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第七話 火月の妖術


俺は目一杯力を込めて刀を振るう。

初めてにしては綺麗な刀先で一文字を描くことができた。

が、放狼たちはそんな俺の苦労も知らずに軽々と攻撃を受け流しその大きな牙と鋭い爪で反撃をしてくる。

さっきからそれを防御しての繰り返し、このままではジリ貧だ。


狼たちには色々種類があり、風のように素早いやつや尾翼を広げよく飛ぶやつ、大きな爪が目立っているやつなどまるで寄せ集めで作った集団の様な構成である。

群れから離れた一匹狼たちで作られた集団だから放狼。

きっとそんなところだろう。

そして、そんな放狼の中でも一際目立っているのがあの蒼炎を身に纏う狼。

他の狼と違って余裕に振る舞い、一人だけ妖術を扱っている。

その姿勢は群れのリーダーそのものだ。

そのまま見て「炎狼」と言ったところか。

炎狼はさっきから何もせずに俺の様子をただただ見ている。

まるで、俺の攻撃やら動き方やらを観察しているかのようにして。

正直何かされる前に仕留めたいところなんだが周りの奴らが邪魔だ。

ここは一体一体順番に倒していくしかない。

幸い子供達はまだ何もされていない。

冷静に行こう。


放狼たちは牽制するかの如く呻き声をあげる。

まずは子供たちの近くに寄らないとだな。

子供たちは鉄パイプで放狼たちを威嚇し続け近づけないようにしている。

今は何とかなっているが、それも時間の問題だ。


大きな深呼吸をする。

足に力を溜め頭の中でイメージを膨らませる。

いち早くあいつらの元へと行けるように。

もう一度体の酸素を全て吐いて集中する。


「さあ、やるか」


一吠えして噛みつきに掛かるやつに向かってバットのように刀を振う。

攻撃は掠ったが目を持っていった。


数は多くても集団で俺をはめれるほどの頭はない。

並べて置かれた鉄骨の上に飛び乗り追ってくるやつらを振り落とし、更に機械の上を通って子供たちの方へと向かう。

ここまで来るやつはいない。

そう考えていたが一匹それの思考を超えてくる存在がいたのを忘れていた。

そいつは俺の頭上を飛び越え前に立ち塞がる。

よく飛ぶと言っても飛びすぎだ。

狼は鋭い牙を俺に見せびらかせ唸り声をあげた。

しかし俺にも武器はある。


刀を軽く振って当然の様に避けられ、反撃。

想像通りの結果だが俺はこれを狙っていた。

俺の胸元に飛んできた狼の牙を刀で防ぐ。

強く噛み付いているのかギチギチと刃同士が擦れ音を立てた。

貰ったばかりの刀をこんな風にしたくはなかったが仕方ない。

刀を思い切り振ってを狼を払いのける。

隙をつき簡単に狼たちの頭上を通り越して子供達の元へと飛び込んだ。

ブレザーの腕部分には俺の赤い血がつき、さっきぶつかったところはジンジンと痛みを放っているが、さほどのことではない。

でも、千早にはなんと言おう。

服を狼に噛みちぎられた、なんて言っても信じてはくれないだろうし倍の倍怒られるに違いない。

帰りら火消しのデザートでも買って帰らないとな。


「お兄さん!」

「はぁ、はぁ、大丈夫か?」


涙を浮かべ頷く。

取り敢えず近づくことはできた。

でも、状況はより一層に悪くなるばかり。

俺たちは放狼に囲まれ、ここは出入り口からも少し遠く逃げることは出来ない。

絶望的で、このままじゃゆっくり殺される一方。

何か手を打つしかない。


……攻撃の仕方か。

今まで通りじゃ避けられるだけで反撃などできない。

頭の中にある俺という素人同然の戦闘イメージを変えなければ勝てないということ。

なら、偏ってる俺の戦い方のイメージを変える必要がある。

刀の扱いが上手い人間……有名な人物で言ったら歴史の剣豪たちだろうか。

いやでも、それらの人物が戦っているシチュエーションなんて見たことがあるはずなどない。

だとしたら思いつくのはゲームや漫画の創作物中の人間だが……俺はあまりそういうものを見たことがないので想像がつかない。

では身近なやつの中から。

身近で剣を習っているやつと言ったらあいつしかいない。

