手の方は?」
「生きてる。肺に水が入ってたけど、私が背中を叩いたら水を吐いた。意識は朦朧としているから私の顔はよく覚えてないはず。その後すぐに騎士団が来て、私は去ったの」
ま、仮に顔を覚えていてもあの時はメガネも外していたし、三つ編みも解けていたから学園で会っても私と気づかないはず。
◯
「いいですか! 決して身分がバレるようなことをしてはいけませんよ!」
夕食の席でティモシーが注意してきた。
先程は外の人に聞こえる可能性があったから、すぐに切り上げたのだろう。
「分かってるわ。バレないように心がけている。今日のは不幸な事故よ」
そう言って私はシチューを食べる。
「女の子なんですから見て見ぬふりをしてもお咎めはなかったのでは? 相手はあの水蛇なのでしょ?」
水蛇は大きいだけでなく川の中では厄介な存在。
「でも、さすがに見て見ぬふりはね……」
「単独で倒したとなると注目されますよ」
そう言ってティモシーは肩を落とす。
「ま、向こうは私の正体が分からないから平気よ」
「もしお嬢様がロザリア様の娘とバレると……」
「大丈夫よ。レイヴンハート家とバレるようなことはないから」
◯
16年前、母が私を身籠っていた頃だ。母はある容疑で官憲に捕まった。
それは──前王の殺害で。
母は無実であると切実に訴えていたが、母の言葉はことごとく無視されて、とんとん拍子に裁判も執り行われることなく判決が下された。
しかもその判決を下したのが裁判長でもなく神官だった。
それでも母は訴え続けた。自分は無実だと。
それに腹を立てた神官は、なんと母のギロチン処刑の前に父を処刑。
母は泣き叫んだ。
目の前で愛する夫が処刑されたのだ。
神官は笑った。
「これはお前のせいだと」
母は怒った。目を尖らせ、神官を睨む。
そして言葉を吐く。
無実を? いや、呪いを。
神官、前王の妃、貴族、王妃、第一王子を。
「呪ってやる。絶対に許さない。呪ってやる。必ず。お前達を絶対に呪ってやる」
母が叫ぶと天候が荒れた。もともと空一面が鈍色の曇り空だったが、まるで夜になったといわんばかりに雲が黒くなった。
暴風が王都を薙ぎ、大雨が処刑場に集まった民衆を叩いた。雷は空を割らんばかりに鳴り響き、稲妻が王都に落ちる。
急な天候に処刑は中断。
けれど、母の呪いは王都に木霊した。例え、暴風、大雨、雷鳴、民衆達の悲鳴が空に響こうが母の呪いは民衆や神官、王族、貴族の耳に入る。
その呪いはまるで記憶に刻み込まれるかのように強く強く残る。
その後、母が恨んだ相手は次々と謎の不審死を遂げた。
するとどうだろう、貴族達は恐れたのだ。
このまま処刑すると自分達も呪われるのではないのかと。
この時、第二、第三王子しか生まれていなかったため、王も今後の世継ぎのことを考え、処刑を遅らせた。
母は塔に幽閉され、私は塔の中で産まれた。
私が物覚えがつく頃に幽閉が秘密裏に解かれ、母は実家のある伯爵領に戻った。
その頃、王都では母が死んだという誤報が流れた。
祖父は母と私を屋敷の離れに住まわせることしにした。
でもそれは王との密約でもあったのだろう。
母が亡くなったことにし、幽閉を解く。その代わりに人目のつかない生活を送らせるようにと。
そして3年前に母は病死し、私は今年、身分を隠して王立魔法学園に入学した。
◯
翌日、私は学園に向かう途中、川辺を捜索して置き忘れた本を探した。
まるで戦闘の跡なんてないかのように川は清らかに澄んでいた。川面が鱗のように朝日を反射して輝いている。
「……ない。この辺りのはずなんだけど。風……川に流された?」
これは弁償かな。
街でも流通しているフィクション作品のためそれほど高くはないけど。
紛失届に名前を書かなくてはいけないだろう。
なるべく表に自分の名が残らないようにしないといけないのだけど。
「こればっかは仕方ない……かな」
◯
「申し訳ございません。お借りした図書を紛失しました」
昼休み、私は王立魔法学園メルギドの図書館で司書のセントワールさんに事情を話して、お借りした図書を紛失した旨を伝えた。
「そうですか……マリー・ギブソンさん、こちらに」
マリー・ギブソンとは私の偽名。レイヴンハート家であることを隠すためギブソンの名を騙っている。
私はセントワールさんに誘われて奥の司書室へ通された。
司書室で紛失届に学籍、名前、紛失日、概要欄に記入した。
「弁償でしょうか?」
「まあ、フィクション作品ですし……ギブソンさんは初めての紛失ということもありますから……特にお咎めはないでしょう」
それを聞き私はほっと息をついた。
「そうですか」
「それに理由も避難中のことですからね」
「はい」
ここは嘘の理由を書くべきだったかな?
