第八話 風の通り道
次に会ったのは、
三日後だった。
同じ時間、
同じ公園。
老人は、
前と同じベンチに座っていた。
「……こんにちは」
声をかけると、
老人は顔を上げて、にこりと笑う。
「おや、来たか」
それだけで、
盤が出てくる。
言葉は、いらなかった。
石を持つ。
――カチ。
前よりも、
少しだけ、音が軽い。
「今日は、早いな」
老人が言う。
「……迷ってない、です」
「そうか」
それ以上、何も言わない。
盤の上。
華は、
勝とうとはしていなかった。
取られないように、
無理もしない。
ただ、
石を見る。
「……ここに、居たい」
前に言われた言葉が、
ふと浮かぶ。
石を置く。
――カチ。
老人は、
ゆっくりとうなずいた。
中盤。
いつもなら、
怖くなっていた形。
今日は、
少しだけ、待てた。
「取られますか」
「取られるかもしれんな」
同じ答え。
でも、
それでよかった。
取られても、
全部じゃない。
盤は、
まだ続いている。
終局。
また、負け。
でも、
盤を見つめる時間が、
自然と長くなっていた。
「……あそこ」
自分の石が、
まだ呼吸している。
「そこは、風が通っとる」
老人が言う。
「風……」
「石と石の間じゃ。
詰めすぎると、
息ができん」
華は、
盤のすき間を見た。
今まで、
見ていなかった場所。
帰り道。
足取りが、
少しだけ軽い。
勝っていないのに、
負けた気もしない。
「……囲碁って」
答えは、
まだ言葉にならない。
翌日。
放課後の教室。
久しぶりに、
穂香と向かい合った。
「最近、来なかったね」
「……少し」
「打つ?」
うなずく。
盤の前。
穂香の一手は、
相変わらず、迷いがない。
――カチ。
静寂。
華は、
一度、盤全体を見た。
詰まっている場所。
空いている場所。
「……ここ」
置いた瞬間、
自分でも驚いた。
前より、
怖くない。
終局。
結果は、負け。
でも。
「……前より、
変わったね」
穂香が言う。
「そう、ですか」
「うん。
石が、
息してる」
その言葉に、
胸が、少しだけ震えた。
その夜。
本を開く。
図の中の線が、
ただの線じゃなくなっている。
「……風の通り道」
小さく、つぶやく。
囲碁は、
まだ分からない。
でも。
盤の上で、
息ができる場所が、
少しだけ、見えてきた。




