第三話 レトロ喫茶の特別料理
スマホの案内通り目的地に着くと、そこには小さな喫茶店がひっそりと佇んでいた。
中には明らかに古いカメラやモノクロ写真。
カウンター前にはジュークボックスにアコギギターなど色々と飾ってあり、レトロな内装をしている。
多分、というか確かにここはレトロ喫茶と言って間違いないはずだ。
そう解釈しながら早速店に入るとまず店内を見渡し、招き猫のように自分の席へと手招きする月冴の姿を見つけた。
席には満タンのアイスコーヒーと半分減ったアイスコーヒーが二つ置かれている。
どうやら良い感じのタイミングで俺の分も頼んでくれていたみたいだ。
「早かったですね」
「そうか?」
「はい、あんなに取っ替え引っ替えされていたのでもっと遅れてくると思っていました」
おいおい、見ていたのなら助けてくれても良かったんじゃないか?
そう心の中で一人ツッコミをする。
まあこの人のことだ、きっと「入学早々友達を作ることが出来ない」なんてことをないように気を遣ってくれたのだろう。
作れる気はしないがな。
そして俺は直継と古水に助けてもらったことを話しテーブルの上に置いてあるアイスコーヒーを一口飲んだ。
やはり味は家で作るコーヒーとは違い、深みと旨みが入り混じって絶妙なテイストを醸し出している。
どうやって作ったらこんなにも上手いコーヒーが作れるのだろうか。
マスターに入れ方を教わりたいものである。
「美味しいですよね、ここのコーヒー」
月冴の顔を見ながら頷く。
「ここ、わたしの行きつけのお店なんです。レトロな雰囲気で落ち着いていられて、よく疲れた時はここに足を運んじゃったりして」
月冴の言うことはとても理解できる気がした。
ここはまるで故郷かの様な安心さを感じられる。
周りの客も本を読んだり、洋画200のジグソーパズルをしたりと、落ち着いて自分の時間を満喫している様に見えた。
よくあるレトロ喫茶に見えるが、ここは良い意味で異質な場所だ。
ジグソーパズルも含めてな。
テーブルの片隅に見えるメニュー表を見て俺は特製ハヤシライスを頼んだ。
ハヤシライス愛好家の身としてこれに挑戦しないのはナンセンスである。
続いて月冴が料理を頼み、話題は今朝の件へと移り変わった。
「そんで、妖術師ってのは何なんだ?」
「えーとそうですね……」
月冴はコホンッと息をついて話し始める。
「妖術師というのは今朝も言った通り妖を退治または鎮静する者のことを言います。
そして、その妖術師には各地ごとに名家があって名家では当主に代々妖術が継承されています」
「名家?」
「はい、簡単に紹介すると、
東北、北海道を統治し『疾風迅雷』と言われる明治名家『斑鳩家』
同じく明治名家で九州地方と沖縄を統治する通称『何でも屋』の『流鏑馬家』
中国地方、四国を統治し海上の『青龍』と呼ばれる室町名家『坂本家』
中部地方全体を統治し莫大な財力を持つ『やまびこ』の鎌倉名家『望月家』
近畿地方を統治し、妖術師の起源で『最強術師集団』でもある平安名家『藤原家』
そして最後に、私『月冴かごめ』が当主として関東地方を統治する江戸名家『月冴家』があります!」
興奮気味で誇らしげで楽しそうな彼女はらドヤ顔を俺に作り見せながらそう言い放つ。
よっぽど妖術師という役職を俺に紹介することが嬉しいみたいだ。
俺はホッと一息ついて月冴の言っていたことをゆっくり整理した。
まず初めに妖術師は妖を退治、鎮静することが仕事でそれには妖術というものを用いる。
妖術と妖力は人によって異なり、名家ではその力が受け継がれているらしい。
そして妖術師には名家があり、順に『斑鳩家』『流鏑馬家』『月冴家』『坂本家』『望月家』『藤原家』の六つ名家が存在する。
つまりひっくるめると、妖術師の仕事はほぼ妖の退治で、名家のお偉いさんは皆強い、ということだ。
最初の方妖術師、という単語から薄々勘付いてはいたが、これほどまでに長い歴史と名家があるものだとは思ってもいなかった。
せいぜい二つ三つの家が継承を保っているものだとは思っていたが、まさか六つもあるとは。
それに月冴が当主……か。