司書室を出て、私は学園の庭に向かう。
そして小さい東屋で私は手持ちのサンドウィッチを食べる。
ここ王立魔法学園メルギドは貴族の子息や令嬢が通うため、なるべく顔を合わせないように私は食堂やカフェテラスを避けて、庭の小さい東屋で昼食をとっている。
「おや? こんなところで食事かい?」
ここには誰もいない。そして誰も私には関心を持たないと考えていたから、急に声をかけられて私は驚いた。
私はむせて胸を叩く。
「ごめんよ。驚かせるつもりはなかったんだ」
誰だと声の主へと振り向くと、そこには第三王子の姿があった。
金髪碧眼。そして整った顔立ちがすぐ近くに。はにかむ笑顔は素敵で胸がドキドキする。
そして第三王子の後ろには男子生徒の従者もいた。
「こ、これは殿下。……な、何用でございますか?」
私はおそるおそる尋ねる。
「昨日の件だよ」
「昨日の件? なんのことでしょうか?」
「殿下。やはり人違いでは? 聞いていた人相と違います。本もきっと別人の物です」
後ろの従者が言う。彼は黒い髪と垂れ目がちな目を細め、私を訝しんでいる。
「本?」
まさか昨日、置き忘れた本? でも、名前なんて書いてないし。
「実は昨日、私を助けてくれた人がいてね。その人が本を置き忘れたんだよ」
「へ、へえ」
「それで本を調べると奥付けにスタンプがあってね。それで学園の図書だってことが判ったんだ」
第三王子の顔がぐっと近づく。
「さっき司書に聞くと、どうやら君が昨日紛失したものだってのが判明」
「ええと、はい、そうです。紛失しました。モンスターが出たとかで、慌てて避難してた時に落としてしまったんでしょうね」
「実は昨日、水蛇に襲われてね」
「それは大変でしたね」
「その水蛇から私を助けてくれた人がいたんだ」
「へー」
「君だろ?」
「ち、違います」
「嘘をつくのはいけないな」
第三王子は私のメガネを外した。
「で、殿下!?」
さらに三つ編みを解かれた。
「ほらガッツ、そっくりだろ」
「……ええ」
ガッツと呼ばれた従者の方は驚いたまま頷く。
「これは度のないメガネだね」
「……ファッションでありまして」
「大きくて丸レンズのメガネが?」
「文学少女的と言いますか……」
「三つ編みも?」
「はい。文学少女的と言いますか……」
「俺には根暗女子に見えるが」
従者は眉を曲げて言う。
◯
どうしてこうなった。
そう思わずにはいられない。
と、いうのも今、私は社交界会場であるラブルニア伯爵の豪邸に来ているからである。
学園の貴族のご子息や令嬢だけでなく、地元の貴族や貴婦人も参加している。
広いホールできっと音楽隊を呼んでダンスとかも催されるのだろう。もしかしてこの後にダンスがあるのではと思うと気が気でない。ダンスの知識はあれど経験は皆無。
まさか初めての社交界デビューがこんな形とは。
そもそもロザリア・レイヴンハートの娘とバレないように貴族と関わりを持たないように遠ざかっていたのに。
これも全ては第三王子ウィリアム・ディプトリー・ゴッドハルドに水蛇の件がバレたことだ。
それがきっかけでラブルニアの令嬢に社交界に誘われた。
もちろん断りたかったが、ラブルニアはここいらの大貴族。変に目をつけられるのも嫌だから参加したのだが……。
しかし、今、私は一人。
誰も初めての社交界デビューである私に声をかけてくれない。