あいつの戦っている姿を想像する。

握り方を変え、動きのイメージもそれなりにして。


変に体を動かす俺に一匹の狼は睨みつけ涎を垂らしながら俺の方に飛びかかってくる。

鋭く素早い攻撃で、目もギンギンにしながら牙を尖らせて。

さっきだったら攻撃してもまた避けられるだけ、だったが今度なら。


「殺れる」


狼の攻撃をスレスレで避け勢いよくスパンッと首を跳ね上げた。

初めてにしては上出来だ。

首はコロコロと転がっていき炎狼の前で制止する。

他の狼たちは一歩引いてで俺の方を見ていた。

子供も同様。

たった一撃でこの反応。

刀の柄を握ると体が身震いする。

よくわからない感情だ。

だが、これならやれる。


炎狼は首の前までいき首をちょんちょんと転がした。

頭を傾げながら不思議そうに、次はボールみたいにツンと押し俺の方に転がす。

放狼と言うだけあってさほど仲間意識というものはない、というか炎狼にとっては仲間など思っていないように見える。

じゃあ、なぜわざわざ集まるのだろう。


そう悩んだ次の瞬間、炎狼が吠えそれに続き他の狼達も遠吠えをし始めた。

屋根の隙間から月の光がさし、青白い光はスポットライトかの様に首の周りを照らした。

さっきからどこか視界が変だ。

俺は人よりもそれなりに視力が良い方だから目が悪いというわけでないのだが、そういったことで他に思い当たる節はない。


「火の粉? どこから……」


バチバチと舞う火の粉が辺りから現れる。

焦げ臭い匂いと視界の悪さ。

何がいったいどうなってるんだ。

炎の気配は段々と増し、建物全体を覆っていく。

今度は首が火柱を上げ燃えた。

一瞬で跡形もなく燃えさり気づくと周りは一面炎の世界と化している。

これが、こいつの妖術なのか?

額からは冷や汗が出る。

息もしづらく思え、煙は辺り一体に蔓延し始めた。


勝てるなんて思った俺の考えが浅はかだった。

妖術は使えない。

刀はあっても複数相手では絶対に通用せず勝てない。

しかも俺の後ろには非力な子供が二人。

詰んでいると言っても過言ではない。

このまま炎で燃えて焼け死ぬか、狼に噛み殺されて死ぬか。

簡単に選べたらどれほどいいものか。

鞘をギュッと握り実感を持つ。

火の粉は俺の周りを蝶の様に飛び回り、炎は延々と燃えていた。


「二人とも、袖で口元を塞いでおけよ…………そういえば」

「これは、僕のハンカチ?」

「倉庫の中に落ちていた、いいからそれで煙を吸わないようにしろ」

「うん、わかった」


子供たちは口を塞ぎ、俺の後ろに隠れた。

どうする。

早くこの二人を外に出さないと危ない。

火事の一番の死因は炎でも当落でもなく煙を吸っての死。

ましてやまだ体が成長しきっていないこいつらが煙を多く吸ったらならんらかの後遺症が残る可能性だってある。


この状況を壊す何か、何かが必要なんだ。

何かとは。

俺は妖術も妖力も使えない。

今使えるものと言ったらこの刀と御代の妖術「水眼」だけ。

そういえば、この眼はなんでも見えるって言ってたよな。

不自然に俺の周りを飛び回る火の粉とこの違和感。

何かがおかしい。

この火の粉はあいつらからでも周りの炎から出ているものではない。

そう、似ていると言えば初めて俺が妖力を使ったあの時。

あの時出した大きな火球のよう。


「火月!」


声がする。

これは直継の声か?


「俺が気を引くから逃げるんだ! お前にそいつは倒せない!」


直継たちの前には炎狼以外の狼たちが立ち塞がる。

炎狼は俺なら一人で十分だと踏んだみたいだ。

相手の数は減ったがこいつに勝てるビジョンが俺には浮かばない。

きっと、燃やされて炭にされるだけだ。

そこで俺は今まで恐怖をしていなかったことに気づいた。

こんな時に恐れるなんて、俺のことをつくづく嫌になる。


炎狼はジリジリと近づき炎の力を強めていく。

駄目だ、俺にこいつは止められない。


「暑いよ……」


暑い…………そういえばさっきから暑さを感じない。

こんな状況下の中で頭がおかしくなっているのかもしれないが本当に暑くない。

なんでだ?