月冴にはもっと敬意を払って行動した方が良いのかもしれない。
「まあ家の方は多いので覚えなくても大丈夫ですよ。……って、火月さんどうかしました?」
「……何でもないです」
「なぜ急に敬語!?」
そんな他愛もない話をしていると、ダンディーで紳士的という言葉がピッタリなお爺さんマスターが銀のトレーに料理とアイスコーヒーのおかわりを乗せて俺たちの席にやってきた。
レトロな喫茶店にダンディーマスター、まるで昭和中期頃にあった純喫茶の様だ。
まあもちろん、そんなものを俺は見たこともないけれど。
「美味しそうですね、早速いただきましょうか」
「そうだな」
俺と月冴は待ちに待ったご馳走をスプーンで大きくすくい口の中に放り投げる。
その瞬間口の中にはトマトのスパイシーな刺激とお米の優しい甘みがマッチしてそこには宇宙な生まれた。
宇宙の中にある数々の惑星達が破裂して旨みがまた生まれる悪魔的なサイクル。
このハヤシライスは誰にも作れない、この店独自の作り方をしているからこそこの独特な世界が生まれているのだ。
また一口、また一口と俺はハヤシライスを食べていく。
「火月さん、美味しいですか?」
「……ああ、やばい」
「そうですか、気に入ってくれたみたいで良かったです!」
月冴は俺の顔をじっと見ながら、嬉しそうに笑う。
その後も俺たちはゆっくりと楽しい一時を過ごし色々なことについて話しをした。
学校のことや東京のこと、直継や古水のことなど、いつしか俺と月冴は友達のように仲良く話をするようになっていた。
* * *
時刻は午後二時。
現在喫茶店を出た俺は月冴の言うままに何処かへと向かっている最中だ。
外は今朝の晴れ模様が嘘かの様に曇天となった。
俺は雨男ではないが晴れ男というわけでもない。
だがどうやら天気にはあまり縁が無いようだ。
「火月さんが東京に来たのはいつですか?」
「一週間前だよ」
「そうなんですね。どうですか、改めて東京は」
東京か。
人が溢れかえり、車や建物から二酸化炭素が溢れ空気が悪く夜の星は未だに見れていない。
なんて話を昔親戚のおじさんから聞いたことはあるが、
そこまでそうとは思っていない。
それに東京で星が見えにくいのは街灯や建物の光害が原因だと言う。
まあ、東京の空気が悪いというとのは少しわかる。
排気の匂いがとにかく凄いんだよな。
もちろんそんなことを月冴に言える訳もなく、俺は適当にわかりやすくそれなりの言葉で返した。
無難に接することが一番安牌だからな。
こっちで初めて仲良くなったやつに早々嫌われたくはない。
「そういえば、今朝のニュースで昨日のマンションのことが取り上げられていたが大丈夫なのか?」
「マンション倒壊のことですか? それなら大丈夫ですよ」
「そうなのか? あんなに大々的だったが……」
「はい、なんたって妖術師は政府公認の役職ですから、あれぐらいの損害は全て政府側が何とかしてくれます。だから妖術師はお給料が高いんですよ?」
なんと、妖術師は政府と繋がっているのか。
簡単に考えれば妖術師と政府との関係性はとても硬いものだとわかる。
きっと、依頼の中にも政府からの依頼が少なからずはあるのだろう。
またしても俺は月冴に楯突くことを止めようと心の中で誓った。
その後は電車に乗り、バスに乗り、どこへ向かっているのかもわからず俺はただ月冴について行くだけだった。
月冴に直接聞いてみても、
「秘密です」
と、一蹴されるだけで月冴は何も教えてくれない。
月冴は何を企んでいるのだろうか。
窓の外の風景を見る限り山の方に向かっているみたいだが、こんな所に何の用があるんだ?
一瞬、外にある青色の標識に山という文字だけが見える。
バスを降りる。
外に出ると太陽が隠れたせいか少し肌寒く感じる。
マフラーを持ってきて良かったな。
「ここは、私が一番好きな場所です」
目の前には広大な都会の風景がずーと奥の山まで広がっていた。
不揃いに並んだ建物の数々は何としても意味深いものを感じさせ、俺は目の前の絶景に見惚れる様にしてその場で氷の様に固まってしまう。
左に見えるあれは富士山か?