というか避けられている。
私を中心に妙な空間がある。
皆は完全に背を向けるのではなく、斜めに背を向け、こっそりとこちらを伺っていて、時折扇子を口元で広げてクスクスと笑っている。
すごく居た堪れにくい。
こちらから話しかけようにも、私が動こうとすると前にグループが避けるように分解する。
私を社交界に誘ったラブルニア令嬢も挨拶に忙しいとばかりに動き、こちらへ遠ざかる。時折、私の様子を見て、面白そうに目を歪める。
きっとラブルニア令嬢は私が第三王子と仲良くしていたことが気に入らなかったのだろう。
社交界もそんな私を惨めな思いにさせてやろうと誘ったのだ。
怒りはある。
ムカつくし。
一言、放ってやりたい。
けど──。
(まあ、いいや。このまま独りで立っていればいいだけ)
私はギブソン。レイヴンハート家の者とバレてはいけない。
と、そこでだ。
男性から声をかけられた。
「よう。どうだ?」
「……えっと、ガッツ様でしたっけ?」
「もう名前を忘れかけているのか?」
「いえ、学園とは雰囲気が違ったもので」
「こうみえて貴族だからな」
ガッツ様は学園時とは違い、大人っぽさがあります。それに少し色気も。
「お前もだいぶ……というか別人だな」
今日の私は社交界ということでメガネを外し、化粧を。髪は三つ編みを解いて、少し毛先を巻いたもの。服はピンクのドレス。けど、身分がバレないように安いドレス。装飾品は安いネックレスのみ。
「殿下のもとにいなくて大丈夫なんですか?」
「社交界だぞ。こんなとこで馬鹿なことをくる奴はいるか? ま、もし事が起きてもそれは俺でなくパーティーホストのラブルニアだろうな」
そう言って、ガッツ様は顎でとおる男性を指します。
離れたところに恰幅の良い中年男性が第三王子に会話をしています。周りには二人の執事と……。
「あそこの青いネクタイをした若い殿方は?」
ラブルニア伯爵の斜め後ろに控える男性がいる。執事でもなく、ご子息でもない。
「あれは第二秘書の人だな。名前は忘れた」
「第二……ということは第一もいるのですか?」
「そうだろうな」
◯
ガッツ様と会話の後、また独りとなった私は給仕から庭も散策出来ますよと言われて、ここにずっと立っているのもあれなので、庭に出た。
庭も広く、赤い花の生垣が迷路のように入り組んでいる。
しかも人がいない。
給仕の人はどうぞと言っていたのだが。
生垣の背から大きな噴水の頭が見えたので近づいてみる。
そして私が生垣を曲がると男性の悲鳴と同時に「パシャン」と水が弾ける音が聞こえた。
なんだろうと噴水に近づくと男性が噴水の水場に落ちていた。
水場は浅いのか男性は溺れてはなく、膝と手をついていた。
男性は立ち上がり、後ろの私を見る。
私が大丈夫ですかと尋ねる前に私の後ろから大きな悲鳴が聞こえた。
振り向くと令嬢が一人、どこか演技っぽく悲鳴を上げている。
男性は「馬鹿、早い」と小声で毒づいたのを私は耳で拾った。
そしてなぜかすぐにギャラリーが集まった。
「悲鳴があって来てみたら、彼が水場に倒れていたの」
悲鳴を上げた令嬢が皆に説明する。それはまるで私が彼を押したかのような糾弾だった。
「どうしたの?」
赤いドレスを着たラブルニア令嬢がやって来て、悲鳴を上げた令嬢に問う。
「──まあ、そんなことが!」
