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夕立がさらう境界線

作者: 白猫
掲載日:2026/05/28

初めて書く短編小説です!

楽しんで頂けたなら幸いです!

中学校を卒業しても。私たち二人の距離は、何も変わらないはずだった。高校生活が始まって、初めての夏休み。


じりじり。肌を焼くような蝉時雨の中。私――椎名しいな あおいは。幼馴染であるれんの部屋の畳

に、大の字になって寝転がっていた。天井で、年季の入った首振り扇風機が、「カタカタ」と頼りない音を立てな

がら、ぬるい風を運んでくる。「あー、暑い……。干からびる……」「文句言うなよ。お前がエアコンのリモコン失

くしたんだろ。 ……ほら、これでも食って静かにしてろ」パキッ。小気味いい音がして、目の前に青い塊が差し


出された。見上げると、サッカー部の部活帰りで少し日焼けした蓮が、ぶっきらぼうな顔でソーダ味の棒アイスを

差し出していた。二つに割られたアイス。明らかに、蓮が持っている方よりも、私に差し出された方の方が大きい。


「あ、蓮、大きい方くれた。ありがと」「……別に。手が滑っただけだ」蓮は照れ隠しをするようにフイッと顔を背け、自分の分の小さなアイスを口に咥えた。


私たちは、家が隣同士の幼馴染だ。生まれた病院も同じ。物心がつく前から、いつも二人一組だった。お互いのことは何でも知っている。


ずっと、そう思っていた。けれど――。同じ高校に進学してから、何かが少しずつ変わり始めていた。


中学までは同じくらいの目線だった背丈は、この数ヶ月で急に伸び、今や見上げるほどになった。


サッカー部で1年生ながら早くもレギュラー争いをしている蓮は、クラスの女子たちの間でも、よく話題に上るようになっていた。


そして何より、私の胸をざわつかせる存在がいた。


同じ1年生で、サッカー部のマネージャーをしている、結衣ゆいちゃんだ。結衣ちゃんは髪が長くて。いつも一生懸命で。すごく、可愛い女の子。


部活終わりの蓮を驚かそうと、私が部室の裏手へと回った、その時だった。


「……蓮くん、待って」聞き覚えのある、鈴のような声。私は思わず、足を止めた。校舎の影。夕焼けに染まる、誰もいない空間。


結衣ちゃんが蓮の練習着の裾を、ぎゅっと握りしめていた。「結衣? どうしたんだよ、忘れ物か?」「違うの。……あのね、私、蓮くんのことが好きなの。 ただのマネージャーじゃなくて、一人の男の子として、ずっと好きでした。 私を、彼女にしてください!」


ドクン。心臓が、大きな音を立てて跳ねた。


結衣ちゃんの真っ直ぐな、偽りのない告白。


夕日に照らされた彼女の顔は、本当に綺麗で、健気だった。(ああ、私、ここにいちゃいけない)ただの幼馴染。ただの、家族みたいな存在。結衣ちゃんのように、可愛く「マネージャー」として蓮を支えることもできず、関係が壊れるのが怖くて、自分の気持ちに蓋をしてばかりの私とは、全然違う。


胸の奥が、引きちぎられるように痛かった。蓮がどんな返事をするのか。それを聞くのが、怖くて、怖くて、たまらない。私は一歩、後ろへと下がった。カサリ。足元の枯れ葉が、小さな音を立てる。その音に怯えるように、私は振り返り、その場から全力で走り出してしまった。


「葵……!?」後ろから、蓮が私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。でも、振り返る余裕なんてなかった。涙が視界を遮り、喉の奥がぎゅっと締め付けられる。ゴロゴロ……。夕立の前触れのような雷の音が、遠くで響いた。


ポツポツと、大粒の雨が降り出してくる。激しい雨が私の頬を濡らし、涙と混ざり合う。息を切らしながら、私は蓮の家の前まで走り抜け、そのまま自分の部屋へ逃げ込もうとした。


「待てよ、葵――!!」背後から、激しい足音。それと同時に、強い力が私の手首を掴んだ。驚いて振り返ると、そこには雨に濡れ、肩を激しく上下させている蓮がいた。部活のスパイクのまま。私を、必死で追いかけてきたのだ。「蓮……っ、なんで……! 結衣ちゃんは、結衣ちゃんの告白はどうしたの……!?」「そんなの、断ったに決まってんだろ! お前が急に走り出すから、俺、心臓が止まるかと思ったんだぞ!」


蓮の声が、雨の音に負けないくらい激しく響く。掴まれた手首から、彼のドクドクという速い脈拍が、痛いほど伝わってきた。「だって……結衣ちゃん、すごく可愛かった。お似合いだよ。 私はただの幼馴染だし、邪魔しちゃいけないって……」『幼馴染』という言葉を、また自分を縛る言い訳に使ってしまった。


その瞬間、激しい風が吹き込み、近くの木々が大きく揺れる。バチバチと激しい夕立が、二人の体を容赦なく濡らしていく。「もう『幼馴染』なんて言うな!!」蓮が私の両肩を掴み、自分のほうへと強く引き寄せた。至近距離で、目が合ってしまう。彼の強い視線から、もう逃げることはできなかった。「結衣が俺をどう思ってようが関係ない! 俺が好きなのは、お前なんだよ! 葵じゃなきゃ、絶対に嫌だ!」


「え……?」「お前が他の奴と楽しそうに話してたり、俺から離れようとするのを見るだけで、 俺、頭がおかしくなりそうだった。 幼馴染のままじゃ、お前の特別な場所に行けない。 そんなの、もう耐えられない」蓮の瞳が、潤んでいるように見えた。


「ずっと言えなかった……。 俺、一人の女の子として、ずっと葵だけが好きだったんだ」嘘みたいだ。ずっと、私の一方通行だと思っていた。私の片想いだと思っていたのに。結衣ちゃんみたいな可愛い子がいるのに。蓮が選んでくれたのは、私だった。


「蓮、わたし……。 私も、蓮が好き……! ずっと好きだった。 ただの幼馴染から変わりたくて、でも怖くて……!」私の言葉が終わるより早く。


蓮の大きな腕が、私を包み込んだ。雨の中で、壊れそうなほど強く、抱きしめられる。ほんのり夏の汗の匂いと、雨の匂い。彼の心臓の音が、私の胸の奥にも響いて、ゆっくりとシンクロしていく。「ごめん。泣かせてごめん。 ……でも、めちゃくちゃ嬉しい。 これからは、俺の彼女になってくれる?」腕の中で、私は何度も、何度も首を縦に振った。「うん……っ、喜んで」


数十分後。激しかった夕立は嘘のように上がり、雲の隙間から眩しい西日が差し込んできた。蓮の部屋の窓を開けると、雨上がりのアスファルトの匂いと一緒に、ひんやりとした心地いい風が通り抜けていく。


遠くの空には、大きな虹が綺麗に架かっていた。「ほら、これ飲もうぜ」蓮が冷蔵庫から持ってきたのは、ガラス瓶に入った2つのラムネだった。


ビー玉を押し込むと、シュワリ、と爽快な音が響き、白い泡が弾けた。「葵、高校1年目の夏も、その先も、ずっと一緒にいよう」「うん。ずっと、ずっと一緒」ラムネの瓶を、カチンと合わせる。ガラス瓶越しに覗いた世界は、雨上がりの光を反射して。私たちの未来みたいに、どこまでもキラキラと、ラムネ色に輝いていた。

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