第十三章 同じ会場で
会場は、思っていたより広かった。
天井が高く、
声が吸い込まれるような空間。
等間隔に並べられた盤。
白いテーブルクロス。
静かなざわめき。
プロとアマが、
同じ空気の中にいる。
華は、
胸の奥が、すうっと静まっていくのを感じていた。
不思議と、震えはない。
「第一局、始めます」
アナウンスが響く。
華の初戦の相手は、
社会人のアマ強豪だった。
落ち着いた目。
無駄のない所作。
――カチ。
相手の第一手。
音が、澄んでいる。
華は、
盤全体を見る。
広い。
でも、怖くない。
中盤。
相手は、
確実に地を囲う。
華の石は、
ところどころ、薄い。
けれど。
詰めすぎない。
急がない。
風の通り道。
「……ここ」
置いた瞬間、
相手の眉が、わずかに動いた。
数手の読み合い。
石が、ぶつかる。
静寂。
――カチ。
終局。
「……ありがとうございました」
頭を下げる。
勝敗は、
半目差。
盤を見つめる。
数え間違いはない。
「……勝ちました」
自分の声が、
遠く聞こえた。
会場の外に出ると、
足が少しだけ震えた。
楓果が、
客席から手を振っている。
「やったじゃん!」
「……うん」
実感は、まだ薄い。
でも。
ちゃんと、打てた。
それだけは、確かだった。
第二局。
さらに強い相手。
序盤で、
形勢を損なう。
苦しい。
でも。
「……怖くない」
老人の声が、
よみがえる。
石を見送る。
石を信じる。
――カチ。
終盤で、
わずかに逆転。
「……勝ち」
気づけば、
決勝進出の名前が、
呼ばれていた。
そして。
その隣に、
当然のように並ぶ名前。
天元 穂香。
決勝まで、
少し時間がある。
華は、
客席の端に座った。
その中央で、
穂香が打っている。
相手は、
現役の若手プロ。
空気が、違う。
――カチ。
穂香の一手。
一瞬。
会場の音が、
消えたように感じた。
静寂。
そして。
盤上に、
次の場所が、
光る。
迷いのない、
渾身の一手。
相手の表情が、変わる。
数手後。
勝負あり。
拍手は、
控えめ。
でも、
確かな重みがある。
穂香は、
静かに立ち上がる。
その視線が、
客席の華を見つけた。
ほんの一瞬。
目が合う。
言葉は、ない。
でも。
「待ってる」
そう、聞こえた気がした。
決勝戦。
プロ対アマ。
天元 穂香
対
天音 華
名前が並ぶ。
胸が、静かに高鳴る。
怖くない。
逃げたくない。
ここまで来た。
席に座る。
盤の向こう。
穂香が、
まっすぐにこちらを見ている。
「よろしく」
「……よろしくお願いします」
静寂。
同じ会場。
同じ盤。
でも。
ここから先は、
二人だけの時間。
華は、
石を持った。
――カチ。
盤上に、
新しい風が吹き始めた。
(つづく)