ラブルニア令嬢が大きく驚く。
(ああ、そういうことか)
そして第三王子とガッツ様もやって来た。
「どうしたんだい?」
場の空気で事情を把握した第三王子は水場に落ちた男性ではなく私に聞く。
「悲鳴と水音がして来てみると殿方が水場で膝をついていたのです」
「君が第一発見者かい?」
「はい」
「他に誰か見たかい?」
「私がここに来た時、赤い服……もしくは赤いドレスを着たからが向こうの角を曲がったような……」
嘘です。
そんな人は見てません。
でも、構わないはず。
だって、もともと犯人はいないのだから。
「君は誰か見たかい」
第三王子は膝から下を水で濡らした男性に尋ねる。
「いや。見てない。急に押されたから」
「貴女が押したのではなくて?」
ラブルニア令嬢が私を犯人扱いする。
「違います」
「そうだよ。ラブルニア嬢」
「私はあくまで可能性話を……」
第三王子は押された男性の服装見て、
「そういえば君、私と服装が似ているね」
「え? ああ、そうですね」
「もしかして私を狙った……」
「殿下。お戯れを」
ガッツ様が注意する。
「あくまで可能性の話さ」
◯
男性はズボンが濡れた以外は特に被害はなかったということもあり、その場はそれで終わった。
ただ社交界はシラけてしまったのか、その後すぐに幕を閉じた。
私はガッツ様に馬車で送り届けてもらった。
ティモシーは正体がバレなかったかを聞いてきた。
「大丈夫よ。誰も私がロザリア・レイヴンハートの娘と気づかなかったわよ」
「そうでしょうか。マリー様はお若りし頃のロザリア様にそっくりでござますから。気づく方はいらしたのでは?」
「だとしたら声をかけられるわよ」
「怖いから声をかけられなかったとか?」
「何よ。怖いって」
◯
後日、学園では昨夜の件でもちきりだった。
友達のいない私でも耳に入るくらい学園内で話題だった。
(ああ、私が押したか押してないか。犯人は誰かとかかな?)
社交界で起こった珍事件は彼らの中で面白いネタなのだろう。
けれど、学園内の話題は私の思いもよらない内容だった。
「聞いた! 殿下が夜中に襲撃を受けたらしいわ!」
◯
「ご無事だったのですね」
「おや? 私が死ねば良かったのかな?」
「すみません。そういう意味ではなくて……」
「冗談だよ」
第三王子は笑った。
「メイドのおかげでなんとか五体満足のままだよ」
「は、はあ」
「殿下のメイドはいざという時のために格闘技術を叩き込められた武闘派なんだよ」
反応に困っているとガッツ様が教えてくれた。
「社交界の後、大変だったんだよ」
第三王子は肩をすくめた。
と、いうのも社交界の後、ラブルニア邸で第三王子はお泊まりになったのだが、その日の深夜、就寝中に第三王子は何者かに襲撃を受けたのだ。
襲撃を受けたが、第三王子のメイドが上手く襲撃者を追い払ったとのこと。
「それでどうして私を?」
私はガッツ様に呼ばれて、学園内の生徒会室にいる。
生徒会室には私と第三王子、そしてガッツ様の三人だけ。
「実は君に犯人探しを手伝ってもらいたくてね」
「なぜ一生徒の私が?」
犯人探しは官憲の仕事。それに犯人はきっとアサシン。並の人では対応はできない。
「君、強いし。それに……」
「それに?」
「噂だよ」
「噂? なんです?」
まさか悪役令嬢ロザリア・レイヴンハートの娘という噂とか?
