興奮の源
彼を見た瞬間、
ほしいと思った。
頭ではなく、
身体のどこかが先に疼いた。
それは好意よりもずっと下品で、嫌悪よりもずっと正直だった。
視線が合っただけで、
距離が測られる。
声を聞いただけで、
喉の奥が反応する。
触れてもいないのに、
身体はもう覚えてしまっている。
この感情を[恋]と呼んでしまえば、少し楽になれる。
でも同時に、それは嘘になる気もしていた。
私はもう、理由のない衝動に名前を与えられるほど、若くはない。
だから私は、過去の話から始めることにした。
「若い頃はさ、今思うと笑っちゃうような遊び方してたわ」
自嘲気味に言う。
懺悔でも告白でもない、
軽い昔話。
だから私は、いきなり現在の話はしなかった。
大人はそうしない。
過去を差し出して、相手の反応を見る。
これは正直さじゃない。値踏みだ。
もし彼が、
「へえ、そうなんだ」とだけ返したら――
この人は安全で、つまらない。
踏み込む勇気も、踏み込まれる覚悟もない。
もし彼が、
「どんな遊び?」と興味本位で聞いてきたら――
欲はあるけれど、私を“今”ではなく“ネタ”として見ている。
悪くないけれど、深くはならない。
「今のほうが、よっぽど慎重なのにね」
過去の話をしているふりをして、
現在形を混ぜる。
それが、大人の踏み込み方だ。
彼は、少し間を置いてから言った。
「今はもう、しないんでしょ?」
その一言で、空気が変わった。
過去と現在を分けて見ている。
私を“器用に遊べる女”として処理しようとしていない。
めんどくさい。
でも、嫌いじゃない。
「しないわね。あの頃は……楽だったけど」
幸せだった、とは言わない。
満たされていた、とも言わない。
“楽だった”は、浅さの証明だ。
これ以上、彼に背負わせないための言葉。
もし彼が、
「楽ならよかったじゃない」と軽くまとめたら――
ここで終わり。
もし彼が、
「寂しくならなかった?」と同情したら――
その瞬間、興味は冷める。
彼は笑わずに、こう言った。
「楽って言えるの、ちゃんと終わってる証拠だと思う」
責めない。
同情しない。
でも、理解は示す。
ああ、この人も同じことをしている。
私を値踏みしながら、
自分がどこまで近づいていい男か、測っている。
若い頃なら、こんな読み合いはしなかった。
欲しいと思ったら、確かめる前に触れていた。
身体が先で、言葉は後回しだった。
でも今は違う。
この会話の一言一言が、
キスよりも、肌よりも、ずっと神経を撫でてくる。
彼がどう返すかで、
自分がどう動くかを想像しているこの時間。
相手の言葉を待ちながら、
自分の中の臆病さと計算高さを愛おしく感じている。
私は知っている。
これは恋かどうかを確かめる会話じゃない。
私はこの感情を、恋と呼びたい人間なのかどうか――
それを試しているだけだ。
そして今の私は、
若い頃ならしなかったこの読み合いを、渇望している……
言葉の裏を読む。
沈黙の意味を測る。
一線を越えないことで、相手の本気度を確かめる
身体では味わえない興奮が、ここにはあるからだ。
この瞬間……私は
頭と子宮で恋をした。
エッセイか悩みましたが、赤裸々な駄文を読んでくれた方ありがとう。




