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第十一話 選ばれる場所

 校内選考の日は、

 思っていたよりも静かに始まった。


 特別な会場でも、

 特別な拍手でもない。


 いつもの囲碁部の部室。

 ただ、盤が多く並んでいるだけ。


「時間になったら始めるぞ」


 顧問の声が、

 少しだけ響いた。


 華は、

 自分の席に座る。


 向かいの相手は、

 三年生だった。


 部でも、

 安定して強い人。


 ――カチ。


 先手は、相手。


 音が、

 はっきりしている。


 華は、

 一度、盤全体を見た。


 勝とう。

 そう思うと、

 視界が狭くなる。


「……ちゃんと、打つ」


 昨日の言葉を、

 心の中で繰り返す。


 中盤。


 相手は、

 確実に、

 地をまとめてくる。


 華の石は、

 ところどころ、

 薄い。


「……危ない」


 でも、

 慌てない。


 詰めすぎない。

 風の通り道。


 ――カチ。


 石を置いた瞬間、

 相手が、

 一瞬だけ、手を止めた。


「……なるほど」


 小さな声。


 それだけで、

 胸が、少しだけ熱くなる。


 終盤。


 盤は、

 ぎりぎりまで続いた。


 最後の数手。


 華は、

 自分の石を、

 見送るように見つめる。


 終局。


「……負けました」


 結果は、

 ほんの少しの差だった。


「いい碁だったな」


 相手が言う。


 その言葉が、

 何よりも、重かった。


 勝てなかった。

 でも、

 押しつぶされなかった。


 結果発表。


 交流戦のアマ枠は、

 二名。


 名前が、

 呼ばれる。


 一人目。

 別の三年生。


 二人目。


「……天音」


 一瞬、

 自分の名前だと、

 分からなかった。


「天音 華」


 周りの視線が、

 集まる。


「……はい」


 立ち上がると、

 足が少し震えた。


 放課後。


 公園に向かう。


 いつものベンチ。

 いつもの背中。


「……選ばれました」


 そう言うと、

 老人は、少しだけ笑った。


「そうか」


 それだけ。


「……でも、

 勝てなかったです」


「知っとる」


 即答だった。


「でもな」


 老人は、

 盤を指でなぞる。


「今日は、

 風に置いていかれとらん」


 それだけで、

 十分だった。


 その帰り。


 校舎の前で、

 穂香と出会った。


「……交流戦、

 出るんだって」


「……はい」


「私も、

 出るよ」


 当然のような口調。


 プロ棋士。

 迎える側。


 距離は、

 まだ遠い。


 でも。


「……よろしく、お願いします」


 華が言うと、

 穂香は、少しだけ目を細めた。


「うん」


 それだけで、

 胸が、静かに高鳴った。


 その夜。


 盤を思い浮かべる。


 勝った碁。

 負けた碁。


 どれも、

 自分の手で置いた石。


「……届くかな」


 答えは、

 まだ出ない。


 でも。


 あの静かな背中と、

 あの迷いのない一手が、

 同じ盤の上にある。


 華は、

 そっと目を閉じた。


 盤上に、

 確かに、風が吹いていた。

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