確かに俺は暑さに強い方ではあるがそんなもので変わるわけない。

目の前に落ちる粉雪のような火の粉を手で受け止める。


「そうか、そういうことだったのか」


なんだ、簡単だったじゃないか。

さっきはわからなかった。

妖力も妖術も。

わからないから俺は仕事を無理やりやって経験を積ませてもらうつもりだった。

無理やり来ればわかると思ったからだ。

窮地に追い込まれればあの時みたいに使えると思ったから。

今思えば馬鹿でアホで自殺行為な発想。

何が冷静だ、何が緊張などしていないだよ。

でも……それはどうやら正解だったみたいだ。


炎狼は顔を下げる俺をめがけ尻尾の炎から業火に燃える太陽のような火球を飛ばす。

こんなもの当たったらひとたまりもないだろう。

火球は俺たちを飲み込むようにゆっくりと迫ってくる。

妖力の存在を主張しながら豪快に。


「お兄さん!」

「火月!」

「火月さん!」


古水と月冴の声。

心配してくれるのはありがたいがこんなもの避ける必要なんてない。

火球に向かって手を向ける。

俺にとって、こんなものは妖力の塊に過ぎない。

火球は俺を飲み込んでいく。

そして、俺も火球を手の中に飲み込んでいく。

火球から出た火花は篝火に新たな火種を加えるようにして無くなった。

やっと俺は理解したのだ。


「どういうことなの……」


狼たちは動揺し、炎狼は俺を強く睨みつけた。

威嚇(いかく)しているのか疑問を抱いているのか。

今更そんなことなどどうでも良い。

遠くからはサイレンの大きな音が聞こえる。

この火事を見つけて誰かが通報したのだろう。

ということはそろそろ潮時、早く終わらせないとだな。


刀を鞘に入れ左足を引き構えを取る。

一発で、跡形もなく。

力を込めると体から火の粉が溢れはじめ俺の周りを囲い始めた。


狼たちはまた遠吠えを始め俺の攻撃に対抗し始めようとする。

遠吠えこ終わりを合図にし、一斉に俺の方へと飛びかかってくるがもう遅い。

瞼を下ろし、俺は左手の親指で(つば)を弾いた。

これが、俺の今の全力だ。


「居合抜刀『火秡(ひばち)』」


一瞬にして振り切り刀を鞘に戻す。

静寂を感じ瞼を上げるとさっきまで目の前にいた無数の狼も炎狼も跡形もなく消え去っていた。

あれだけいた狼たちも、炎狼もみんな俺がやったのか?

興奮のせいか手が震え息が荒くなる。

やったんだ、俺はついに妖を殺せたんだ。

嬉しいと言う感情が溢れ出してくる。

体の奥底から笑いが込み上げてくる。

理性が吹き飛びそうな俺を気絶した子供たちが引き戻す。

落ち着け、落ち着け俺。

顔を上げ一面炎の海となった鉄工所を見渡す。

あいつらは既に避難したようだ。


口から熱のこもった息を吐き出し、俺は二人を両脇に抱えた。

外傷はないが煙のことが心配だ。

それにこの放狼たちのことも。

あまり悪く覚えていないといいんだがな。

子供を抱え、炎に包まれた鉄工所の中から飛び出る頃には消防隊がホースで消化作業を開始していた。

少しの罪悪感がある。


「火月さん、大丈夫ですか!?」


月冴は心配そうな顔をしながらこちらを見上げる。

「大丈夫」そう言いたいところだがブレザーは燃え焼けて左手には噛まれた傷がある。

まあだが、そこまで怪我はしていないから大丈夫と言った方が良いだろう。

右手もあんなに燃えていたのに火傷の一つもなかった。

あれは俺の妖術……だと思う。

あまり実感が湧かないな。


「大丈夫だ、それよりこの子たちを」

「ああそうですね、任せてください!」


救急隊を呼びにいく月冴を見送りながら子供をその場にゆっくり下ろし寝かせた。

周りには大勢の消防、救急、警察に地域の人間。

刀を燃やして屑にしておいたのは正解だったな。

多分残していたらあの時みたいになっていた。

そうだな……もし直継大切な物だったら土下座しよう。


「おつかれさま」

「……ああ古水か、おつかれ」


古水はどこか浮かない顔をしているように見える。

妖術を使ったせいで疲れてしまっているのだろうか。

もしかして俺が戦っている間ずっと力を使ってくれていたのか?

それなら古水にもお礼をしなければいけないな。


「凄いね、強い妖術を手に入れてしかもあんな強い妖を退治しちゃうなんて」

「随分苦労したけどな。生きていられたのも古水のおかげだよ、ありがとう」

「……私は何もしてないよ」


そういうと古水は下を向く。

何故今日の古水はそんなに自分のことを卑下するんだ。

一瞬、右の瞳から蒼色の火花が少し散ったような気がした。


「そんなこと…………いや、なんでもない」


話の終わりを感じ取って直継が近づいてきた。

古水にはまだ言いたいことがあったのだが、また今度話すことにした。


直継は嬉しそうに俺の肩を叩く。

力加減が下手なせいか肩はジンジンとする。

話によると、どうやら炎狼がいることは把握していなかったらしい。

もう少しで死にかけたと文句を言いたいところだが、お陰で妖術を扱うことができたからまあ良しとしよう。


少しづつ消化されていく鐵工所を救急車の中から見る。

数時間前まではそこにあったものはもう原型を留めていない。


「終わりましたよ、火月さん」

「ありがとな」

「どうしました?」

「……いや、思い出の場所だったのかなと思ってな」


月冴は鉄工所を慈愛に満ちた表情で見つめこう言った。


「そうですね、きっと思い出の場所だったと思います。でも、いつかはそれも新しく生まれ変わるものです」

「……そうだな」


俺はその言葉を聞いて、救われたような気がした。


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