東京に来てから久しぶりに見た気がする。
「よっぽど気に入ってくれたみたいですね」
「ああ、意外とな」
展望台には俺たち二人以外誰もいない。
春のこの寒さでは誰もこの場所へ来ようとはしないみたいだ。
ヒューと音を立てながら冷たい風が落ち葉を引きながら俺たち二人の間を通り過ぎる。
「まだちょっと寒いですね」
「ああ、そうだな」
月冴の方を見ると頬を赤くし、口から微小に白い息を吐いて手をすりすりと擦り合わせていた。
月冴は防寒もあまりせず、紺色のスカートにブレザーをただ羽織っていただけだ。
長い髪も寒そうにふらふらと揺れている。
さすがに薄着すぎる。
「マフラーいるか?」
「いいんですか?」
「いいよ、月冴の方が寒そうだし」
「じゃあ……お言葉に甘えて」
俺が灰色のマフラーを月冴に渡すと手慣れた手つきで首に巻きつけた。
日頃から身に着けているのだろうか、今日はただ家に忘れたから着けていないのだろうか。
そんな疑問を頭に思い浮かべ上げるが俺は話さず話題を変える。
「そんで、月冴は俺に何を言いたいんだ」
「……やっぱり、わかっていたんですね」
そりゃあこんな場所に連れ出して尚且つあんな前置きをされたら誰だってそう考えるだろう。
なんたって月冴と出会ってからまだたった二日しか経っていない。
だが、きっと月冴は俺の事情を知っているはずだ。
「まあな、それで要件は?」
「要件は、簡単です。火月さん、あなたを妖術師に勧誘したいんです」
妖術師か。
今朝言った通り俺は妖術師になる気など毛頭ない。
なぜなら妖術師になったところで俺の特にはならないから。
それに、昨日の感じ大きな怪我だってする。
それでもし俺が動けなくなったり最悪死んだら妹たちはきっともっと大変になる。
この取引は代償大きいのだ。
「なんで俺なんだ」
「あなたには妖術師の才能があるからです」
「……なるほどな」
確かに妖術師は数が少なくなっていると聞いた。
が、俺は二日前初めてその妖力とやらを打ち出しただけ。
才能などは無い。
月冴のはただのお世辞だろう。
「すまないがそれはできない」
はっきりと答えを述べるも、月冴はまるで俺がそう答えることを知っていたみたいに表情を崩さずして今度は次の言葉を放った。
「妹さんのためですか、それとも自分のためですか」
「……どういう意味だ」
「私知ってるんです、火月さんがある事件を起こしてこの街に来たことを」
閑野先生から聞いたのか、それとも他の誰かから聞いたのかは俺にはわからない。
でも、月冴が俺の過去を知っているのは事実だ。
冷えた手をズボンのポケットに突っ込み俺はため息をついた。
こんな時でも冷静な自分に嫌気がさしたのだ。
「それを知って君に何ができる」
「それを知って、私はあなたのその誤解を解くことができます」
俺を妖術師にさせることが誤解を解く?
なんだそれ、冗談も甚だしい。
あの事件には妖怪のことなど何も関係がなかったはずだ。
さすがに人の嫌な歴史を出汁に勧誘してくるとは思っていなかったな。
こいつの話はもう聞く必要がないと判断した俺は呆れてその場から去ろうとする。
「あなたの親友を傷つけたのが妖だったとしたら」
「なんの話だ」
「はぐらかさないでください」
「あれは俺がやったんだよ」
「本当に、そう思っていますか?」
月冴の言葉に何も返せない。
俺だって、あの事件はおかしかった、あれは自分のせいではないと密かに感じている。
でも、それを言っても誰も信じてくれはしないだろうし俺があいつを傷つけたことに間違いはない。
だからあれは全て俺が悪い。
「ああ本当さ、俺が悪い」
「それは違う」
「違くない」
「あなたは悪くない」
「黙れ」
「黙らない」
俺の拳は無意識に彼女の目の前まで伸びていた。
もう少しで俺は彼女の頬を殴っていた、それなのに彼女は恐れなど見せずしっかりと俺の目を見ている。
俺は、少しどうかしている。
あの件から自分が何をするべきのか、何者であるのかもわからなくなった。
「あなたの親友を傷つけたのがあなたではなくて妖怪だとしたら、あなたはどうしますか?」
月冴は俺をからかっているわけではない。
ここはもっと落ち着いて話を聞く必要がある。
これは運命の分かれ道なんだ。
月冴にとっても、自分にとってもな。
俺は拳を下ろし重たい息を吐く。
なんの根拠もない話だが、こいつなら何故か信用できる。
ここまで聞いてきたのだ、俺の愚痴を聞く準備くらい想定内のはずだ。
近くにあったベンチに腰を下ろし、話した。
「俺は……」