「君が犯人だっていう噂がね」
「へ? 私が犯人?」
「噴水の件だよ。君が私と間違って別の者に危害を与えたという噂から襲撃犯と疑われているらしいね」
「そんなめちゃくちゃな。私は一生徒ですよ」
「ここは王立魔法学園メルギドだよ。魔法を使えば誰だって殺人は可能」
「そんなことをいえば誰だって──」
「そうだね。でも、今は容疑者として君の名が上がっている」
「……」
「それで君が犯人探しを手伝ってくれたら、そんな噂も無くなると思うんだよね。それに犯人が見つかれば御の字で終わるよ」
第三王子はにこやかに笑うが今はその笑みが少し怖く感じる。
◯
捜査資料を読ませてもらった私はガッツ様と共に廊下を歩いていた。
「どこに向かっているんだ?」
「彼女にも手を貸してもらいたくて」
「彼女? 誰だ?」
廊下を進み、学園内のカフェテリアに辿り着く。
「あの方です」
私はカフェテリアの一角でご友人方と寛ぐセレン・ラブルニアを指し示す。
「ガッツ様、申し訳ありませんが呼んでくれませんか? 私だと警戒される気がありますし。私は庶民ですから」
学園といえども貴族と庶民という身分は存在する。
「分かった」
◯
「で、何用ですの?」
最初はガッツ様に呼ばれて嬉しそうな顔をしていたラブルニア嬢は私を見るやすぐに嫌そうな顔をした。
そしてこの態度だ。
「殿下襲撃犯を探しています」
「はあ? 一生徒の貴女が何の権限で? それとも学園内に犯人がいるとでも?」
「噂だと貴女が犯人説というのがありますが」
「犯人? 私が? 意味がわからないわ」
「そうでしょう。でも、噂としてあるんですよ」
そして私もまた容疑者として噂されている。
「そんな出鱈目、放っておけばいいのよ」
ラブルニア嬢は扇子を広げて、高笑いをする。
「それは犯人が見つかるまでですよ」
「は?」
「犯人が見つからない限り、貴女はいつまでも容疑者ですよ」
「……」
ラブルニア嬢の顔が険しくなる。
「しかも犯人が見つからなければ、ずっと容疑者ですよ。一生付き纏うレッテルですよ。しかも婚約にも影響でますから」
「……私にどうしろと?」
「手を貸してください。私が必ずや犯人を見つけます」
「貴女が?」
ラブルニア嬢は私を鼻で笑う。
「私はウィリアム・ディプトリー・ゴッドハルドから勅命を受けて捜査をしています」
「で、殿下から?」
「そうですよね、ガッツ様」
「ああ。直接……な」
◯
「あまり殿下の名を出すなよ」
ラブルニア嬢との交渉の後、ガッツ様が私に苦言を述べる。
「本当のことですし。それにああ言わないと彼女は手を貸してくれないでしょう」
「けどなー」
「それに犯人を捕まえるのに必要なのです」
「ふーん。……何させる気だ?」
「犯人を捕まえるために手を貸してもらうだけです」
「いや、だから、具体的にだよ。何させるんだよ」
「? そのままの意味ですよ」
「……まさか犯人分かってるのか?」
「はい」
「ええっ!?」
◯
深夜、初老の男性が街角を曲がった。
そして街道を塞いでいる私達を見て驚く。
私、殿下、ガッツ様、殿下のメイド、そして官憲の方々。
「ラブルニア伯爵の第一秘書のマクファーレンだな?」
ガッツ様が初老の男性に向けて声を放つ。
マクファーレンは第三王子ウィリアム様の姿を見つけ、ぎこちなく笑う。
「おや? 殿下、これはどういうことですかな? 私はこれから仕事でして」
「ラブルニア伯爵から仕事の話は聞いてるよ」
「でしたら──」
「君が襲撃犯なんだね」
「な、何を?」
マクファーレンは頬を引き攣らせ、とうとう笑みをなくした。
「マリー君。説明を」
え? 私?
