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第六話 届かない感触

 囲碁部の部室に入ると、

 盤の数が少し増えていた。


 人も、前より多い。


「最近、来てるよね」


 声をかけられて、

 華は小さくうなずいた。


「はい」


 それだけで、

 席に案内される。


 一局目。


 向かいの相手は、

 穂香ほど静かではなく、

 前回の相手よりも、少しだけ強そうだった。


 ――カチ。


 石が置かれる。


 華は、盤を見る。

 置く前の時間。

 あの、一瞬。


「……ここ」


 悪くないと思った。


 けれど。


 数手後、

 自分の石は、まとめて取られた。


「あ」


 声が、自然と漏れる。


「そこ、きつかったね」


 相手は悪気なく言った。


 きつい。

 その意味は、まだ分からない。


 二局目。


 さっきよりは、

 慎重に打った。


 取られないように。

 狭くならないように。


 でも、

 気づいたときには、

 盤の外側を、すっかり取られていた。


「終わり」


 また、負け。


 三局目。


「続ける?」


 そう聞かれて、

 少し迷ったあと、

 華はうなずいた。


 今度こそ、

 何か残したい。


 けれど。


 考えれば考えるほど、

 手が止まる。


 ――カチ。


 遅れて置いた一手は、

 すぐに、意味を失った。


「……すみません」


 相手が困った顔をする。


「いや、大丈夫」


 けれど、

 華の胸は、静かに沈んでいった。


 帰り道。


「今日、負けすぎじゃない?」


 楓果が言う。


「……うん」


「でもさ、前より考えてたよね」


「考えすぎた」


 ぽつりと、

 そう答えた。


 楓果は、少しだけ歩く速度を落とす。


「考えすぎるの、悪いこと?」


 華は、すぐに答えられなかった。


 その夜。


 囲碁の本を開く。


 前に進んだはずのページが、

 今日は、やけに遠い。


 図を見ても、

 盤が浮かばない。


「……分からない」


 声に出すと、

 少しだけ、楽になった。


 穂香と打っているときは、

 負けても、何かが残った。


 部室では、

 負けたあと、何も残らない。


 同じ囲碁なのに。


「……なんで」


 答えは、ない。


 翌日。


 放課後、

 いつもの教室の前に立つ。


 扉は、閉まっていた。


 音は、しない。


 少しだけ、

 ほっとしている自分に気づいて、

 華は、苦笑した。


 今日は、

 穂香と打つ気分じゃない。


 盤を見たら、

 また、比べてしまいそうだった。


 校門を出て、

 家へ向かう道。


 夕方の風が、

 少し冷たい。


「……あ」


 前を歩く老人が、

 ゆっくり振り返った。


「おや、学生さん」


 にこにことした顔。


 見覚えは、ない。


「毎日、同じ時間じゃな」


 ただそれだけを言って、

 老人は歩き出す。


 華は、

 なぜか、その背中を見送った。


 囲碁の話は、

 まだ、出てこない。


 けれど。


 何かが、

 少しだけ、ずれて動いた気がした。

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