私は一歩前に出て、推理を述べる。
「今回、殿下は深夜の襲撃前にモンスター襲撃、噴水事件に関わっていました。もしこれらが全て同じ襲撃者なら、3度目の襲撃をするでしょうか。いえ、しないでしょう。でも実際には行われた。それはすなわち犯人は別だということです」
噴水事件に至っては犯人もくそもありませんからね。
「もっと言い換えれば犯人はモンスター襲撃と噴水事件のことを知らなかったからこそ、深夜の襲撃を行った者ということになります。きっと前もって入念に計画したのでしょうね。殿下が泊まったのがラブルニア邸ということもあり、犯人はラブルニア邸の関係者の可能性が高いと分かります」
「いやいや、だからって私とは……」
「モンスター襲撃は街の者なら誰でも知っている事。ラブルニア伯爵は街を含めた周辺の領主。そして噴水事件。事件は社交界中のこと。貴族や関係者の中で知らない者はいるでしょうか?」
マクファーレンの目が徐々に据わっていく。
「貴方だけなんですよ。ラブルニア邸の者でモンスター襲撃や噴水事件を知らなかった者は」
私は人差し指でマクファーレンを指す。
「……ふっふふふ」
マクファーレンがくぐもった笑い声を漏らす。
「クソがぁ!」
マクファーレンが懐からナイフを取り出して、第三王子ウィリアム様に向けて駆ける。
だが、メイドが素早く動き、マクファーレンの前に立ち塞がる。メイドはナイフを持つマクファーレンの腕を蹴り飛ばし、ナイフが宙を飛ぶ。次にマクファーレンを投げ飛ばした。その後はマクファーレンの右腕を背に回して、動きを封じる。
「こ、こいつ!」
マクファーレンがメイドの下でジタバタと足掻く。
鬱陶しいのかメイドは頭を殴った。
「がっ!?」
「ネネス、殺してはいけないよ。こいつには色々と吐いてもらわないといけないから」
「はっ!」
◯
後日、私は生徒会室に呼ばれた。
今日は二人きり。ガッツ様すらいない。
生徒会長の机にはあの事件の資料が積まれていた。
「助かったよ。まさか本当に犯人を見つけてくれるとは」
それは私が犯人を見つけられないと思っていたということか。
「いえいえ、運が良かっただけです」
「これからもよろしくね」
「……これからも?」
「うん。これからも手を貸して貰えないだろうか?」
「……すみません。庶民の私は何かと忙しくて……」
「貴族は忙しくないと?」
「そうではなくて、庶民なのでこれ以上殿下のお側は……」
「私は気にしないよ。君が庶民だろうが、悪役令嬢の娘だろうがね」
「……えっ?」
今、悪役令嬢の娘って言った?
嫌な汗が流れる。
第三王子ウィリアムは口端を伸ばす。
「君の本名はマリー・レイヴンハートなんだろ?」
「何を言っているですか。私はマリー・ギブソンです。一庶民の娘ですよ」
「私の情報網を舐めてもらってはいけないよ」
第三王子は机の資料を軽く叩く。
「さすがにロザリア・レイヴンハートの娘と知った時は驚いたよ。でも、安心して。私は怖がったり、君を嫌ったりはしないよ。君は君だ。マリー・ギブソンだ」
「……」
「大丈夫。このことは私しか知らないから。生徒会長として生徒の学園生活を阻害するようなことはしないよ。誰にも言わないから」
すごく爽やかに微笑むのだけど……。
「これからも健やかな学園生活のために仲良くしよう」
「……はい」
やっぱりあの時、見殺しにしておけば良かったのかも。




